老婆と秋深きゴキブリとを

 

 

 

かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭

寺山修司「田園に死す」

 

 

 

 

スーパーの外にあるベンチから

わあ！

と言って

飛び上がるように退いた老婆があった

 

夜も

遅くなって

買い物客もほとんどいない時間

 

近くにいたわたしに

わあ！

ああ！

と言い続けながら

フロアの一点を指さしている

 

見ると

秋深きゴキブリが

ゆるゆる

歩いていた

 

虫たちには

もう

ずいぶん寒くて

ゆるゆる

としか

歩けない季節だ

 

ああ

もう寒くなってきたから

ゴキブリも

ゆっくりしか歩けないんですね

と返したが

老婆は

わあ！

ああ！

と言いながら

まだ怖がり続けている

 

ゴキブリは

たしかにゴキブリだが

大きなりっぱなゴキブリで

歩みは遅くとも

テカテカと

昆虫界でなら

なかなかの美丈夫と見える

 

大きな大きな

客観の目で見れば

老婆のほうが

よほど

わあ！

ああ！

の対象だろうな

と

大きな大きな

客観の目のほうに

じぶんの目を近づけたいわたしは思って

見ている

 

老婆と

秋深きゴキブリとを