2024年10月16日水曜日

だれにも夢みられたことのない夢

 


 

ボルへスの散文詩

Everything and Nothing

 

『すべてと無』や

『全と無』

と訳すべきか

『ぜんぶ、そして、何もないこと』

などと

訳すべきか

 

神の前に立ったシェイクスピアは

自分自身でありたい

と訴える

 

だが

神はこう言う

 

 わたしもまた

 わたしではない

 シェイクスピアよ

 おまえがおまえの作品を夢見たように

 わたしも世界を夢見た

 わたしの夢に現われるさまざまな形象のなかに

 たしかにおまえもいた

 おまえはわたしと同じく

 たくさんの人間でありながら

 何者でもない

 

と見なされるべき神は

あらゆるものの造物主でなければならず

あらゆるものが現われる世界でなければならないから

そのなかのなにかでは

ありえない

それゆえ

と見なされることも

神にはない

 

だれにも夢みられたことのない夢

しか

シェイクスピアの顔の

背後には

存在しなかった

ボルヘスは

書く

 

何者でもないおのれのありようを

他人に気取られぬため

何者であるかのごとく振舞うすべを

シェイクスピアは身につけたのだ

とも

 

神もまた

 

それにしても

だれにも夢みられたことのない夢

とは

なんという孤絶

なんという自律

なんという不在

なんという充溢

 


 

0 件のコメント:

コメントを投稿