その生物は
家のなかの静かな隅などに
いることが多い
廊下や縁側のつきあたりなどは
もっとも好むところらしい
しかし
廊下の途中の壁際にいたり
階段の踊り場の端にいたりもして
どっち付かずの中間の場所も
かなり好むらしい
生物と呼んでみたものの
ふつうの視力では見えないし
触れるものでもなく
ありようは全くわからないので
他の呼び方をすべきだが
よい言葉が見つからない
英語ではentityと呼ぶようだが
霊体や宇宙人を指すことも多い
この言葉で呼ぶと
よけいな異様さや禍々しさが
加わってしまうので
やはり最良の呼び方ではない
どこかで耳にした言葉に
アヌンティックとか
アヌンティカとかいうのがあって
それがこの生物を指すようなのだが
うろ覚えでもあるし
不正確でもあるかもしれないので
自信を持ってここで使う気にはならない
だが「生物」と呼び続けるのも変なので
アヌンティックと仮に呼ぶことにする
アヌンティックがいる証明となるのは
それがいる場所に立ってみると
急速な心の平穏が得られる事実である
落ち着きと安心感と喜びが来る
あまりにはっきりとそれが起こるので
人によってはパワースポット論で
それを説明しようとする場合もあるが
看過すべきでないのは
特定の場所の力が問題なのではなく
移動可能な生物的存在による効果だと
これをとらえておくことである
アヌンティックは見えないし
触ることもできないので
それがいる場所に人が来た場合にも
なにかがそこにいるとは感じられない
あまりに急速にはっきりと起こる
心の大きな平安の感覚によってのみ
アヌンティックに包まれたことはわかるのだ
アヌンティックが過去に表現されたり
指し示されたりしなかったわけではない
意外に思われるだろうが
たとえば日本のかつての映画監督
小津安二郎などはたびたび示そうとした
彼の映画では廊下の突きあたりや
人間のいない室内などを映すシーンが
よく挿入されていて
あれは映像論的に様々な意味を持つものの
見る人によってはそれらのシーンに
アヌンティックが映っているのが見えるので
小津安二郎が「わかっていた」のは
疑いようもないと言ってよい
これと似た効果をもたらす別の生物に
クリーンという名のものもいる
クリーンの場合は圧倒的な懐かしさの感覚を
一瞬に人の心に発生させる力があり
この場合には心象風景において
われわれは森の奥にある木造りの山小屋に
一気に引きこまれてしまい
あたたかく燃えている暖炉や
頼もしげな頑丈な机などが出現して
そこに居ながらにして過去に起こった
すべての良きことや良き面を
同時に詳細に思い出す感覚に包まれる
クリーンについては20年ほど前に見た夢で知り
クリーンという名も夢の中で教えられた
それ以後たびたび短い物語のかたちで
これを書き出そうと努めてきたものの
なかなか思うように行かず今に到っている
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