サガンの『ブラームスはお好き?』(1959)を
ちゃんと通して読んでいなかったものだから
ことのほか鮮やかに
語り手のみずみずしい厭世観と幸福感の結びつきが
描かれていた『ある微笑』を読んだついで
もうページが黄ばんでしまっている
古いリーブル・ド・ポッシュ版で
今頃になって
読んでみている
ブカン版の全作品集も持っているが
重いので
ポッシュ(=ポケット)の名の通り
晩秋の薄手のコートのポケットなどにも
サッと入れられる
軽い
ポッシュ版で
タイトルにもなっている
Aimez-vous Brahms?(エメ・ヴ・ブラムス?)という文句は
登場人物の言葉として
作中に
ちゃんと出てくる
39歳になったヒロイン、ポール(Paule)が
「若い女」から
「若く見える女」へ
移行していかざるを得なくなった時期を扱っているが
定まった愛人としてつき合い続けているロジェとはべつに
(もちろんロジェは
(ポールの見えないところで
(お定まりに別の女たちをキープしている
足の不自由な25歳のボンボンの
子供っぽい振舞いのひよっこ弁護士シモンに
まといつかれるようになる
そのシモンが
ポールをコンサートに誘う手紙に
例の文句は出て来る
「6時に、プレイエルホールで、
とてもすてきなコンサートがあるんです」
とシモンは書いてきた。
「ブラームスはお好きですか? 昨日はごめんなさい」
1989年印刷のポッシュ版では
63ページの
第6章のはじめに出てくる
手紙を読んだポールは
持っていたレコードを探し
ワーグナーの序曲集のレコードの裏面に
ブラームスが入っていたのを思い出す
ワーグナーはロジェが大好きで
ポールも空で覚えてしまっているほどだが
ブラームスのほうは聴いてもいなかった
サガンの繊細さは
こんな象徴をそれとなく入れてくるところにある
これまで聴いてもいなかった
ブラームスの音楽のようなシモンという存在が
男といえばワーグナー=ロジェの色合いだったポールの世界に
闖入してくるわけだ
とはいえ
サガンの突き詰めの足りなさ
というか
鈍感さというか
そういうものもあって
ポールが持っていたレコードに
ワーグナーのどんな序曲が載っていたのか
それを書き添えてはいないし
裏面に載っているブラームスの曲が何かも
書き込んでいない
室内楽のどれかなのか
それとも
交響曲のうちの爆発的な第1番なのか
老いの寂寥を表わす第4番なのか
やや感傷に流れた第2番や第3番なのか
まったく別世界の
南国ふうの解放感に溢れたバイオリン協奏曲だったりするのか
ブラームスといっても
それぞれ
まったく違ってしまう
とてもではないが
ブラームスはお好き?
などと
粗野に訊けるものではない
若かった頃
書店の文庫本の棚には
フランソワーズ・サガンの本もいっぱい並んでいたが
最近では数冊
見つかるかどうか
女性向きに訳された感じの
『ブラームスはお好き?』というタイトルの訳本は
ついにちゃんと読み終えなかったが
もし今の自分が訳すなら
『ブラームスはお好きですか?』とか
『ブラームス、好きですか?』ぐらいにわざと訳して
足の不自由なボンボン青年シモンの口調を
やっぱり出そうとすると思う
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