大きな体育館に住んでいたことがあった
管理を任されたのだ
大きかったから
部屋を割る必要なんてなかった
ベッドを置いて
そばに箪笥を置いて
離れたところに机を置いて
机のそばに本棚を置いて
台所としては
ドアの向こうの洗面所を使い
ガス栓は屋内の端の小部屋のを使い
湯をいっぱい沸かす時など
いったん机に戻って座っていると
湧いた感じがするから
すぐに駆け戻ったりした
廃校になっていたから
誰も来ることがなかったので
手持無沙汰な時や夜中に
よくバッハを大きく掛けていた
舞台の脇の部屋にある
プレーヤーは健在だった
インヴェンションとシンフォニアなんかを
何度も掛けていると
晩秋の夜中などにはもう
壮絶な寂しさに襲われることがあった
けれども寂しさの中を泳ぎ続けるように
ずっと音楽の中に居続けて
居続けて
居続けて
終わるとまた掛けて
また掛けて
そうして
ある時完全に悟ったのだ
これはバッハの寂しさなんだ
ぼくの寂しさでもなければ
晩秋の寂しさでもなくって
そうわかって
戸外に出てみると
明るい真丸の月がのんびりと浮かんでいて
寂しくもなんともないのだった
バッハは寂しいなあ!
この寂しさはいいなあ!
でもこんな色メガネに惑わされちゃダメだよなあ!
晩秋の月夜は寂しくもなんともないものなあ!
と大声で叫んで
ぼくはカッカッカッと
大笑いしてしまった
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