2021年6月16日水曜日

『まあだだよ』から『東京の合唱』へ


 

 

小林亜星が亡くなったそうだが

さっき黒澤明の『まあだだよ』(1993)を少し見直していたら

かつての元学生のひとりとして小林亜星も出ていた

ああ、そうだったな

とすぐに思い出したが

長いこと忘れていた

 

小津安二郎の映画を詳細に見ていく授業を大学で何年も続けていて

この数週間はずっと

1931年のサイレント映画『東京の合唱』の再分析にかかっている

終わり近くで

斉藤達雄が演じるかつての先生の洋食屋「カロリー軒」に

かつての教え子たちが同窓会的に集って

楽しいひとときとなるシークエンスが入る

正装をした先生は堅苦しい話し方でかつての教え子たちに語るのだ

これは映画史的に見れば

どう見ても黒澤明の『まあだだよ』(1993)に引き継がれたモチーフと思われ

あまり古典映画を見なくなってしまっている現代の学生たちのため

やはり注記して置かねばならないということで

『まあだだよ』のほうに飛んで

しばらく見続けていたわけである

(もちろん内田百閒の側の流れは別に存在する)

 

小津の映画では

過去に学校で習った先生に出会うという場面では

多くの場合

老いぼれて別の仕事に就いている先生(東野栄治郎が適役である)

様変わりした哀れな姿を示す場合が多く

世の中の移り変わりをよく表わすモチーフとされているが

この『東京の合唱』では

めずらしく

ほのぼのする場面となっている

 

ところで

このほのぼのした集まりの最中に電報が来て

岡田茉莉子の早世した父・岡田時彦演じる主人公に

勤め先が決まったことを告げるのだが

失業した岡田時彦のために先生が文部省の友人に頼んで探していたもので

栃木県の女学校の英語教師の職である

東京を離れて栃木まで行かなければならないので

職は見つかったものの主人公夫婦は少し寂しげになってしまう

新しい仕事が見つかってよかったのだが

栃木に行くなんて

という雰囲気が拭い切れない

 

小津安二郎の『東京の合唱』は

この新たな職についてこれ以上述べたりはしないのだが

当時の栃木や群馬は

地方ながらも教育への意識も高かったので

その地の女学校で教えるのは

おそらく東京の人間が想像するよりもやりがいはあったはずだろう

 

そればかりではない

現代の視点から見れば大変なことが見えてくる

この映画は1931年のものだが

その時点で栃木に移転することになったとすれば

この家族は14年後の東京大空襲を避けることができることになるはずだ

もちろん栃木にも空襲はあり

宇都宮大空襲をはじめ

小山や足利や太田などにも空襲はあった*

そうはいっても東京大空襲は比べものにならない規模なのを思えば

なにが幸いするかわからないものと言える

もっとも

この家の男の子の場合

年齢から考えると太平洋戦争時には20代になるので

戦場に行かされたはずと思われる

宇都宮の第14師団から第22師団に配属されたり**

特に59連隊に配属されたとすれば

ほぼ日本軍が全滅したパラオ諸島での戦闘に遭遇したかもしれない

生き延びられたかどうかわからないだろう

親夫婦は栃木に居れば生き延びたかもしれないが

息子は戦死した可能性も高い

こんなことにも思いを馳せ

学生たちへの注記として記していくことになる

 

映画の終わりでは

先生も学生たちもそろって

学生時代の寮の歌の合唱に入っていく

これが『東京の合唱』というタイトルの理由となるのだが

彼らの歌う寮歌の歌詞を見ていると

「三年の春は過ぎ易し 花くれなゐの顔(かんばせ)も
いま別れてはいつか見む この世の旅は長けれど
橄欖の花散る下に 再び語ることやある」***

とあって

旧制第一高等学校の寮歌であることがわかる

ということで

主人公が旧制第一高校から東京帝国大学に進んだはずで

それにもかかわらず

大不況下で職を失った物語だったことがわかる

 

ちなみに

小津安二郎自身は旧制高校の受験に失敗して映画会社に入ったので

大学どころか

ついに高校にも行っていない

 


 

*https://www3.nhk.or.jp/news/special/senseki/article_66.html

*https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%83%BD%E5%AE%AE%E7%A9%BA%E8%A5%B2

**https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC14%E5%B8%AB%E5%9B%A3_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%BB%8D)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A9%E5%85%B5%E7%AC%AC59%E9%80%A3%E9%9A%8A

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%83%BD%E5%AE%AE%E9%80%A3%E9%9A%8A%E5%8C%BA

***http://museum.c.u-tokyo.ac.jp/ICHIKOH/ryoka47.html

http://www5f.biglobe.ne.jp/~takechan/T10P208hikari.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E5%88%B6%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1




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