令和
という二文字を見た時に
胸から腹の深くに
軽いつき上げを受けるように感じた人も
多いのではないか
それは
令和
と元号を定めたことで
受けることが決まった運命の衝撃波であり
また
令和
という熟語化によって生成されていく防御力の強さでもある
それらを同時に感じ取れる人は
うっ!
と一瞬息を止めるようなつき上げを
感じたはずだ
令が一字だけで用いられたり
他の漢字と用いられたりするのとは違って
令和
と組みあわされたことで
氷雨や雹に見舞われ続けるような
これからの時代の厳しい環境がはっきり予言されたといえる
悪い時代に入る
ということでもない
不快な苦しい環境のなかを
傘を少しすぼめるようにして
つよく凌いでいく姿が
令和
には表わされた
この元号が切っ先鋭い傘のようなって
国を生き延びさせていく助けとなるだろう
ただし
すぼめることで強さを得ようとする傘なので
この傘の中に身を隠せない人びとが出る
そこに多くの悲惨な光景が生じることだろう
しかし国民たちは
令和
の霊力に守られない他国のいっそうの悲惨を見るにつけ
まだこの列島はましかもしれないとみずからを慰めるかもしれない
令という字には
豊かな黒髪の女の念が籠っている
令という字が作られた際にはなかったものだが
どの時点から憑依したものかわたくしにはわからない
その点の読解は他の霊能者に任せたい
この女は紫の衣装を纏っているか
あるいは紫の衿や衿掛けを身につけている
令という字を名前に持つ人びとはこの女の影響から逃れることはな い
彼女の念に一生左右され続けていく
それは必ずしも悪い作用ばかりではないが
自分ではどうすることもできないほどの
人生の屈曲やなにかへの引き込まれ感覚を経験するだろう
令和
という名をひとつの時代に付けることにした時点で
この女の念は数十年間この国のすべてに染み込むことになる
それ自体には良いも悪いもないものの
平成とはまったく異なったものの動き方や
人心の動き方などが歴然と発生してきて
これほどに時代はあっけなく変わってしまうものかと
平成や昭和を思い出しながら人々は驚くことになるだろう
価値観の変貌はすさまじいものになり
数年で国内の空気も人心も変わりきってしまう
いま流行っているものやいま価値のあるもの
いま美しいといわれ憧れられているものは
数年後にはもう巷から消滅してしまっているだろう
だからいまあるものに投資をすべきではない
いまあるもののために人生や仕事を賭けるべきではない
いまあるものはすべて手放して
消滅していくままにせよ
それらの束の間の舞台はもう終わっていくばかりだから
和
という字が
令
という字の
命令的な部分や厳しさを緩和するという読み取りが
主に漢字の意味に立脚して巷ではなされているが
令和
の場合は違う
和
は令を受け止めてその作用を支える仕事をするばかりであり
緩和したり調和をもたらしたりする効力はほとんど持たない
和
というと良い意味をそこに読み取ろうとする人々も多いが
昭和
がなにをもたらしたか
よくよく思い出しておくのがよい
令和
は昭和と同じ事態をかならず発生させる
和
にはそのような危険な性質がある
令
の持つ強さが
むしろ
和
の危険性から日本の国体を守るであろう
国体
などというと目を吊り上げて怒る人々がいるかもしれないが
偏狭な右翼的な思考に与して言っているのではない
日本が日本であり得るぎりぎりの要素の束ぐらいの意味である
令和
は万葉集の巻五の大伴旅人らの梅花の宴の歌の詞書から採られ
「時に初春の令月にして気淑く香を香らす」
とありはするものの
梅の咲く季節には
つねに
空気は肌寒く
氷雨や霙や
時には
雪さえもが
くりかえし降り続く
そういう時代になるのを
令和
ほどはっきりと表わしているものはない
桜の咲く春ではなく
初夏でもなく
夏でもないだろう
実りの秋でもないだろう
これからの数十年は
ずっと梅の時期の肌寒さが続くことになろう
この覚悟を
よくよく全国民にはしてもらいたいものと
令和
に憑依した女を幻視しながら思う
万葉集巻五は
しかも
挽歌に溢れた巻で
そもそもの冒頭からして
この世を嘆く大伴旅人の詞書と歌から始まる
妹の坂上郎女の夫の大伴宿奈麻呂の死の報を受け
さらに妻の大伴女郎に死なれた旅人は
禍故重畳し凶問累集す。永に崩心の悲しびを懐き、 独ら断腸の泣を流す。ただ、両君の大助によりて、 傾命をわづかに継げらくのみ。筆の言を尽さぬは、 古今嘆くところ。*
(不幸が重なり、悪い報せが続きます。 ひたすら崩心の悲しみに沈み、ひとり断腸の涙を流しています。 ただただ、両君のこの上ないお力添えによって、 いくばくもない余命をようやく繋ぎ留めているばかりです。 筆では言いたいことも尽くせないのは、 昔も今も一様に嘆くところです)
と記した後に
この挽歌を詠んでいる
世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
(世の中とは空しいものだと思い知るにつけ、
さらにいっそう深い悲しみがこみあげてきてしまうのです)
令和
にぴったりと密着してやってくるのは
こうした空気であり環境であり時代であり
今後数十年間
日本人の誰ひとり
ここから逃れることはできない
「時に初春の令月にして気淑く香を香らす」日もあるにせよ
長い挽歌の時代を過ごしていくことが
試されるだろう
二〇一九年四月一日
新元号として
令和
が発表されるや
東京上空の空気はたちまちに恐れ震え上がり
急速に暗く曇って
その後数時間に亘って氷雨を降らせ
嵐にさえなった
『大鏡』や『日本書紀』などの筆者なら
こうしたことは必ずや記録していたことであろう故
わたくしも此処に記録しておく次第である
隠れ続ける霊能の者として
また
国体護持の任を一部霊的に担って東都の中心に居住する者として
令和
に纏わる事情の一端を
わたくし駿河昌樹は
此処に記し置く所存である
なお
この記録は
西暦二〇五〇年後以降の人々に向けて
書かれたものである
西暦三〇〇〇年以降の人々には
いっそうのこと
欠かし得ぬ貴重な記録となっているだろう
*万葉集巻五冒頭の読み下しと表記、訳は、此処では角川文庫版『 万葉集一』(伊藤博訳注、2009)に従った。
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