2018年2月11日日曜日

心中宵庚申



ハテ愚痴なことばかり…
近松門左衛門『心中宵庚申』


誰でも買えるようでも
ひどく手に入りにくいとなれば
チケットを入手するには
社会の上流のツテを頼るしかない世界…

そんな
古典芸能の上席に
また
連なるさいわいを
得てきたが…

前のほうの席ともなれば
新自由主義の
拝金主義や
名声主義の上げ潮に乗っている連中そのものや
その家族や
それに群がる業界の連中ばかり
貴顕ばかり

ああ
ゾラやプルーストが
あんなに描き込んでいた人種たちの
現代日本版がここに
このように展開されているんだと
観察を続けながら
わたしはどこまでも
さびしさの底が抜けていく気がする

所詮
芸術や芸能は時代のマネーに奉仕するばかり

文科の大学院の学生として
あらゆる古典テキストを読もう
少しでもたくさん原典を読もう
談論風発
文芸や芸術や思想の全容を見尽し
語り尽くそうと励ましあったかつての学友たちは
学問や知性の解体を進める21世紀の新ブルジョワ日本で霧散し
かつかつの銭を稼ぐのに精いっぱいで
手に入り難いこんな席には
末席にさえ連なることができないはず

わたしには(もう隠しもしないが…)昔から
特別の宿命があって
時代と人類の核心をまぢかに観察する任務が与えられてきていた…

そんなわけで
今日もたまたま居合わせる
原典のきわめて読みづらく理解しづらい古典芸能
今朝がたまで
眠りもしないで寒さの中で原典を辿り
文体を構成する近松の言語の途方もない厚みと緻密な構成力を
洩らさないように
一単語の印象も忘れないように
弱法師のように注意深く足を運んでの
心中宵庚申



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