2021年11月18日木曜日

今じゃフロックコートなんか着て

 

 

このまえ死んだ叔父が

夢のなかに出てきた

フロックコートなんか着ちゃって

颯爽と歩いている

 

銀座のビルの一階の書店に

いっしょに入った

広いフロアをあちこち歩くうち

分厚い漫画週刊誌が

平積みされているところに来た

一冊を取ってめくりながら

最近の漫画の傾向はこれこれで

こんなのがこんなふうで

などと叔父に話すと

叔父のほうがよほど蘊蓄があって

もっと的確な解説をした

 

書店を出て歩くうち

古びた不動産屋のようなところに来て

ちょっと入るか?と言うので

興味はなかったがいっしょに入る

戸を開けると中には67人が

こちらを向いて座っていて

叔父に聞くと占い屋なのだという

腹巻きをしたおっちゃんや

頭にニット帽を被った爺さんや

風采の上がらない人たちが

こっちを向いて机のむこうにいる

 

占ってもらう必要はないし

予知能力なら僕のほうがあるだろうし

などと思いながらも

どんなふうに彼らが占うのか

ちょっと見てみてもいいかな?と

少し関心も湧いて来かかる

うっかり咳が出たがカゼを引いたのではない

店の中で数人が煙草を吸っているからで

まったく今どき煙草の煙で

もわもわしているところなんてと

時代を間違えたような気になる

 

最近は夢を見ていても

夢のなかでこれは夢だなと気づいている

なのでフロックコートなんか着て

叔父が颯爽と銀座を歩いていても

これはもちろん夢なんだよなと

夢の中の僕は気がついている

とはいえこんなふうに夢に

出てくるようになったのだから

死んでから叔父もすっかり回復して

元気になって若返ったりもしたんだろう

そう思い一件落着ということかなと思った

 

少なくとも二十年は引き籠もりになって

まったく掃除もゴミ捨てもせずに

津波の引いた後のような土気色の家のなかで

八十一になる今年の初夏まで生きていた叔父は

夏から初秋にかけて入退院をくり返し

八月二十七日に膵臓ガンで死んだ

四十九日も済み七十七日にもなって

今じゃフロックコートなんか着て

銀座を闊歩しているんだから

ひとっていうのはやっぱり

いったん死んでから回復して

また元気になるものなんだなあと

夢のなかで驚いて見つめていたのだった





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