きのうの早朝
このように教えは来て
わたしに伝えられた
如是我聞
(わたしはこのように聞いた)
と
むかしのひとなら
言ったかもしれない
たとえば
からだと心をあわせ直し
整えたいのならば
「a」の音を思ったらよいだろう
これは
人体を持つ地球滞在者にとって
もっとも自然な音
行者のように
むりに発声しなくてもよい
ただ「a」を思い
音をのばして「a~~~~」と思うだけで
じゅうぶん
それだけでもよい
地上に居るのは
なかなか
むりを伴った苦行なので
「a」を思うことで
からだと呼吸と意識とこころと霊とを
あわせ直したらよい
からだのどこかを
もし治したいのならば
「o」の音が効き目を発揮するだろう
ただ「o」を思えばいい
これは力の凝集した
重さのある非常につよい音で
発声してもいいし
音を出さずとも
「o」の音に喉を帯びさせてもいいが
「o」は「炎(ほのお=honoo=ooo)の核心なので
喉がすぐに渇いて
喉涸れしていくのを感じるだろう
注意しないと
「o」はじぶんの喉さえ燃やしてしまう
なのでむりに発声しなくてもいい
ただ「o」を思い
からだや意識に響かせるだけで
いろいろなものが自然に癒やされていく
「o」はつよい凝縮力を持ち
たいていの不調や病は癒やすことができるが
あわれな人間たちよ
誰もあなたがたに
このことを教えはしなかっただろう?
「o~~~~」を思い止める時に
文化によってはわずかに「m」を響かせることがあるので
そこから「o~m」という認識が出たが
そのように言う必要はない
「o~~~~~」だけを思えばよい
薬にも医療にも頼らず
みずからの不調を
じぶんで癒やすべき時代が来ている
あなたがたに「a」と「o」の効能を伝えておく
こころとからだにこの音を響かせて
内臓から血から細胞の数々を
みずから癒やすように
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