2021年8月16日月曜日

大糞便


 

排便が終わって

しげしげと

出したての便を見ていると

こんなのの処理を

かりに看護師さんにであれ

あんまり

ひとにはやらせたくないもんだなと

しみじみ

思う

 

しっかり

できるかぎりは

じぶんでやりたいものだな

 

こんなことを思ったのは

敗戦時に自決した

阿南惟幾陸軍大臣のことを

思い出したからで

 

ポツダム宣言受諾が決まったと

知らされた後

八月十五日午前五時

阿南惟幾はひとりで切腹し

絶命できずに

一時間四十分苦しみ続けた

といわれる

 

介錯なしの

たったひとりの切腹は

とほうもないマゾなわけだが

陸軍大臣として

しっかりとそれをやってみせ

この上ない至上の苦痛に

最期の最期まで悶えて

死んでいった

 

戦争が終わると

なんでもかんでも

帝国軍人は悪い

ことに上の者は悪い

みんな卑劣で愚かで

国を誤らせた国賊どもだ

と言われるようになったが

阿南惟幾の死にざまは

やっぱり凄いと思ってしまう

国を挙げての大戦争に負けて

どうしようもない

大糞便となってしまった

陸軍大臣たる自分を

大糞便にふさわしく

しっかり自分で処理して

失せていった大糞便

 

もちろん自決後の

血みどろの死体は汚れ物であり

粗大ゴミもいいところなので

結局だれかの手をわずらわして

情けないことこの上ないが

そこはまあ大目に見てやろうか

というほどの潔さが

大糞便として自分を処分した

彼の自決のさまにはある

 

病であれ事故であれ老いであれ

ひとが死んでいく刹那には

孤独な激痛が襲うこともある

そんな時に阿南惟幾は

しっかり自分ひとりで腹を切り

一時間四十分も激痛を抱え続けて

戦争を勝利に導けなかった

大糞便軍人とおのれを凝視して

死んでいったのだよなあと

後世の日本人たちは思うことができる

これを究極の文化と呼ばずして

なんと呼ぶのかとわたしは思ってしまう

どんなに大糞便軍人と馬鹿にしようとも

阿南惟幾は自分で激甚の苦痛を創って

あのようにじんじんジビジビと果てていった

負け戦のダメ軍人どもと罵倒する者が

最期の孤独な苦痛や

死の虚無への跳躍の瞬間において

阿南惟幾に負けるようでは

彼に劣る大糞便民草であったと

呼ばれてしまうではないかと

思ってしまう

思えてしまう





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