2022年6月30日木曜日

なんとも凝った部品名の連ね

 


 

『保元物語』は名場面の連続だが

兄と弟がはじめて戦う場面を描く時の

作者の凝りようも面白い

 

源為朝の兄であり

頼朝だの義経だのには父にあたる

下野守源義朝が進み出て

「八郎の弓勢、

どれほどのものか。

並々ならぬ強さと言われているがな。

この義朝が試しに受けてみよう」

 

こう言う義朝に

スーパーマンというべき弟

八郎源為朝が射ると

矢は

竜の飾り物と鍬形を付けた義朝の兜の

鋲頭の星を七つ八つ弾き飛ばし

後ろの方立の板に

矢竹の半分まで射込まれた

 

逸れたとはいえ

凄まじい勢いだったのだろう

義朝は目の前が暗くなり

落馬しそうになったが

鞍の前輪や馬のたてがみに取りついて

なんとか姿勢を取り直し

兜を内側を手で探ってみると

さいわい

矢は立っていないのがわかる

 

そこで義朝は

「八郎め、噂に聞いたのとは違うな。

腕前が雑で

荒れているではないか。

この義朝ほどの敵を

仕損じたものだな」

と言う

 

ところが

為朝はここで大笑いし

「第一の矢は

兄でいらっしゃいますから

遠慮いたしました次第。

いろいろ考えるところもありましてな

的を外して差し上げました。

お許しいただければ、

第二の矢は

ご指示に従うことにいたしましょう」

 

そうして

ここから為朝は

鎧の各部の名をあれこれ連ねていくが

これが作者の鎧フェチというか

細部の名称好きを

よく表わしていて面白い

 

「お顔のあたりに当てるのは恐れ多いので

そうですなあ

お首の骨か

鎧の胸板か

その下の三段目の板か

左脇の屈継の部分か

肩にある障子の板か

右脇の脇盾の壺板のはずれか

胸正面の弦走か

股を覆う草摺の一、二の板か。

さあ、一の板とも

二の板とも

どこなりとも

此処と打ちたたいて

矢の狙いどころを定めてくださいませ

御前にいる雑人らは

脇へ退けていただきたいですな」

 

平安末期の武士など

ろくに教養もない

無骨一方の連中かと思いきや

どうして

どうして

複雑な鎧の構造を把握し

鎧兜の詳細で多数の部分名を覚え込んで

このようにすらすらと言いあえる

才気煥発さを備えていた

 

原文ではこのようになる

 

「一の矢は、

兄にてましませば、

ところを置き奉る上、

かたがた存ずる意趣候ひてはづし奉る。

御許され候はば、

二の矢においては仰せに従ふべく候ふ。
御顔のほどは恐れ候ふ、

御首の骨か、

胸板か。

三の板、屈継、障子の板か、

脇盾、壺のあまりか。

弦走か、一、二の草摺か。

一の板とも二の板とも、

いづくに候ふぞ、
打ちたたかせ給ひて、

矢壺を定めてたまはり候へ。

御前にさぶらふ雑人ら、のけられ候へ」

ものづくし

鎧編

ともいうべき

なんとも凝った

部品名の連ねである





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