2023年7月20日木曜日

「若いのにあんなブルジョワの宿に…」


 

 

夏らしい暑さが来ると

暑かった時のいろいろなことを思い出す

 

ふいに

伊東温泉のいづみ荘を思い出した

家族や祖母や叔母と

何度か

行ったことがある

 

今もあるのか

と思って調べてみると

星野リゾートに買われたらしいが

今もあった

 

学生時代のことで

温泉は

あまり好きでもなく

やることといえば

家族と気の抜けた卓球をする程度の

温泉宿というものも

おもしろくなく

ひとりで宿から出て

海沿いや

山の中などを

歩きまわり続けた

 

そう遠くないところに

木下杢太郎記念館があって

杢太郎は

あまり読んでいなかったが

ちょうどよいと思い

入ってみた

 

真夏で

ほかの客は誰もいない

蝉の声が

幻の世界のお囃子のように

賑やかだった

 

木下杢太郎の孫にあたる老人が

その時分は館長をしていて

暇なものだから

お茶を出してくれた

いろいろと話相手になってくれた

 

「どこに泊っているのか?」

と聞かれたので

「そこのいずみ荘に泊ってます」

と言うと

「若いのに

あんなブルジョワの宿に…」

と軽く批判された

「祖母たちの付き添いで来てますので…」

と添えると

「そうか、

ま、それじゃしょうがない」

と許してくれた

 

地元では

そういう旅館と見ているのか…

少し訝ったが

地元みながそう思っているわけではなく

この老人ひとりの

考えかもしれなかった

 

共産党員だと

老人は

言っていた

 

私は大学生で

多種多様な読書はし続けていたほうだったが

講義での聞きかじりや

入門書で仕入れた杓子定規の見方で

さまざまなものを

とりあえず表面的に判断して

浅く済ましていた

 

今だったら

煮えるようにたくさんの蝉が啼く

あの閑居の縁側で

老人と

はるかに味のあるおしゃべりができたはずだろう

 

今だったら

杢太郎の作品のいくつかの

勘どころについて

森鴎外や北原白秋などを引きあいに出しながら

もうすこし

ましな問答も

できたはずだろう





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