住んでいる階までエレベーターが上り
扉が開くと
そこは
雪国であったりはしなかったが
モミジの葉が一枚
落ちていた
真っ赤でなどなく
かたちも
赤子のてのひらが開かれたようではなく
中途半端に枯れて落ちた
人目を惹くこともない
ただの枯葉でしかなかった
美しくない
しかし
かたちを見れば
モミジの枯れた一枚であることは
わかる
誰かの服にでも付いてきたのか
それとも
子どもが拾って
ここまで持ってきて
エレベーターを出たところで
捨てたのか
モミジの美しさを
ついに持てなかった
ただの枯葉に過ぎないこのモミジが
エレベーターを出た場所に
一枚
落ちているのを見て
わたしは
深刻な美意識上の衝撃を受けた
まさか
じぶんの住む階の
エレベーターのドアが開いた瞬間に目に入るところに
貧相な枯葉が落ちているとは思わなかったので
見つけた時に
すこし
ハッとしたことや
見てすぐわかるが
その枯葉が
モミジだったことや
モミジ
といえば
すぐに思い浮かべるような
真っ赤な
見事な紅葉っぷりが
その枯葉には
まったく無いことや
モミジにもかかわらず
モミジに求められがちな特性が
ほぼ完全に
取り除かれたこの枯葉を
それでも
モミジ
と呼ぶしかない
認識とずれまくった呼称の危うい遊戯が
続けられるしかないことや
もし
子どもがこの階まで
この枯葉を持ってきたのだとしたら
その子はどうして
もっと紅葉らしい葉を選ばずに
わざわざ
この中途半端な
不完全な
出来損ないのような枯れぐあいの葉を
摘まんで持ってきたりしたのか
などという問いが
一瞬に
わたしの意識になだれ込んで
美と
モミジの概念と
現象や出来事の偶然性や運命性についての捉え方の枠組みを
一気に動揺させた
モミジの葉であるのに
いっこうモミジらしからぬ
モミジ不合格の
とにかく美しくなどなく
とりたてて眺めるほどのものでもない
にもかかわらず
モミジでしかない枯葉が
たった一枚
わたしの降りた
エレベーターのドアの前に現存在していたさまの
あまりに強すぎる当然さに
わたしの意識の奥の軸の何本かは折れて
美意識は
昏倒してしまった
日頃から大しけになっていた価値意識は
さらに
昏迷してしまった
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