2017年10月3日火曜日

見えるものは見て 聞こえるものは聞く

 

人どうしがたがいを思いやって
大事にしあい
慈しみあうような時は
来ないのだろう
この世界には

望んでも無駄だとは言わない
望んでしまい
望み続けるのも
おそらく人の本能だから

ふつうの人たちが
ふつうのよき人と見える人たちが
どんなに醜いか
どんなに冷酷か
残虐か
わたくしはもう若年の頃に見尽してきた
それはそれはひどい傷を
わたくしは心に負ってきた
だから
平気で言う
言える
人どうしがたがいを思いやって
大事にしあい
慈しみあうような時は
来ないのだろう
この世界には

そうして
いい歳をしても
そんな夢世界を望む人びとが
わたくしよりも
ずいぶんと恵まれた
甘い甘い人生を送って来たのが
よぉく見える
井の中の蛙に過ぎないのが

おゝ神よ
人間はほんとうに変わりません
いつまでもいつまでも
他人を見捨てるのに秀でて
他人より一ミリでも高見に立とうとする
そのためには
他人の不幸も死もなんとも感じない
遠い異国の戦乱には憤慨しても
同じ職場の差別には目を平気で瞑れる
街の舗道にホームレスが倒れていても平静に通り過ぎる
そんな人たちが
人類の未来だとかなんだとか
大勢で集まってペットボトルの天然水とやらを飲みながら
語りあっていたりする
夕方になればシャンパンが出てくるので
天然水もいつもよりうまく感じる

わたくしは先進国の住人としては誰よりも不幸だったので
人類の未来だとかなんだとか
そんな話は誰とも交わしたりはしないが
見えるものは見て
聞こえるものは聞く
だから何かがどうなるというのではない
何かをどうにかできるなどと歯の浮いたことも思わない言わない
たゞ
見えるものを見て
聞こえるものは聞く
古代ギリシアの奴隷制度の上にのみ危うげに機能した民主制の
近代的移植措置が徹底崩壊に向かっていく過程も
見聞きし続ける
目さえ開いていればよく見えるから
耳さえ開いてればよく聞こえるから

もちろん
目が開いているかどうかは問題だ
耳が開いているかどうかは問題だ
目が開いていて
耳が開いているのを
信じてなどいやしない

信じること
思い込むこと
思うこと
感じること
それらがまやかしだということには
どうやらちょっと
目が開いているから
耳が開いているから



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