Ⅰ
詩ってなんだろう
と
よく思う
詩っぽいもの
けっこう
読むもんだから
Ⅱ
じぶんで書いたことは
ないけどね
Ⅲ
書こうとする人は大変だよな
読んだ人が
「こりゃあ、詩だよなぁ
と思わないかぎり
詩
にはならないんだから
Ⅳ
誰に読まれて
誰に
「こりゃあ、詩だよなぁ
と思われるかも
大問題
だろうなぁ
Ⅴ
ぼくは
分かち書き
とか
言葉並べ
とか
単語配列
とか
ある時期から
詩っぽいものを呼ぶのに
そんな言い方を
するようになった
特に
じぶんが書くものに対して
その程度の謙虚さは
要る
と思ってね
Ⅵ
だって
詩
って
自己申告じゃだめ
なんだ
Ⅶ
じぶんで
詩集なんか出しても
ダメダメなんだ
Ⅷ
「いやぁ
「今日は三つも詩を書いてね
なんて
ゲッ
となるだろう?
Ⅸ
言葉の世界では
詩
って言ったら
価値ある言葉なんです!
言葉の宝石なんです!
って
いう意味なんだから
書いた人自身が
詩
って
呼ぶのは
まぁ
常識的には
ナシ
だよね
Ⅹ
そんなこと
あたり前のことだと思うんだけど
「詩を書いたぞ
「詩を書いてるぞ
「読んでくれ、おれさまの詩
「どうだ、スゴイだろ
「詩集、買ってくれ
「もっと売れないかな
「アマゾンで何位ぐらいになるかな
「いくら儲かったぞ
なんて
ちょっと酒が入ると
言い出す人がいて
がっかり
うんざり
ⅩⅠ
じぶんの書くものを
含羞もなく
詩
と呼んだり
買ってくれと露骨に言ってきたり
売れぐあいを気にしたり…
そんな雰囲気が
ちょっとでも見えたら
その人
ぼくにはもう
詩人
じゃなくなるから
切って
きたなぁ
ひとりひとり
ポチポチと避けて
会わないようにしてきたなぁ
ホントに
心の底から
がっかりしちゃうんだもの
なぁ
ⅩⅡ
詩人
って
究極のダンディズム
の
はず
じゃないか
武士は食わねど高楊枝
の
最たるもの
じゃ
ないか
かっこよく
いて
くれよぉ
ⅩⅢ
どうせ
詩
なんて
昔から売れないんだから
(民衆が列を成して買い求めた
(ジャック・プレヴェールの詩集なんかは
(まぁ、別格だ
(ありゃ、別時代だ
(シャンソンの『枯葉』を作った
(あの人の場合なんかは
最初から
売れ行きなんか
気にするな
よ
な
って
思っちゃう
今年
引っ越した際に
苦労して集めてきたいろんな詩集を
バアッと
音がするくらいの勢いで
処分しちゃった
古本屋が
「吉岡実だけは
「なんでですかねぇ
「若い子に
「人気
「あるんですよ
というから
吉岡実の詩集
みんな持ってかせちゃった
他の詩人の名も
いちいち
上げて
訊いてみたが
どれも売れ筋ではないという
ぼく個人は
吉岡実
そんなに面白くないから
(だって
(言葉遣いが
(美味しくない
(いちいちの運びがダサイ
(ガリマールの
(ポエジー叢書ほど
(面白みがない
(ルヴェルディなんか
(はるかに凄いよ
(やっぱり
(ルコント・ド・リールには
(負けるよ
(ガラッと変えて
(よっぽど
(山村暮鳥だとか
(津村信夫とか
(田中冬二とかの
(ほうが面白い
ⅩⅣ
ついでに書いておくと
プレゼン詩
読めない書き込み詩の
最右翼
の
あれ
パウンドの
後継みたいに見えても
アンドレ・デュ・ブーシェの
パクリだよね
それを
もっと
複雑化して
日本じゃ
デュ・ブーシェ
皆
読んでないもんだから
わかんないんだね
ⅩⅤ
ぼくはマンディアルグさんに会ったことがある
カルト的小説家の
あの人
昔
アンドレ・ブルトンの
愛人だったという
リュースばあさんが導いてくれて
パリのマレー区の
自宅に連れて行ってくれた
マンディアルグさんは
「きみは将来
「なにかを書こうと思っているね
「いいかい、
「絶対に自費出版はしちゃ
「だめだぞ
「自費出版したら
「文学者はそこで終わりだ
「出版に際しては
「他人の目が入る必要がある
「他人の評価が必要だ
「どんなにダメな他人と見えようともだ
「書き手は
「出版社ではない
「編集者ではない
「汚点を残すな
「きみは書くだけだ
「いいものができれば
「編集者は見逃さない
ⅩⅥ
リュースばあさんは
「アンドレ、なんて言ってた?
「なんか面白いこと、言った?
と
後で
ぼくに聞いた
マレー区のどこかの
カフェで
アンドレって
アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグさんのことだ
ブルトンのほうじゃ
なくってね
アンドレって
アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグさんのことだ
ブルトンのほうじゃ
なくってね
ⅩⅦ
それから
何度か
マンディアルグさんのところへ
行った
まだ
ぼくは20代のはじめだった
ⅩⅧ
そうそう
引越しの時の
古詩集売り払いのことだが
面白いものだと思う
石原吉郎の『禮節』は手元に残した
いい本だよ
と言ってやったのに
古本屋が
「なんですか、これ?
「これは売れないなぁ
と言ったから
ⅩⅨ
その他
バーコードの付いていない
なんだか
いかにもペラペラな製本の自費出版詩集も
いっぱい
手元に残っちゃった
古本屋が
「バーコードがないと本じゃないから…
と
引き取らなかったのだ
ネットで取引されるようになってから
バーコードなし自費出版本の運命はさらに過酷になったね
保健所行き?or自宅で引き取って飼う?
しか道のない野良猫みたいになっちゃった
みんな
コンビニに吊るされている商品のように
バーコード必須に
なっちゃった
ⅩⅩ
だから
バーコードの付いている詩集や
バーコード以前の商品でも
そこそこ
名のある出版社で作者が150万円ほど出して
無理して(はかない夢を見たんだろうねぇ…)
拵えたっぽいものは
逆に
みんな
引き取ってもらえた
だから
だから
それらはみんな
家からなくなりました
出版記念会に出かけたものもある
作者を囲んで深夜まで酒宴をしたものもある
作者が長い手紙を添えてきたものもある
なんやかやの賞を受賞したものもある
でも
10年以上経つと
もう
開くこともない
引越しの整理の時ぐらいしか
それに
たいていの作者たちは
消えてしまった
体が消えてしまったり
便りが消えてしまったり
関わりが消えてしまったり
どこかで
元気で書いているのかな
と思っても
もう
書くのもやめてしまったりしている
ほとんどの人が
ⅩⅩⅠ
なんだろうね
詩集って
と
思う
ⅩⅩⅡ
まだ
いくらでも書けるけれど
ここまでにしよう
「詩ってなんだろう
「と
「よく思う
から
始めて
「なんだろうね
「詩集って
まで来た
分かち書き
言葉並べ
単語配列
ⅩⅩⅢ
今回は
ローマ数字で
章立てまで
やってみちゃいました
ⅩⅩⅣ
そういえば
辻征夫が
「いわば幸福ということがこの詩人の素質であり才能だった」
と津村信夫について
言っている
「幸福の相貌」において
津村が
近代の詩人たちの間で
際立っている
と
曖昧で
なにも言っていない評言だな
…「幸福」
なんて
使っちゃうと
な
ⅩⅩⅤ
でも
わたしだけ不幸、とか
神経症なら任せておけ、とか
おふざけ言葉遊び的おはしゃぎの機関銃的連打、とか
そういうのが
現代の詩でございます
わからない人は古いんでございます
我慢して読めや!
的
いわゆる
現代詩
やだよねぇ、今どき流行らないよねぇ
引退してやることない
全共闘世代や団塊の世代に
でも
任せとけ
って
ね
ⅩⅩⅥ
とはいえ
今じゃ
だれもが「「幸福の相貌」してる
食べて応援と「幸福の相貌」
Jアラート鳴って頭かかえて「幸福の相貌」
カープが勝ったと「幸福の相貌」
「幸福」も
擦り切れちゃったのさ
消費税
10パーセントだなんて
大変なことに
なるぞ
すぐに20パーセントに上げる気だし
高齢者のおむつ買うにも
一枚一枚に
10パーセント
20パーセント
しかも
被介護者の負担は増やす
子や孫が払うの?
「幸福の相貌」して?
ⅩⅩⅦ
辻征夫
っていえば
岩波文庫の選集は
ひどい編集
彼の
味わいが
消えてしまっている
岩波文庫の
最近の現代詩人の選集は
どれも
ひどいぞ
(だいたい
(なんで
(ああいう人選なんだ?
(荒地派がゼロだぞ
(堀川正美なんか早くから入れておかないでいいと思ってるのか?
まどみちお
なんか
途中に散文を嵌め込んだおかげで
詩への集中が
あらかじめ
削がれてしまう
ひどいよねぇ
おい、詩集なんだろ?
詩だけ
簡素に並べろや
白紙に文字が
ぽつん
ぽつん
と浮かんでいるような
ギョッとする
印刷
せいや
と
ぶつぶつ言いながら
本屋で全ページめくってみて
やめたな
買うの
戦後最大の詩人まどみちおの岩波文庫版
だって
いうのに
ⅩⅩⅧ
だから
(前章の冒頭を承けながら…)
辻征夫だけは
辻征夫詩集成を手放さない
あれだって
いまひとつな味わいのカスレがあるから
どこかマザーグースっぽい
あれこれの詩集
持ってるんだよ、全部
ⅩⅩⅨ
「なんだろうね
「詩集って
で
終えるつもりだったんだけどね
つもりは
つもりつもってく
想定外のあれこれに
裏切られる
繁茂は続き
逸脱は続き
生成は続く
って
わけか
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