おもしろい雲
すごい雲
見とれてしまうような雲
ぼーっと
見続けていた
こんな時
孤独
というものはない
介入してこれない
孤独とは
環境のなかでこの心身(という幻想)が
過度に損失を被らないようにしようとしての
加害主体となりかねない者に対する自己説明の努力
から発生するものであり
自分と異なった価値体系でこちらを査定・判定してくる他者への
効果の不確かな弁明行為から来るものだから
ぼーっと
雲を見ている時など
孤独は
発生しようがない
東京 2026.8.18
東京 2026.8.18
気ままな詩選を自分の愉しみのために。制作年代も意図も問わず、まちまちに。
おもしろい雲
すごい雲
見とれてしまうような雲
ぼーっと
見続けていた
こんな時
孤独
というものはない
介入してこれない
孤独とは
環境のなかでこの心身(という幻想)が
過度に損失を被らないようにしようとしての
加害主体となりかねない者に対する自己説明の努力
から発生するものであり
自分と異なった価値体系でこちらを査定・判定してくる他者への
効果の不確かな弁明行為から来るものだから
ぼーっと
雲を見ている時など
孤独は
発生しようがない
東京 2026.8.18
東京 2026.8.18
環境や
まわりの人間たちのありようが
ある個人の人格をつくり
感じ方や
考え方
振舞い方をつくる
と
思い込みやすい
そう考えるように
(そう読解するように)
教え込まれがち
でもある
しかし
環境や
まわりの人間たちのありようを
まるごと受け入れず
分解し
小道具として利用できるよう
蓄えておく
タイプの人間もいる
彼にとっては
環境や
まわりの人間たちは
咀嚼し
溶解し
分子レベルに分解して
いずれ再構成して利用すべき
精神の食糧に過ぎない
彼にとって
人間は
彼しかいない
もし
まわりの「人間」たちこそが人間であるというなら
彼は
人間ではない
定義はどうでもよいが
そのような
彼
が
いる
*
映画は
撮影された多量の写真によって
みずからの身体を
構成する
多量の写真は
レンズによって集積された光の情報の痕跡であり
集積された時点では
まだ
そこに映画の主体を出現させない
主体
と
とりあえず呼んだが
魂とか
作品などと
呼びたい者もいるだろう
「その映画」
とでも
呼んでおくほうが
いちばん
ニュートラルかもしれない
**
集積された光の情報の痕跡としての写真は
すべて
過去痕跡である
現在・過去・未来
という俗で曖昧で不正確な時間分割概念を用いるならば
あらゆる写真は過去であり
現在も
もちろん未来も
写真には介入できない
しかし
写真に見入る人は
そこに
現在を見ている気がしている
それこそが現在であるかのような
「真現在」とでも
呼ぶべきものが見てとれる
気がしている
***
多量の写真を
連続的にコマ送りして現象化させていくものとしての
映画の場合
イリュージョンとしての「真現在」は
さらに詐術の度を高める
人はいともたやすく
「動画」と呼びならわして受け入れるが
そもそも
動きがあるように見えるのが
視覚がコマ送りの速度に追いつけないゆえの錯覚である
かりに
視覚の無能さに目をつぶり
そこに発生している錯誤を不問とするとして
動画なるものが
目の前に現前しているとしよう
なにを見ているのか?
かたちも色も
もちろん
人物も
さまざまな物体や物品も風景も
すべて
見られている瞬間には
そのありようでは存在していない過去であり
つまり
「ない」のであり
不在である
しかしながら
コマ送りの速さによって
動きがあるかのように錯誤させられるので
集積された光の情報の痕跡の
連続的な早送りという運動とそこから生じてくる効果だけは
現前している
それらは「今」ある
それらは「今」起こっている
****
そうした「今」にさえ
能力の低すぎる視覚から来る
捉え違いがあり
錯誤がある
現在・過去・未来
という不確かな俗な時間分割概念を捨てて
もっと正確な時間概念を準備すべきなのだろう
という発想も
当然
ここには生じてくる余地がある
しかし
そのように進んでいこうとする場合
そもそも
曖昧で不確かな時間分割概念と
低能力の視覚によってこそ維持されてきた
写真や映画は
どこまで
崩壊せずにいられるものだろうか
*****
曖昧で不確かな時間分割概念と
低能力の視覚によってこそ維持されてきた
写真や映画
さて
これらの反省を
もちろん
ひとつの比喩のように用いて
人間の精神を
再考したい
写真や映画という単語のかわりに
人生や経験や思考や感情や判断などを
ホッブスやヒュームのように
21世紀において
ふたたび
再考したい
とも
思うが
必要があるだろうか?
ホッブスやヒュームの読み直しだけで
じつは
足りるものだろうか?
日本では
1950年代以降
テレビのCMがさかんになったので
60年代や70年代になると
テレビCMとしての数々の名作が作られるようにもなった
家での娯楽があまりなかった頃
子どもたちには
テレビCMを見るのはけっこうな娯楽で
音楽や歌詞や映像を
また
それらが運んでくるポエジーや異国情緒などを
けっこう深く意識の奥底に焼き付けた
そうした経験が
その後の時代の日本の環境に
大きな影響を与えていったのは確実で
よかれあしかれ
結局は大きな文化変革の基盤となっていたと思われる
CM音楽の天才の小林亜星が作曲し
作詞はなんと安井かずみだった
明治製菓のキャンディー「チェルシー(CHELSEA)」の歌も
子どもや若者の精神に
それとなく巨大な影響を残した
2024年に出荷中止となったそうだが
1971年からの長きにわたって続いた生産と
かなり長いあいだテレビで
さまざまなバージョンの歌が披露されたことで
「チェルシー(CHELSEA)」の歌は
日本人の脳に除きようのない影響を与えたはずだ
一国の文化に与えるCMの音楽や映像の影響の研究は
じつは非常に重要だと思えるのだが
そろそろ本気で研究者たちが取りかかってもいい頃かもしれない
「チェルシー(CHELSEA)」の歌では
なんといってもシモンズの爽やかな歌声が記憶に残っているが
シモンズの後たくさんの歌手たちが歌い
時代時代のテレビに華を添えた
YouTubeにあげられたそれらを聴き直してみると
それぞれの時代が浮かんできて
巻き戻せるコンテンツとしての過去というものが
YouTubeのある現代では確立しつつあるのが感じられる
シモンズ 明治チェルシーの唄 フルコーラス
https://www.youtube.com/watch?v=_PPFSXBjj1Q&list=RD_PPFSXBjj1Q&start_radio=1
【明治】 チェルシーCM集 新旧CM総集編
【全15種】
https://www.youtube.com/watch?v=QM9WaR9vbKI
(チェルシーの歌) 手のひらの愛 アグネス・チャン
https://www.youtube.com/watch?v=2yit9_zJqhA&list=RD2yit9_zJqhA&start_radio=1
CM明治チェルシーの唄
GARO[ガロ] 1972年 (歌詞入り)
https://www.youtube.com/watch?v=631am6Ca41I&list=RD631am6Ca41I&start_radio=1
『明治チェルシーの唄』(サーカス)
https://www.youtube.com/watch?v=KyZKzapyk0k&list=RDKyZKzapyk0k&start_radio=1
明治チェルシーの唄 by 八神純子.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=WU2pUTMNNdE&list=RDWU2pUTMNNdE&start_radio=1
明治チェルシーの唄(Aming)
https://www.youtube.com/watch?v=pskaDQnjdsA&list=RDpskaDQnjdsA&start_radio=1
明治チェルシーの唄 南沙織
https://www.youtube.com/watch?v=Y5Xu_Q0K80A&list=RDY5Xu_Q0K80A&start_radio=1
明治チェルシーの唄 ( '99 ) 小野貴子・宮内美枝 / Takako Ono & Mie Miyauchi " Theme song of CHELSEA-candy "
https://www.youtube.com/watch?v=HJSbFBBpUqg&list=RDHJSbFBBpUqg&start_radio=1
明治チェルシーの唄 ( '75 ) ペドロ & カプリシャス / Pedro & Capricious " Theme song of CHLSEA-candy "
https://www.youtube.com/watch?v=KvEGTN3hzZU&list=RDKvEGTN3hzZU&start_radio=1
いいなCM 明治製菓 チェルシー PUFFY
https://www.youtube.com/watch?v=zNY4KtwlhvY&list=RDzNY4KtwlhvY&start_radio=1
ところで
チェルシーを思い出すと
やはり明治製菓の商品で
チョコレートの「エクセル」が懐かしく思い出される
インドのかっこいい俳優サジット・カーンが
草原を走り
倒れ込むように寝転んだところで
カメラに向かって両手で投げキスをするのが印象的なCMで
少年だったぼくは
これで一気にインド好きになり
インドの少年や青年のかっこよさに取り憑かれた
当時
ちょっと前にテレビで
インドのドラマ『巨象マヤ』というのをやっていて
サジット・カーンはそこで主人公の少年を演じていたので
日本の少年少女たちには有名だった
そのサジット・カーンが広告する「エクセル」なのだから
これはおいしいに違いない!
と少年のひとりとして信じ込んだのだ
ビョルン・アンドレセン(Björn Andrésen)のCMもあったそうだが
そちらのほうは記憶にない
少年からすれば
美少年だがなんだか軟弱に見えて
あまり印象に残らなかったのかもしれない
子どもの小遣いでは
ちょっと高めの値段だったはずで
「エクセル」は
購買層としては高校生や大学生を見込んでいたのだろう
しかし
小学生であったにもかかわらず
サジット・カーンのかっこよさに惹かれて
何度か小遣いで買ったことがある
小学生ながらも
受験のために方程式を学ばないといけないとせっつかれて
むかし開成中学に1番で合格した神童の叔父に
方程式を習うため
祖父母の家に通った際
バス停わきのパン屋で買ったのだった
叔父も教えるのがそううまくなかったし
こちらも小学性の頭では方程式はよくわからなかったので
なんだかもやもやした気分で
祖父母の家に通い続けたものだったが
寒い冬の夜など
帰宅しようとバス停でバスを待っているあいだに
店を閉じる頃のパン屋で「エクセル」を買った
赤い箱のミルクチョコレートのほうが
小学生の味覚には合ったが
それを口にいれてすこしずつ溶かしながら
方程式をさっさっと理解できないぼくの頭では
なんだか人生は寒い
この先も寒いかもなあ
などと思いながら
うら寂しくバス停で
なかなか来ない夜のバスを待ち続けた
まだ
「口語の時代はさむい」
と荒川洋治が書く以前のことで
あった
見附のみどりに 荒川洋治
まなざし青くひくく
江戸は改代町への
みどりをすぎる
はるの見附
個々のみどりよ
朝だから
深くは追わぬ
ただ
草は高くでゆれている
妹は
濠ばたの
きよらかなしげみにはしりこみ
白いうちももをかくす
葉先のかぜのひとゆれがすむと
こらえていたちいさなしぶきの
すっかりかわいさのました音が
さわぐ葉陰をしばし
打つ
かけもどってくると
わたしのすがたがみえないのだ
なぜかもう
暗くなって
濠の波よせもきえ
女に向かう肌の押しが
さやかに効いた草のみちだけは
うすくついている
夢を見ればまた隠れあうこともできるが妹よ
江戸はさきごろおわったのだ
あれからのわたしは
遠く
ずいぶんと来た
いまわたしは、埼玉銀行新宿支店の白金のひかりをついてあるいている。ビルの破音。消えやすいその飛沫。口語の時代はさむい。葉陰のあのぬくもりを尾けてひとたび、打ちいでてみようか見附に。
風が立つ! ……生きなきゃな!
無限の大気のなかで、ぼくの本が開いたり閉じたりしてる
波だって岩場から吹き上がって飛び散って行ってるぞ!
さあ飛び立って行け! ぼくの本のページたち!
この輝きの中でくらくらになりながら!
ポール・ヴァレリー『海辺の墓地』
“Le vent se lève! . . .
il faut tenter de vivre!
L'air immense ouvre et referme mon livre,
La vague en poudre ose jaillir des rocs!
Envolez-vous, pages tout éblouies!
Paul Valéry, Le
Cimetière marin
ひさしぶりにひとりで海に出て
腰ぐらいまでの水深のところや
時には胸元まで浸かる程度のところで
まるまる2時間ほど
海水浴をしてきた
海に来ると
もっと深いところまで行って
数時間ずっと浮いていることが多いのだが
台風の影響で波が高めなので
あまり沖に出るなと
ライフセーバーが注意喚起している
ひさしぶりの海水浴でもあるので
波に飲まれない程度の浅みに止まることにした
海に入って浸かっているというのは
ただそれだけのことでも
やはり多くのことを思い出すし
学び直す
続けて寄せ来る波を
あまり激しく身に受けないように
身体を横にしたり
背を向けたりをくり返すが
あまりに平らに背で波を受けると
波は大きく粉砕して
かえって頭に大きく水を受けることになるので
背をすこし丸めるとか
やはり身を横向きにするとか
工夫が必要になる
そんなことをくり返し続けていると
海で波を受け続けるのは
やはり人生のようだと思えてくる
ふつうに街生活を続けていても
海では波がくり返し寄せてくることぐらい
誰でもわかっているし
想像がつく気がしている
しかし実際に海に入って波を受け続けると
波というのはこれほど無限に
性懲りもなく寄せ続けるものだと体験し直し
波というものの本質を
街生活のなかでは忘れていくものだと
はっきりとわかり直す
波にはたしかにパターンがあって
似たような盛り上がりかたをしたり
似たような崩れかたをするものが多いが
それでもパターンには幾種類かあって
ひとつの波でも崩れのはやい個所もあれば
崩れの遅い個所もあったりして
海水の中に浸かって
それらの波を絶えず無難にやり過ごす身になってみると
崩れの遅いところに身を移して
受ける飛沫をすこしでも減らす工夫が
けっこう重要になってくる
こうしたところも
やはり人生のようだと思えてくる
ライフセーバーに見とがめられないように
安全に配慮して腰から胸元までの水深のところにいると
じつはいちばん波が立つ場所にいることになるのだが
それでも時どき
波が立たなくなる時がある
大きめの波がいくつか過ぎていった後は
ほんのすこしだけ波の立たない平穏な時間が訪れる
ずっと海水に浸かっていると
それがどんなに貴重で不思議な時間か
よく感じとれてくる
そんな時にはプールでやるように
のんびりした気分で平泳ぎをしてみたり
肺に空気を溜めて空を向いて浮かんでみたりする
こんな瞬間も
やはり人生のようだと思える
難事や面倒事のあいだにわずかに訪れる
ほんのすこしの凪の時間こそ
変転ばかりの無常のこの世での特権的な静寂と瞑想の時だが
海に浸かって似たような瞬間を経験すると
世界や宇宙の構造が凝縮して理解されてくるように感じる
それにしても
夏の海岸に行って暑さも日射も物ともせずに
むしろそれらを楽しんで求めていく人たちの中にいると
最高に心地よいのは
暑さや汗を嫌う街人たちの声にも顔にも触れないで済むことだ
夏の街や住宅街や駅や商店街には
夏の暑さや汗を嫌ってこれでもかと気難しい不快そうな顔をし
「ああ、暑い!」
「本当に嫌になる!」
「夏は大嫌い!」
「クーラーがないと生きていけない!」とか
暑さや汗や疲れへの呪詛だけをまき散らして生きている人びとで
埋めつくされている
そんな人びとがまったくいない炎天下の砂浜が
どれだけ精神的によい環境かは
やはりひさしぶりに行ってみて再発見された
『祖堂集』は
現存する最古の禅宗史書とされ
五代南唐の保大十年
すなわち
952年に編集されている
編者は
泉州招慶院の
静・筠二禅徳による
禅が
シャカ以降のさまざまな仏教の展開の後に
ひとつの宗派として出現したのではなく
そもそも
シャカを含む過去の七人の仏から始まっているもので
シャカから始まる仏教よりも
さらに古く
淵源から流れ出してきているもの
と提示しているのが
この書の特徴で
インドや中国の祖師たちを経て
編者の時代までの256人の問答を収めている
この『祖堂集』の冒頭には
「七仏」
という章があるが
ここが面白い
いかにも素直に
この世のすべてや
この世の生のむなしさが
語られている
禅も
仏教も
そもそもは
やはり
この世のあまりのむなしさや
変転のはやさ
出現と消滅のめまぐるしさを前にして
また
そのなかに逃れようもなく身を置いての
驚きと
おそれと
おののきと
無力感から
始まったのだろう
と思わされる
シャカに至るまでの
六人の仏たちの歌「幻人のうた」を
簡単に見ておこう*
第一ビバシ仏(偏眼仏)
わが身は
もともと無相のところより生を受けていて
あたかも幻人が
さまざまの形像を現わし出しているのにひとしい。
幻人は心も意識ももともと空である。
罪も福もすべて空で、
何もとどめようがない。
第二シキ仏(肉髻をもつ覚者)
もろもろの善心を起しても、もとより幻にすぎず、
もろもろの悪業をつくってもやはり幻である。
わが身はうたかたのごとく、
心は風のごとくで、
幻人が現わしだしたものには、
根もなければ実体もない。
第三ビシャフ仏(遍一切自在仏)
地水火風の四つを仮りて、わが身となし、
心ももともと無生で、対象にかかわり合って存在するにすぎぬ。
対象が無くなると、心もまた消えて、
罪も福も、幻のように現われてはまた滅する。
第四クルソン(所応断仏)
わが身に実体はないと知ることが、仏を見ることであり、
心は幻にすぎぬと知ることが、仏を知れる人である。
肉身も精神現象も、もともと空しいものだと悟れる人こそ、
まさしく仏と別なき人である。
第五コナーガマナ仏(金色仙仏)
仏は肉身を見ないでも、仏であると知られる。
真に知があればよいので、そのほかに仏はない。
知恵あるものは罪業の空なることを知って、
心やすらかに生死を怖れることがない。
第六カッサパ仏(飲光仏)
生きとし生けるものは、本性がすべて清浄である。
はじめから無生であるから、滅すべきものはない。
この身そのものが幻のように生じたもので、
幻の変化のなかには、罪も福もない。
第七釈迦牟尼仏(シャカ族出身の聖者)
幻の変化には、原因もなければ生ずることもない、
それらはすべて自然であって、
そんなふうに見えているにすぎぬ。
存在はすべて、
自から幻のように変化して生まれたのでないものはない
のであり、
幻の変化は生まれたものでないから、
何の畏れるべきものもない。
『祖堂集』冒頭の
これら
「七仏」の歌を読んでいると
旧約聖書の
あの「コヘレトの言葉」の響きが
すぐに
思い出されるだろう
文化的な接触が
どこかであったに違いない
シルクロードを通じて
伝わってきた「コヘレトの言葉」を
『祖堂集』の編者たちは知っていたかもしれないし
もっと古くに
仏教世界と旧約聖書世界は
文化的に相互に認識しあっていたかもしれない
「コヘレトの言葉」を
これも
はじまりの部分だけだが
抄出して
思い出し直しておこう
コヘレトは言う。
なんという空しさ
なんという空しさ、すべては空しい。
太陽の下、人は労苦するが
すべての労苦も何になろう。
一代が過ぎればまた一代が起こり
永遠に耐えるのは大地。
(……)
何もかも、もの憂い。
語り尽くすこともできず
目は見飽きることなく
耳は聞いても満たされない。
かつてあったことは、これからもあり
かつて起こったことは、これからも起こる。
太陽の下、新しいものは何ひとつない。
見よ、これこそ新しい、と言ってみても
それもまた、永遠の昔からあり
この時代の前にもあった。
昔のことに心を留めるものはない。
これから先にあることも
その後の世にはだれも心に留めはしまい。
(……)
わたしの心は知恵と知識を深く見極めたが、
熱心に求めて知ったことは、
結局、知恵も知識も狂気であり愚かであるにすぎないということだ。
これも風を追うようなことだと悟った。
知恵が深まれば悩みも深まり
知識が増せば痛みも増す。
(……)
*『禅語録』(世界の名著18、中央公論社、1978)の柳田聖山訳によった。