2020年9月26日土曜日

ちょっとお手洗いに……

 

 

フェーリクス・クルルはこう言っている

 

「私には特別、旅行欲というものがないのです。パリに住む者が何で世界に出て行く必要があるでしょう? 世界がパリに来るのですから。世界がここのホテルにやって来ます。そして劇場が閉まる頃にカフェ・ドゥ・マドリッドのテラスに座っていたら、世界は居ながらにして手の届くところに、目の前にあるのです。それがどんなものか、侯爵に申し上げるまでもないことです」*

 

同じことを言いたくなってしまう

なるべく

言わないが

 

時には

必死に言わないようにするが

 

瞬間移動ができるなら

旅もいい

だが

それができないなら

やってみたい旅と

現実の旅とは

まるで別物

 

プラスチックの椅子に座り

プラスチックのぐらぐらのテーブルに

プラスチックトレーを置いて

紙コップに入れられたうまくないコーヒーを喉に流し

プラスチックのフォークでつまむ

くにゃくにゃの成型肉のかたまりを見ながら

こんなもののために

旅の幻影を受け入れてしまったのか

思った

なんども

もう

十分すぎるほど

 

旅はとうに終わらせている

未来永劫終わらせている

 

まだまだ

何十回も新幹線に乗り

TGVに乗り

飛行機に乗り

巨船に乗るとしても

ちょっとお手洗いに……

呼ぶことに決めている

旅の

たぐいは

 

さらに度の増すばかりの

大衆時代

なんでもかんでものコンビニ化時代

チープ素材の大量生産時代

旅など

そう呼ばれるのがふさわしい

 

ちょっとお手洗いに……

 

そこまでの

そこからの

行き来の廊下が

どんなに長かろうが

 

ちょっとお手洗いに……

 

 

 

*トーマス・マン「詐欺師フェーリクス・クルルの告白」(岸美光訳、光文社古典解釈文庫、2011)、下巻p115-p116.

[Thomas MannBekenntnisse des Hochstaplers Felix Krull, 1954]





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