2017年9月5日火曜日

『シルヴィ、から』 7

 複声レチタティーヴォの連続のみから成るカンタータ叙事詩
 [1982年作]   

 (第六声) 2 


あれは何番目のダンスだっただろう。
わたしたちはいよいよ、この地の娘を各自ひとり、踊りの相手として選ばねばならなくなった。
わたしたちやこの地の青年たちを合わせて男女別の人数を比べても、女子の数は男子のそれを上回っていたので、“あぶれる”心配というのはなかった。だが、わたしは、いよいよ自分とは関係のないことが始まったと思っていた。娘を、ただの踊りの相手としてとはいえ、自分の判断と相手の合意とによって選ぶというのは、わたしにとっては、それまでは絶対にあり得ないことだった。
集会室の内まわりの壁に接して並べられていた椅子のひとつに腰を下して、皆の踊りを眺めながら、どうにかわたしは、心の習慣とこの状況との間に折り合いをつけようと思った。
ひとりの、これもまた内気な友がやってきて、わたしの隣りに座った。二言三言言葉を交わしたが、それは互いにいくらか自虐の色を帯びたものとなった。
この友とのこうした会話に、わたしは内心ほどなく嫌気がさして、彼から心もち身を遠ざけ、他にいったいどんな連中がダンスから離れているのだろうと思い、あたりを見回した。
わたしのところから三つほど離れた椅子に腰を下している娘に興味を惹かれた。
朱色のズボンに白いブラウス、その上には紺のカーディガンを羽織っている、縮れた硬い金髪を頭の真ん中で分けた、ちょっと蔭のある雰囲気の娘で、ふてくされたように無造作に足を組んで、まるで強いられた仕事ででもあるかのように、苦しそうに煙草を吸っていた。
次の新しいダンスが始まろうとしていた。
立ち上がって、その娘の前まで行くと、自分でもどういうつもりかわからず、生来のもののような娘の憂色に惹かれるようにして、わたしは黙って手を差し出した。
わたしを見上げたのは、彫りの深い、大づくりではない顔で、他のあらゆる印象を打ち消してしまうような眼差しの鋭さには、かりそめの変装をして現われた昔の知己をただちにそれと見抜いてその知己に対する自分の心情を押し隠すために故意に難詰してみせるようなところがあった。
この眼差しには見つめられたことがあるように感じた。
娘は顔をふたたび下に向け、煙草の火を足下の大きな缶の底で揉み消しながら、わたしの求めに応えて大きく頷いた。
痙攣するように、さらにもう二三度小さく頷いた。
わたしたちは手を取り合って、踊りの輪の中に入った。
断ち切られていた運命の輪のひとつが、これによって旧に復するようにわたしには感じられた。
たった今の自分の心の動きさえ辿れないため、そういう感覚にでも縋る他なかったのだが、他方、同時に、その感覚がとても正確なものとも思えていた。

11時の消灯の決まりにわたしたち新参者は従順だった。
到着時にあれほど喧騒をきわめた建物の内部がまったく静まりかえった。夏というのに、夜も遅くなると肌寒いほどだった。
ベッドの中で、たった今歩いてきた集会室から宿舎までの小路の暗さをわたしは思い返していた。
さっきの娘は、わたしの心の深いところに何かを確かに跡づけたが、跡づけられたそれは、彼女への憧れと変わるにはなにかが物足りなかった。
というより、憧れというものとはまったく異なった印象があった。
彼女には、美しいとか可愛らしいという形容ほど不似合いなものはなかった。ちょっと悪魔じみた哀しさを帯びていて、そのマイナスの磁気によってわたしを、いや、むしろわたしの過去を、否応もなく強く引き寄せたかのようだった。
しかし、彼女との関わりは今日だけのことだと、わたしは思おうとしていた。たかがダンスの相手というだけのことだし、最初で勝手がわからなかったということもあるし、だいたい、ーーとわたしは心に語るのだった。だいたい、きれいでもなんでもないじゃないか。
暗闇の中で、隣りに寝ている友が小声でたずねてきた。
みんな、いろいろ自分たちのことを話していたけれど、きみはどうだった?好きなひとができた?
「ぼくが?」と、わたしは必要以上にその問いに驚いてみせた。
まさか。でも、そのうち、勝手にこっちから、誰かを好きになるぐらいのことはできるかもね。ま、みんなのようにはいかないよ。あんまり好かれるタイプじやないことぐらい、自分でわかっているし、それに、女の子の友だちを作りに来たんじゃないからね。
そうかなあ、わからないもんだな。
そう彼は言うと、それっきり黙ってしまった。
開いたままの小窓から、冷気とともにときおり虫が入ってきた。
長いあいだ、壁を打つ蛾のはばたきだけが、9人ほどのわたしたちの部屋の中に響いていた。

 (続く)


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