2018年6月24日日曜日

夜はどの夜もいい夜



廊下にはあかりを点けていない
廊下に面した各部屋の扉はどれも開けてある
部屋から部屋へ
廊下にあかりを点けないまま移動し
また戻ってくる
じぶんの他には誰もいないのだから
もちろん誰とも話さない

今から20年ほど前まで
なにかを人生でなすべきだと思っていたし
なにをするべきかも
わかっていたつもりだった
今ではそういったことを失ってしまった
とか
今ではわからなくなってしまった
とか
そう洩らせば
なんだか昭和の頃の中間小説ふうの
安手のセンチメンタルにすぐなってしまう
渡辺淳一あたりで満足できる手合い向きの常套
宮本輝あたりもそうか
ロマンチックの文弱な親玉のような堀辰雄なら
もっと酷いのではないかと思いきや
彼の場合はなかなか
そう単純にセンチメンタルに陥りはしない
いわゆる純文学と大衆物との違いはこんなところにある
堀辰雄の一見センチメンタルっぽい雰囲気は
そう単純には読み解けない謎から立ち上っている
あの折口信夫が堀のために歌をこう読むのは
やはりただ事ではない
『菜穂子』の後 なほ大作のありけりと そらごとをだに 我に聞かせよ

むかし西麻布にあったラヴホテルでの逢瀬を
堀は書いているよね、『風立ちぬ』で?
そう話を向けてみて
そうそう、あれねぇ…と乗ってこれる人としか
話す気はなくなって
もう15年ほどは経つか…
堀があれを書いてから64年ほど経った後
彼が舞台に使った西麻布の谷の淵のマンションに親しんだことがあった
読んだだけの時は西麻布にあんなところがあるのかと思ったが
平成になっても地形はかわらぬまま残っていて
午前中も遅くになってから出ればいい日など
ベランダから谷を見ろして60年以上前の風景を想像したりした
文芸に関わるこんな話にうつつを抜かすのは
むかしむかしなら清談と言ったものだが
今はオタクとか物好きとしか呼ばれなくなってしまったか…

廊下にはあかりを点けていない
住んでいるのはちょっと大きな古い舘
廊下に面した各部屋の扉はどれも開けてあるから
忍び込んで来られたら
はじめは闇に戸惑われるかもしれないが
部屋から部屋と覗いてごらんになれば
きっとどこかにいるはずで
見つけたら
そっと部屋に入って来て
いい夜ですね…
とでも
静かに声をかけてもらいたい

夜はどの夜もいい夜
言い間違いをする心配はない



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