2018年11月3日土曜日

「いただきます」と言わない*


食事の前に日本人は「いただきます」と言う
食事の前にわたしは「いただきます」と言わない
たいていの場合には場の習俗に従い礼儀正しくしているわたしが
けっして「いただきます」と言わないので
訝しく思ったり奇異に感じたりする人もあるらしい
幼少期のわたしを育てた環境とそこに付随する要員たちの
いわば名誉のようなもののためにつけ添えておくが
かれらは「いただきます」と言うようにわたしに教えたし
わたしも青年時代までは「いただきます」と言い続けた
言わなくなったのは思想もだいぶ熟してからで
わたしは毎回の食事の際に澄明な認識と決意のもとに
うっかり「いただきます」と言ってしまわないように努めている
精神に対するこの国の侵食性の空気は圧倒的にあざといもので
よほど張りつめた意識を保ち続けないかぎり声帯や四肢は
無数の人型たちと同じような言動をしてしまいがちになる
それがよい行いであるかのように思われていることで
しかも数代前の父祖から自然な行為であるかに伝わって来ていて
みずからの謙譲さの控えめで見事な表明にもなるかのような行為を
周囲の人々がみな自然な所作で行って行く場合に
わが身ひとつで踏み止まるのは相当の心のブレーキを要する
はっきりと自分のとるべき振舞いをイメージしながら
食事の前にわたしは「いただきます」と言わない
日本人と呼ばれるこの列島民たちをフィールドワークしながら
食事の前にわたしは「いただきます」と言わない
それが言語に尽しがたい危険なことであるゆえに
食事の前にわたしは「いただきます」と言わない
わが身を守りわが霊を守りわが精神を守るために
食事の前にわたしは「いただきます」と言わない
ひと言不用意にまわりに合わせてそう言ってしまうだけで
あまりに多量の邪気をわが内に入れるのを許してしまうがゆえに
食事の前にわたしは「いただきます」と言わない
魔術の知識と実践とをある程度行った者にしかわからないことなが
食事の前にわたしは「いただきます」と言わない
口に食べ物を運んで無数の細菌たちや酵素たち口内の守護者たちに
よくよく栄養と毒素を吟味して分けてくれるのを頼みながら
食事の前にわたしは「いただきます」と言わない
そのようなことを呟いたが最後わたしを邪念たちに明け渡すがゆえ
食事の前にわたしは「いただきます」と言わない


*cf..いただきます」「ごちそうさま」を言う人は、何も考えてない人 https://cakes.mu/posts/16805



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