2020年3月23日月曜日

花からもしっかりと見られているのでなければ




桜が咲きはじめている

もう満開のようになっている木もある
まだほとんど咲いていない木もある

ひとりひとり
異なった宿命を与えられている人の世のようだとも思いながら
桜の並木づたいに歩いていく

花を見る
花を愛でる
などと
平気で言ってしまいがちだが
見ることや
愛でることは
やはり
ほんとうにむずかしい
希少な瞬間に恵まれなければ
かなわない
ことでもある

花を見るとき
花からもしっかりと見られているのでなければ
見たとはいえないのだろう
この頃はよくわかっている

花がこちらを見てくれるまでには
ずいぶんと時間がかかり
こころの沈黙もかかる

こちらのこころの沈黙だけが芳香を発して
かれらの注意を引きよせる
沈黙が底知れぬ淵を出現させ
そこから花々を惹きつける芳香がのぼる

桜に見られたことはあるか

どのくらい
あるか

あったか?

それほどまでに
どのくらい
“居ない”
ことが
できてきていたか




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