2017年10月28日土曜日

使わなかったなぁ 今回は

表現ということを
ぼくは馬鹿にしている
かなり
ひどくね

それがどうでもいいことなのだと
もう
とうに答えを出してある

だいたい
どこまでいっても
出来あいの既製品にすぎない
ことばや
色や
かたちなどを
ようするに
組み合わせ続けるだけで
なにかやらかしたかのように思う幼児性が
どうかしている

かといって
そんな組み合わせを峻拒し続けようとするのも
認識や意思や行為の
出来あいのものでいっぱいの倉庫の中で
既成品のひとつの「峻拒」を選んで
これ
今の気分に似合ってるかしら?
女の子みたいにプチ高揚しちゃっているだけ
どうかしている

なんにもしなくて
いいのにね
 +
なんにもしないぞ
なんて
思わなくても
いいのにね

ヘンに方向づけをし
決めてしまうと
すぐに
観念に支配されてしまう
ことばにもね

危ない
危ない

だいたい
表現なんて
どれもこれも
表現したいものそのものじゃないぞ
ありえないぞ
というのが前提だから
嘘じゃん?
すべての表現って?

ってのが
前提なのは大人の常識でしょ?
表現についてはさ
とか
なんとか
反論してくる人も
いるよね

この前も居た

だから

なぁんだ
だって
わかってるんじゃない?
あなた?
嘘に嘘を重ねて
どこか
そんなに行きたいところ
あるの?

聞いたら

返って来なかったよ
いい答え

ばかな人は
生きていくには
しかたがないじゃないの
とか
なんとか
答えてくるんだけど

その人
そんなにばかじゃ
なかったんだ

嘘に嘘を重ねていけば
構造が多層的にかたちづくられて
複構造的に真に到達できる
とか
なんとか
言い逃れは
できるんだけれど

それだって
仮定
だよね?

そんな仮定に
あなた
一生賭けるんだね

っていう
問いとかを

使わなかったなぁ
今回は



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