眠りから覚める時
それまで見ていた夢の連鎖が
いつもながらに厖大な情報量から成っているのを
よく認識する
自分の意識が身体や五感を伴って参加している夢内三次元世界での
映像や体感や心の揺れや
その世界の構造や環境についての知識や認識など
多様な形態の情報が密に絡まって構築されている夢のすべてが
自分の意識や無意識の海の中に記録され続けていくのなら
覚醒時の現実界での経験情報の数倍の情報量が
意識や無意識には蓄積され続けていくことになる
現実界の時間スケールを使って粗く見積もるだけでも
毎日の睡眠時間のうちの夢見時間分が
記憶され続けていくことになる
夢を見ていない睡眠時にしてさえ
無意識やさらに別の意識状態が心身の基層を維持しているのだから
そこに無夢体験時の情報は記録され続けていっているだろう
それら
厖大で無限更新され続けていく情報は
最終的にはどこに行くのか
誰がそれを観察し
整理し
保管し
利用したりするのか
それとも
観察も
整理も
保管も
利用もされないのか
だとすれば
人間体験や人間存在というものは
純粋きわまりない戯れ言のようなものに過ぎなくなる
やがて無くなるもの
という程度のものではなく
はじめから無く
すでに今現在無いもの
と捉えねば
ならなくなる
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