2017年11月24日金曜日

『魔法使いアヤ』(譚詩2005年作) 2


 (承前)

鮮やかな朱色やオレンジ色に変わってきた東の空を見ながら、昨晩ふいにやってきたミーナと話したことをアヤは思い出していた
一階の居間の大きな厚い木板のテーブルで、ロウソクの灯りを頼りに本を読んでいると、ひさしぶりにミーナが現れたのだ。
もう百年以上も前、アヤがいろいろと親しく手をかけて教え育てた魔法使いで、今では師弟の間柄というより、親友どうしのようになっている。ふだんは遠い都会に住んでいた。もちろん、一瞬に空を飛んで、玄関のドアもノックせず、いきなり現れたのだった。
 「あら…」
 と驚いたアヤに、
 「あいかわらず戸締りもしてないんだから。すぐに入って来れちゃったわ」
 いくらか注意を促すようにミーナは言った。もちろん、戸締りというのは館の戸締りのことではなく、無用の者たちが勝手に進入できないようにする魔法のバリアのことだ。
 「すぐに帰らないといけないので、用件だけ言うわね。あの…、明日、大事な試合があるので、見に来てもらいたいの。できれば、私が危なくなった時、助けてもらえたらと思うんだけど」
 「あら、ミーナ、試合なんて… だめなのは、わかっているでしょ?なにをする気?相手はだれ?」
 魔法の技を磨くのに一生懸命なことにかけては、ミーナは昔から変わらない。アヤとしても、そこが教え甲斐があったところで、すでに一人前の魔法使いになっているミーナが、いまだに勉強熱心なのを見ると微笑ましくなる。 
しかし、試合となると話は別だった。魔法使いにとっての試合というのは、基本技能の習得を確実にするための方便として、あくまで見習い時代の練習課程のひとつとして許されているに過ぎない。アヤの庇護のもとにあった見習い時代のミーナならばともかく、一人前の魔法使いである今の彼女には、試合というものは、もう必要がない。魔法使いどうしで集って、学びあいをするということはあるにしても、「試合」という呼び方をするような力の競い合いは、一人前の魔法使いたちは、けっしてしないはずなのだ。それだけに、魔法使いが「試合」をすると言う時には、果たし合いや戦いというほどの強い意味合いが、ふつう込められている。しかも、力のある魔法使いがそのような争いをすれば、自然界には大きな乱れが必然的に生じる。時々、力の獲得に目が眩んで道を誤る魔法使いが出るが、ミーナも道を逸れようとしているのだろうか… そう思ってアヤは、少し心配そうにミーナの顔を見つめた。
 「それが…、だれが相手なのか、わからないの。でも、たびたび私の前に現われるなにかがあって、挑発してくるの。『お前の昨日と今日と明日は変わらない。お前は明日も、今日のお前のままだ。明日の明日も、そのまた明日も、変わらない。停滞を恥じよ、魔法使いよ』って、声が聞こえてくるのよ」
 「それで?」
 「それがね、この間、その声が試合を挑んできたのよ。挑んできたというより、指導を請け負ってくれたというべきかしら。私の魔法の足りないところをはっきりと示すために、試合のかたちで指導を施すっていうの。足りないところが判明したら、そこの部分の技能を教えてくれるっていうのよ」
 ミーナが迷うのも無理はない、とアヤは思った。魔法使いは、はじめのうちこそ、だれか肉体をそなえた魔法使いに従って勉強を重ねていくが、次第に力が付いて一人前になっていくにつれ、不可視の精霊たちや肉体を持たない大魔法使いたちの指導も受けるようになっていく。しかし、ここに大きな問題があって、魔法使いたちといえども、そうした不可視の精霊たちの動向は完全には把握できないものなのだ。ふつうの人間にとっての生者と死者の隔たり同様、魔法使いにとっても、肉体を持っている者と持たざる者との間には、容易には超えられない、かなり厳密な壁がある。そのため、ミーナのところに今回現われた声についても、はたして、ミーナを育てるために新たにやってきた指導者なのかどうか、ミーナにもアヤにも、すぐにはわからない。もっとも、多くの場合は、信頼して従っていっても問題はなく、少なくともアヤの場合、一度も間違いの起こったことはなかった。
 けれども、ミーナについては、アヤの心にどうにも引っかかるところがあった。ミーナは魔力の増大を露骨に求め過ぎている。求め過ぎているというところに、悪魔とまでは言わずとも、邪まな乱流を呼び込んでしまう危険をいつも抱えているというべきだった。もちろん、魔法使いにとって、魔力の増大だの維持だのということは、いつも忘れるわけにいかないことではあるのだが、一人前になった魔法使いには、求めずして求める、とでもいった微妙な態度が、魔力獲得については要求されるようになる。そうした態度なくしては、純粋な力の場につねづね身を置いているだけに、非常な危険を伴うのだ。
 日々の平穏な生活の維持に役立つ程度の魔力を身につけたら、魔法修行はやめてしまったほうがいい、とアヤは思っていた。というのも、魔法使いであることの目的は、どこまでも、できるかぎり自然に密着したかたちでの地球体験の継続にあるからで、魔法そのものは、あくまで道具でしかない。せっかく苦労して体得した魔法でも、皮肉なことには、できるかぎり用いないようにしたほうがいいし、たぶん最も望ましいのは、魔法の能力自体をすっかり落としてしまうことだろう、とさえ思うようになっていた。人間に生まれて、ごく少数とはいえ、かならず魔法を必要とし、魔法の道に進む者たちがいる。自分はそのうちの一人だったけれども、これほどの力量を持つ魔法使いにまでなって悟ったことは、魔法は捨てなければならない、ということだったのだ… 近頃のアヤがつねづね思うのは、このことだった。自分のとっての最後の最大の魔法というものがあるとすれば、きっと、自分自身の魔力の分解に違いない、とさえ思うことがあった。
 ミーナが帰った後で、ミーナに現われたという例の声の内容を何度も思い出すうち、やはり邪まななにかの声に違いないと、アヤは確信するに到った。
声は、「お前の昨日と今日と明日は変わらない。お前は明日も、今日のお前のままだ。明日の明日も、そのまた明日も、変わらない。停滞を恥じよ、魔法使いよ」と言ったそうだが、もし高次の魔法使いの指導霊たちならば、やはり、このような挑発はしてくるわけがない。この声の語るところの裏には、未来の時間が内包するものが、質や量において拡大成長していなければならないという思い込みがあり、未来に向かって変わっていくということへの一方的な価値づけがある。しかし、一人前の魔法使いにとってみれば、魔法の領域に関するかぎり、そもそも時間なるものは存在しないし、「昨日」から「今日」、「今日」から「明日」へと漸進的に進む変化というものは存在しない。無時間の境地で、変化と不変化とを微妙に調整するのが魔法の原理なので、これをまったく理解していないような言辞は、どう見てもマヤカシの類が吐くものでしかありえないはずなのだ。

(続く)


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