2017年10月21日土曜日

『シルヴィ、から』 47

 複声レチタティーヴォの連続のみから成るカンタータ叙事詩
 [1982年作]   

  (第二十三声) 1

 話を続けるのはわたしだ。おまえ、わたしに先行した声よ、おまえは黙れ、口を閉じるがいい。肩のその涼しさをいとおしんで、いつまでもそこに座っていろ。言う通りにするがいい、わたしの過去よ。あの時のあの場所でのみ生き続ける古いわたし、思い出という名の死骸よ。

 昼食が終わって。班ごとの説明会が始まった。かねて聞いていた通り、午後はグラウンドでのゲームに費やされるということだった。十三種類のゲームがあり、男女二人で一組になって、その全てのゲームをやって廻るのだ。各ゲームの場所には、この合宿の運営者たちが審判ないしは記録係として置かれ、四つのチームの成績が彼らによって記録される。
 「……とすると、ずっと女の子といっしょっていうわけだね」
 と、隣りにいた友人が小声で言った。誰かが説明者に質問をしたところだったが、その人のほうを見ながら、わたしは頷いた。
 「どうしようかなあ。ぼくは誰とも仲良くならなかったからな。きみはどうするの?」
 ふたたび、彼が言った。
 「どうにかなるだろう。ただのゲームなんだから」
 こう答えたものの、目を移してみた一瞬の彼の顔に、今の自分の内心をそのまま見出したように思って、なにか急に萎え折れていくような情けなさを、いや、寄る辺のなさを感じるのだった。彼の顔は微笑んでいて、その皮膚は若さに張り切っていた。突然の嬉しい当惑を表わしているように見えた。しかし、目は所在なげで、その視線を左右に震わせていた。
 「それでは、皆さん、パートナーを決めてください」
と、声が響いた。
わたしはたじろがなかった。今までのようにテーブルの隅に座ったまま、足をいくらかぶらぶらさせて待つことに決めた。
なにを?
誰か、パートナーを得られずに残されるイギリス人の女の子を。
わたしの横では、さっきの友人が、きょろきょろしながら、テーブルに寄りかかって、体を軽く前後に揺すっていた。その隣りには、どうやらわたしと同じことを考えているらしい上級生がわたしのように座っていて、他にも数人ほどが同じようにしていた。
多くの人たちは部屋の中央に男女入り乱れて、事務的に組み合わせを作ろうとしていた。
じゃんけんをして一人の娘を取り合う陽気な人たちを見ながら、この分なら、あと五分もすれば、わたしが誰と組むことになるかも自然と決まっていくだろう。そんなことを思っていると、突然、私の前に来て、手を掴んだ者があった。
 まわりにいた友人たちが、わたしの手首を見、その者を見、わたしを見た。
波紋がすみやかに広がっていくように、そのわたしの手首を中心にして、何かがわたしを、わたしを取り巻くものや人々をも静かに変えていくようだった。
あの娘だった。
最初の晩、ともに踊り、ウィンチェスターをいっしょに歩いたあの娘。
目を合わせるともなく、彼女は否応もなくわたしを引っぱって行こうとするので、わたしはなんの心の準備もなく、崩れた体の平衡に追いすがるようにして、ついて行った。
部屋の扉のところで、ようやく彼女の歩みに体を合わせ、廊下を並んで抜け、グラウンドへと出た。
グラウンドでは、まだ、何人かが各ゲームの場所に来ているだけだった。
  「わたしたちは、あのゲームからやることになっているの」
 グラウンドのはずれに設けられた場所を指して、娘は言った。
二人でそこへ向かった。
あの寄る辺なさから思いもかけず、早々に抜け出し得た運の良さと、あのように大胆にわたしを選んだこの娘に対する、いささかのはにかみと感謝の気持ちとを紛らわすために、ーーというのも、そういう感情をそのまま認めることも、彼女にあからさまに見せてしまうことも、この時のわたしにはできなかったからだが、ーーわたしは故意にグラウンドの四方を見まわしたり、雲に目を凝らしたりしていた。

 (第二十三声 続く)


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