日本では
1950年代以降
テレビのCMがさかんになったので
60年代や70年代になると
テレビCMとしての数々の名作が作られるようにもなった
家での娯楽があまりなかった頃
子どもたちには
テレビCMを見るのはけっこうな娯楽で
音楽や歌詞や映像を
また
それらが運んでくるポエジーや異国情緒などを
けっこう深く意識の奥底に焼き付けた
そうした経験が
その後の時代の日本の環境に
大きな影響を与えていったのは確実で
よかれあしかれ
結局は大きな文化変革の基盤となっていたと思われる
CM音楽の天才の小林亜星が作曲し
作詞はなんと安井かずみだった
明治製菓のキャンディー「チェルシー(CHELSEA)」の歌も
子どもや若者の精神に
それとなく巨大な影響を残した
2024年に出荷中止となったそうだが
1971年からの長きにわたって続いた生産と
かなり長いあいだテレビで
さまざまなバージョンの歌が披露されたことで
「チェルシー(CHELSEA)」の歌は
日本人の脳に除きようのない影響を与えたはずだ
一国の文化に与えるCMの音楽や映像の影響の研究は
じつは非常に重要だと思えるのだが
そろそろ本気で研究者たちが取りかかってもいい頃かもしれない
「チェルシー(CHELSEA)」の歌では
なんといってもシモンズの爽やかな歌声が記憶に残っているが
シモンズの後たくさんの歌手たちが歌い
時代時代のテレビに華を添えた
YouTubeにあげられたそれらを聴き直してみると
それぞれの時代が浮かんできて
巻き戻せるコンテンツとしての過去というものが
YouTubeのある現代では確立しつつあるのが感じられる
シモンズ 明治チェルシーの唄 フルコーラス
https://www.youtube.com/watch?v=_PPFSXBjj1Q&list=RD_PPFSXBjj1Q&start_radio=1
【明治】 チェルシーCM集 新旧CM総集編
【全15種】
https://www.youtube.com/watch?v=QM9WaR9vbKI
(チェルシーの歌) 手のひらの愛 アグネス・チャン
https://www.youtube.com/watch?v=2yit9_zJqhA&list=RD2yit9_zJqhA&start_radio=1
CM明治チェルシーの唄
GARO[ガロ] 1972年 (歌詞入り)
https://www.youtube.com/watch?v=631am6Ca41I&list=RD631am6Ca41I&start_radio=1
『明治チェルシーの唄』(サーカス)
https://www.youtube.com/watch?v=KyZKzapyk0k&list=RDKyZKzapyk0k&start_radio=1
明治チェルシーの唄 by 八神純子.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=WU2pUTMNNdE&list=RDWU2pUTMNNdE&start_radio=1
明治チェルシーの唄(Aming)
https://www.youtube.com/watch?v=pskaDQnjdsA&list=RDpskaDQnjdsA&start_radio=1
明治チェルシーの唄 南沙織
https://www.youtube.com/watch?v=Y5Xu_Q0K80A&list=RDY5Xu_Q0K80A&start_radio=1
明治チェルシーの唄 ( '99 ) 小野貴子・宮内美枝 / Takako Ono & Mie Miyauchi " Theme song of CHELSEA-candy "
https://www.youtube.com/watch?v=HJSbFBBpUqg&list=RDHJSbFBBpUqg&start_radio=1
明治チェルシーの唄 ( '75 ) ペドロ & カプリシャス / Pedro & Capricious " Theme song of CHLSEA-candy "
https://www.youtube.com/watch?v=KvEGTN3hzZU&list=RDKvEGTN3hzZU&start_radio=1
いいなCM 明治製菓 チェルシー PUFFY
https://www.youtube.com/watch?v=zNY4KtwlhvY&list=RDzNY4KtwlhvY&start_radio=1
ところで
チェルシーを思い出すと
やはり明治製菓の商品で
チョコレートの「エクセル」が懐かしく思い出される
インドのかっこいい俳優サジット・カーンが
草原を走り
倒れ込むように寝転んだところで
カメラに向かって両手で投げキスをするのが印象的なCMで
少年だったぼくは
これで一気にインド好きになり
インドの少年や青年のかっこよさに取り憑かれた
当時
ちょっと前にテレビで
インドのドラマ『巨象マヤ』というのをやっていて
サジット・カーンはそこで主人公の少年を演じていたので
日本の少年少女たちには有名だった
そのサジット・カーンが広告する「エクセル」なのだから
これはおいしいに違いない!
と少年のひとりとして信じ込んだのだ
ビョルン・アンドレセン(Björn Andrésen)のCMもあったそうだが
そちらのほうは記憶にない
少年からすれば
美少年だがなんだか軟弱に見えて
あまり印象に残らなかったのかもしれない
子どもの小遣いでは
ちょっと高めの値段だったはずで
「エクセル」は
購買層としては高校生や大学生を見込んでいたのだろう
しかし
小学生であったにもかかわらず
サジット・カーンのかっこよさに惹かれて
何度か小遣いで買ったことがある
小学生ながらも
受験のために方程式を学ばないといけないとせっつかれて
むかし開成中学に1番で合格した神童の叔父に
方程式を習うため
祖父母の家に通った際
バス停わきのパン屋で買ったのだった
叔父も教えるのがそううまくなかったし
こちらも小学性の頭では方程式はよくわからなかったので
なんだかもやもやした気分で
祖父母の家に通い続けたものだったが
寒い冬の夜など
帰宅しようとバス停でバスを待っているあいだに
店を閉じる頃のパン屋で「エクセル」を買った
赤い箱のミルクチョコレートのほうが
小学生の味覚には合ったが
それを口にいれてすこしずつ溶かしながら
方程式をさっさっと理解できないぼくの頭では
なんだか人生は寒い
この先も寒いかもなあ
などと思いながら
うら寂しくバス停で
なかなか来ない夜のバスを待ち続けた
まだ
「口語の時代はさむい」
と荒川洋治が書く以前のことで
あった
見附のみどりに 荒川洋治
まなざし青くひくく
江戸は改代町への
みどりをすぎる
はるの見附
個々のみどりよ
朝だから
深くは追わぬ
ただ
草は高くでゆれている
妹は
濠ばたの
きよらかなしげみにはしりこみ
白いうちももをかくす
葉先のかぜのひとゆれがすむと
こらえていたちいさなしぶきの
すっかりかわいさのました音が
さわぐ葉陰をしばし
打つ
かけもどってくると
わたしのすがたがみえないのだ
なぜかもう
暗くなって
濠の波よせもきえ
女に向かう肌の押しが
さやかに効いた草のみちだけは
うすくついている
夢を見ればまた隠れあうこともできるが妹よ
江戸はさきごろおわったのだ
あれからのわたしは
遠く
ずいぶんと来た
いまわたしは、埼玉銀行新宿支店の白金のひかりをついてあるいている。ビルの破音。消えやすいその飛沫。口語の時代はさむい。葉陰のあのぬくもりを尾けてひとたび、打ちいでてみようか見附に。