2021年1月15日金曜日

左海正美


そのころぼくは

まだ

自由詩形式の書きつけを

ぐらいしか

していなかったと

思う

 

短歌結社で

毎月会っていた左海正美さんに

飲みながら

自由詩形式も書いてみたりしている

と話したら

へえ

駿河くんも書くんだ

ぼくも長い詩を書いたことがある

こんど見せてあげる

と言って

クジラについての長い詩を

翌月に見せてくれた

 

長いといっても

原稿用紙で20数枚程度だが

あまりにおもしろくなかったので

やっぱり

長いといえば長かった

吉本隆明の詩の影響を受けたんだそうで

だからこそ

いっそう

おもしろくなかった

吉本隆明ってのは

詩人だってことになっているが

あれほどダメな詩もない

短歌も作っているが

どうにもこうにも

もうほんとに

どうしようもない短歌だ

 

いやぁ

長いですね

よく書きましたね

などと

返したが

まぁ

こんなものが

詩歌のつきあいというもの

 

飲むときは

つねに鯨酔する人で

目が覚めると

都内の大きな駅の通路で寝ていて

朝で

右も左も

通勤ラッシュの人の足ばかりで驚いた

とか

深夜に

川の土手を自転車で走っていたはずが

いつのまにか

朝になっていて

気づくと

土手に倒れていて

歯が折れて口や顔が血だらけになっていた

とか

なんだ

かんだと

強烈な人だった

昭和のど真ん中の人だったのだ

 

ながくやっているのに

短歌はあまりうまいとは思えなかったが

とにかく

包容力があって大きな人だった

クジラの詩を書くだけあって

なんでも心に飲み込んだ

ひたすら黙って飲んでいる人だった

子どもが五人もいる家庭だというのに

歌会のある日はいつも愛人といっしょで

ひとしきり飲み終わって

ふらふらするほど酔っ払うと

愛人といっしょにどこかへ消えていく

その愛人もお化粧っけの全くない

元ロシア文学科卒の編集者で

愛人というより

どこまでも素のままの

田舎のおばちゃんのようだった

お化粧っけのない

えんえんと持続する愛欲関係というものも

どうやらあるらしかった

 

正美

というペンネームは

どこから?

と聞くと

堀川正美から取った

と言われた

ぼくはその頃

堀川正美をろくに読んでいなかったので

ある意味

左海正美さんから

そのあたりを読むきっかけを

与えられたようなところもある

…かな?

 

ぼくはそこの結社を離れたので

左海正美さんのその後を知らなかったが

案の定

すっかり肝臓を壊して亡くなったと

なにかの折りに

聞いた

 

田舎のおばちゃんのような

化粧っけのない愛人も

数年前に

自宅での事故で亡くなったと

聞いた

 

左海正美さんは

円空仏のような彫り物がうまかったが

もらった一体は

いまでも持っている




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