その花の名を知らなかったので
彼女は悲しんだが
花の名前なんて
いちいち知らなくたって
花はそこにあるんだからそれでいいじゃないの?
と歳の離れた姉に言われて
いっそう悲しみは募った
花の名も花
べつの花
彼女は小さな雑記帳にそう記し
近所で有名な
富豪の愚かな遊び人の息子と親しくなって
高級車の助手席で
十代最後の数年を過ごすようになった
夏のはじまりのある朝
彼女を迎えに走らせていた車の事故で
遊び人の息子は即死したが
彼女のほうは長い人生に恵まれ
九十歳を越えても元気だった
歳をとればとるほど
高級車を乗りまわしていた
あの富裕な愚かな遊び人こそが
じぶんの出会った人間たちのなかで
もっとも純粋で
やさしい男だったのが
確信された
ながい歳月を経ながら
わたしはあなたのやさしさに追いつこうとしている!
いまでも!
そう思いながら
むかし雑記帳に記した言葉を
ときどき思い出した
花の名も花
べつの花
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