2023年11月28日火曜日

昏倒昏迷

 

 

住んでいる階までエレベーターが上り

扉が開くと

そこは

雪国であったりはしなかったが

モミジの葉が一枚

落ちていた

 

真っ赤でなどなく

かたちも

赤子のてのひらが開かれたようではなく

中途半端に枯れて落ちた

人目を惹くこともない

ただの枯葉でしかなかった

 

美しくない

 

しかし

かたちを見れば

モミジの枯れた一枚であることは

わかる

 

誰かの服にでも付いてきたのか

それとも

子どもが拾って

ここまで持ってきて

エレベーターを出たところで

捨てたのか

 

モミジの美しさを

ついに持てなかった

ただの枯葉に過ぎないこのモミジが

エレベーターを出た場所に

一枚

落ちているのを見て

わたしは

深刻な美意識上の衝撃を受けた

 

まさか

じぶんの住む階の

エレベーターのドアが開いた瞬間に目に入るところに

貧相な枯葉が落ちているとは思わなかったので

見つけた時に

すこし

ハッとしたことや

 

見てすぐわかるが

その枯葉が

モミジだったことや

 

モミジ

といえば

すぐに思い浮かべるような

真っ赤な

見事な紅葉っぷりが

その枯葉には

まったく無いことや

 

モミジにもかかわらず

モミジに求められがちな特性が

ほぼ完全に

取り除かれたこの枯葉を

それでも

モミジ

と呼ぶしかない

認識とずれまくった呼称の危うい遊戯が

続けられるしかないことや

 

もし

子どもがこの階まで

この枯葉を持ってきたのだとしたら

その子はどうして

もっと紅葉らしい葉を選ばずに

わざわざ

この中途半端な

不完全な

出来損ないのような枯れぐあいの葉を

摘まんで持ってきたりしたのか

などという問いが

 

一瞬に

わたしの意識になだれ込んで

美と

モミジの概念と

現象や出来事の偶然性や運命性についての捉え方の枠組みを

一気に動揺させた

 

モミジの葉であるのに

いっこうモミジらしからぬ

モミジ不合格の

とにかく美しくなどなく

とりたてて眺めるほどのものでもない

にもかかわらず

モミジでしかない枯葉が

たった一枚

わたしの降りた

エレベーターのドアの前に現存在していたさまの

あまりに強すぎる当然さに

わたしの意識の奥の軸の何本かは折れて

美意識は

昏倒してしまった

 

日頃から大しけになっていた価値意識は

さらに

昏迷してしまった

 

 




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