志賀直哉は
なにかというと
「嫌だった」
「嫌な気がした」
「不快だった」
「不愉快だった」
と書き続けたものだった
万巻の文学書を読破しようと
意気込んでいた学生時代
気分をこんなふうに安易に表明することで
作品や随筆を〆る志賀直哉など
ずいぶん馬鹿にし
感情に逃げるダメな日本型作家の典型と思っていた
しかし
考えてみれば
志賀が生きたのは
日本が富国強兵に邁進し
国内差別激化
朝鮮支配と中国侵略
はては愚行の極みの対米開戦に到る
愚の愚の愚の愚の時代だったので
なにかというと
「嫌だった」
「嫌な気がした」
「不快だった」
「不愉快だった」
と書き続けたくなるのも
当たり前でもあるし
それこそが真っ当な
文学者の行為だろうし
日常的な抵抗でもあったと
思うようになった
よ
小泉の馬鹿政権の後では
安倍痴呆政権になったら
なおさら
ギズモとヨーダの合体した顔の
スガ政権になったら
いよいよ
国のトップに据える顔や人格には
やはり
これ以上下げてはいけない
という
限界がある
連中を据えたのはアメリカの日本支配局だが
それほど
馬鹿に仕切っている
ということさ
ニッポンを
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