排便が終わって
しげしげと
出したての便を見ていると
こんなのの処理を
かりに看護師さんにであれ
あんまり
ひとにはやらせたくないもんだなと
しみじみ
思う
しっかり
できるかぎりは
じぶんでやりたいものだな
と
こんなことを思ったのは
敗戦時に自決した
阿南惟幾陸軍大臣のことを
思い出したからで
ポツダム宣言受諾が決まったと
知らされた後
八月十五日午前五時
阿南惟幾はひとりで切腹し
絶命できずに
一時間四十分苦しみ続けた
といわれる
介錯なしの
たったひとりの切腹は
とほうもないマゾなわけだが
陸軍大臣として
しっかりとそれをやってみせ
この上ない至上の苦痛に
最期の最期まで悶えて
死んでいった
戦争が終わると
なんでもかんでも
帝国軍人は悪い
ことに上の者は悪い
みんな卑劣で愚かで
国を誤らせた国賊どもだ
と言われるようになったが
阿南惟幾の死にざまは
やっぱり凄いと思ってしまう
国を挙げての大戦争に負けて
どうしようもない
大糞便となってしまった
陸軍大臣たる自分を
大糞便にふさわしく
しっかり自分で処理して
失せていった大糞便
もちろん自決後の
血みどろの死体は汚れ物であり
粗大ゴミもいいところなので
結局だれかの手をわずらわして
情けないことこの上ないが
そこはまあ大目に見てやろうか
というほどの潔さが
大糞便として自分を処分した
彼の自決のさまにはある
病であれ事故であれ老いであれ
ひとが死んでいく刹那には
孤独な激痛が襲うこともある
そんな時に阿南惟幾は
しっかり自分ひとりで腹を切り
一時間四十分も激痛を抱え続けて
戦争を勝利に導けなかった
大糞便軍人とおのれを凝視して
死んでいったのだよなあと
後世の日本人たちは思うことができる
これを究極の文化と呼ばずして
なんと呼ぶのかとわたしは思ってしまう
どんなに大糞便軍人と馬鹿にしようとも
阿南惟幾は自分で激甚の苦痛を創って
あのようにじんじんジビジビと果てていった
負け戦のダメ軍人どもと罵倒する者が
最期の孤独な苦痛や
死の虚無への跳躍の瞬間において
阿南惟幾に負けるようでは
彼に劣る大糞便民草であったと
呼ばれてしまうではないかと
思ってしまう
思えてしまう
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