2021年2月21日日曜日

衣の袖のをりめまで

 

 

箏もよくし

歌にも達者で

新勅撰集に採られたりした母の

中院右大臣源雅定女房

大神基政女夕霧は

あれやこれやと気のつく人で

死期が迫った時にも

いろいろと

まわりの人に

言い置いていたものでした

 

五月のはじめになくなってからは

生前の母について

思い出されることも

思われることも

まことにきりがないまま

日々を暮らしておりましたが

四十九日になりまして

さすがに

そろそろ気持ちの整理も

しなければならず

物の始末もしなければと思い

生前に母の着ていた衣や

袈裟などを

籠僧にあげたり

阿証上人に差し上げたりしたのですが

着物の折り目や皺が

生前に着ていた時とかわらず

それを見ていると

母のおもかげが

いっそうありありと蘇り

胸に迫ってくるようなのでした

 




 

                 建礼門院右京大夫

母なる人の、さまかへてうせにしが、ことに心ざしふかくて、人にもいひおきなどせられし。五月のはじめなくなりにしのちは、よろづ思ふはかりなくて、あかしくらししに、四十九日にもなりて、きられたりし衣、袈裟などとりいでて、籠僧にとらせ、阿証上人にたてまつりなどせしに、きぬのしわまでも、きたりしをりにかはらで、おもかげいとゞすゝむかなしさに、

 

きなれける衣の袖のをりめまでたゞその人をみる心ちして

『建礼門院右京大夫集』







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