2026年11月3日火曜日

不であり非でもあると

 


  

時間のなかに

わたしは溶け込んでおり

わたしであるものと

わたしでないものとの区別は

じつは

時間のなかでは

つかない

 

存在のなかに

わたしは溶け込んでおり

わたしであるものと

わたしでないものとの区別は

じつは

存在のなかでは

つかない

 

時間や

存在

と

言葉で言う時

言葉する時

それらの外にいて

それらとは別のわたしがいる

と思い込みがちになるが

それは

言葉というものを使う際にどうしようもなく陥る過ちで

むしろ

時間のほうが

おまえはわたしだ

存在のほうが

おまえはわたしだ

と

言いたがっているかも

しれない

 

わたしは

さらに

不在や非在も加えよう

 

不在も

非在も

わたしの実体と

しよう

 

不であり

非でもあると

わたしは

雅号を増やすことに

しよう




だが おまえは輝け


 

 

パゾリーニ(Pasolini)の命日

11月2日前後には

彼を偲んで

XなどのSMS上で

イタリア語を中心としたさまざまな言語による

引用や

現代的意義などについてのコメントが

多く書かれていた

 

私は現実を眺め、惨状を見る男だ[...]

全体としてのシステムが人類を変えているのだ。

もしそれに気づくのが遅れれば、

もう後戻りする術はなくなるだろう。

 

Io sono un uomo che guarda la realtà e vede il disastro [...]

È il sistema complessivo che sta cambiando l'umanità,

e se non ce ne accorgiamo in tempo,

non ci sarà più modo di tornare indietro.

Ultima intervista rilasciata a Furio Colombo

l'1 novembre 1975

 

https://x.com/sergioandreola/status/2117264953744716180?a=Le-VCHW6POsfyIVvLqw&s=09

 

殺される前日の

フリオ・コロンボによる最後のインタビューでの

こんな発言には

今でも

今さらながらに

今だからこそなおさら

強い共感を持つ

人類の「現実を眺め、惨状を見る」のは

私自身のことでもあるから

 

 

こんな

美しい発言もあった

 

不幸の模範たちに、

愚かな無気力の模範たちに、

無知な真剣さの模範たちに、

誘惑されるな。

陽気であれ。

彼らは輝かないことを教えてくれるだろう。

だが、おまえは輝け。

 

Non lasciarti tentare dai campioni

dell’infelicità,

della mutria cretina,

della serietà ignorante.

Sii allegro.

T’insegneranno a non splendere.

E tu splendi, invece.

 

https://x.com/PacoCampagna/status/2117224579831652454?a=TgqKdR-BDw61S4vY4FM&s=09

 

 

そして

あらゆる社会や国に共通する

この病の指摘

 

イタリアは、

利己主義、愚かさ、無教養、ゴシップ、道徳主義、強制、順応主義

という福祉の中で腐っている。

この腐敗に何らかの形で加担することは、

今やファシズムである。

 

L'Italia sta marcendo in un benessere che è egoismo,

stupidità, incultura, pettegolezzo,

moralismo, coazione, conformismo:

prestarsi in qualche modo

a contribuire a questa marcescenza è, ora,

il fascismo.»

 

Vie Nuove, numero 36, 6 Settembre 1962.

 

https://x.com/fearofyou/status/2117209034256253066?a=fM0V1KdMrFLZo_ee1Bk&s=09

 

 

無教養やゴシップの中で腐っている連中を

彼はファシストと呼んでいるが

このようにも言っている

 

ファシストたちは無知だ、

彼らは読書をしない、

ただ新聞を読むだけだ、

実用主義はファシズムのイデオロギー的基盤だ、

彼らは文化を好まない。

 

Les fascistes sont ignorants,

ils ne lisent pas,

ils lisent seulement les journaux,

le pragmatisme est la base idéologique du fascisme,

ils n’aiment pas la culture.

 

https://x.com/AnthonyBassani1/status/2117317435527401671?a=v4_-LWxarUx8vb5KFT4&s=09

 

 

利己主義

愚かさ

無教養

ゴシップ

道徳主義

強制

順応主義

などが

「ファシスト」だけの属性でないことを

パゾリーニ死後の私たちは

あちこちで見せられてきているし

「共産主義」なるものの汚辱もさんざん見せられてきた

彼以後の世代としては

パゾリーニの視点にそのまま賛成もできないし

彼が1960年代や70年代に用いた

「ファシスト」という言葉を

現代ではいくらか変えて

パゾリーニの底の鉱脈には向かわないといけない

とも思うが

それでも

彼が残した言葉そのままを見直しても

強烈なエネルギーを発し続けているのが

感じられる

 

ピエル・パオロ・パゾリーニ(Pier Paolo Pasolini)は

1975年11月2日に

ローマ近郊のオスティア海岸で

映画『ソドムの市』 に出演した17歳の少年ピーノ・ペロージに殺された

とされた

「同性愛者であったパゾリーニに性的な悪戯をされ、

正当防衛として殺害して死体を遺棄した」

と少年は証言したが

単独犯とは思えない状況であり

複数犯による殺人が疑われたものの

証拠は揃わなかった

 

2005年に

ピーノ・ペロージが

「パゾリーニはファシストたちに殺害された。

家族に危害を加えると脅され、

偽の自首を強要された」

とドキュメンタリー番組で証言したことから

再調査の機運が高まり

元ローマ市長ワルテル・ヴェルトローニの要請で

再捜査が行われる

その結果

事件当時のパゾリーニの衣服から

少なくとも3人のDNAが検出されたが

人物特定には至らず

捜査は打ち切られたという

 

すでに

古典となっていっているパゾリーニのことなので

今後は

捜査というより

調査や研究と呼ばれるものが

死の真相についても

行われていくことになろう

 

もちろん

無限に読書をし

順応主義に与しない者たちによって

こうした調査や研究は

行われていくことになろう

 

 

 

 

 

The Gospel According to Matthew (1964) - trailer

https://www.youtube.com/watch?v=xEs4g9A9HGc

 

The Gospel According to St Matthew (1964) - Pasolini

https://www.youtube.com/watch?v=Ewzr-ioQ_9k&t=2350s

 

映画『テオレマ 4Kスキャン版』予告編

https://www.youtube.com/watch?v=-OcmUMUE9Vo

 

『豚小屋』予告編

https://www.youtube.com/watch?v=vK-fpgWTf7M

 

Pasolini Trailer #1 (2019) | Movieclips Indie

https://www.youtube.com/watch?v=x2Jyqwl8k9s

 


2026年10月29日木曜日

「Back in the U.S.S.R.」と「Back in the U.S.A.」


 

 

今年のフランスの騒乱の際に

昔なつかしい極左の亡霊があちこちで声を張り上げ

若者たちときたら

ソビエト連邦軍の軍歌である「カチューシャ」を合唱していて

おやおやおや

まるでザ・ビートルズの「Back in the U.S.S.R.」のノリじゃないか!

と世界的懐メロを思い出してしまった

 

Been away so long, I hardly knew the place
Gee, it’s good to be back home

Leave it till tomorrow to unpack my case
Honey, disconnect the phone

I’m back in the U.S.S.R


You don’t know how lucky you are, boy

Back in the U.S
Back in the U.S
Back in the U.S.S.R

 

長く不在にしてたから、ずいぶん変わっちゃんたけれど

いやぁ、故郷に帰るってのはいいもんだ

荷物を解くのは明日にして
ハニー、電話も無視しよう

ソ連に帰ってきたんだ
どれだけしあわせなことか、わからないだろうな、きみには

ソ連に
ソ連に
ソ連に帰ってきたんだ

 

https://www.youtube.com/watch?v=nS5_EQgbuLc

 

 

ぼくは16歳の時にはじめてイギリスに行って

ひと夏を

イギリス人の若者たちと

ウィンザーからそう遠くないとはいえ

ずいぶん田舎のウィンクフィールドの学校で過ごしたが

毎晩のダンスパーティーで掛かる音楽でいちばん多かったのが

ザ・ビートルズの「Back in the U.S.S.R.」と「Rain」だった

日本でならもっと他の曲が掛かりそうなものだが

どうしてこの二曲が1番人気だったのか

ちょっと戸惑ったものだ

 

ともかく

日本でひとりでザ・ビートルズを聴く時には

それほど毎日聴こうとするわけでもない「Back in the U.S.S.R.」は

イギリスでのこの毎晩のダンスパーティーのおかげで

記憶に刻みつけられるに至った

 

日本語にわかりやすく訳すと

 

どれだけしあわせなことか、わからないだろうな、きみには

ソ連に
ソ連に
ソ連に帰ってきたんだ

 

となってしまうが

 

You don’t know how lucky you are, boy

Back in the U.S
Back in the U.S
Back in the U.S.S.R

 

という英語の歌詞を聴き直すと

 

どれだけしあわせなことか、わからないだろうな、きみには

U.Sに

U.Sに

U.S.S.Rに帰ってきたんだ

 

となっていて

「U.S」はどうしたって

まずはアメリカのことを思わせるから

英語ならではの

遊び

してるなあ

ザ・ビートルズは

と

気づき直させられる

 

歌詞の他の部分でも

 

Well, the Ukraine girls really knock me out
They leave the West behind

And Moscow girls make me sing and shout
That Georgia’s always on my mi-mi-mi-mi-mi-mi-mi-mi-mind

Oh, come on!

 

ウクライナの女の子たちにはノックアウトされちゃう
西側の女なんて目じゃないぜ

モスクワの女の子たちを見ると
「わが心のジョージア」を大声で歌いたくなっちゃう

さぁ、カモン!

 

とあって

フルに遊んでる

「Georgia on my mind 」と来れば

もちろん

レイ・チャールズの「わが心のジョージア」で

アメリカのジョージア州のことなのだが

ソ連のジョージアといえば

今では同じようにジョージアと呼ぶようになった

旧グルジアのことで

こんなお遊びで

ザ・ビートルズはじつは

 

U.Sに

U.Sに

U.S.S.Rに帰ってきたんだ

 

と歌いながら

やっぱりアメリカのこともおちょくっている

とわかってくる

 

https://www.youtube.com/watch?v=ggGzE5KfCio

 

ともあれ

この歌に出てきた

「Ukraine girls」や

「Moscow girls」という言葉に刺激されて

「Paris girls」や

「Marseille girls」

「Nantes girls」

「Limoge girls」

「Lyon girls」などばかりか

いまやヨーロッパ全土に増殖しつつある

極左ガールたちのことも

歌いたくなってきてしまうところが

「Back in the U.S.S.R.」の楽しさだ

 

だが

忘れてならないのは

「Back in the U.S.S.R.」が

チャック・ベリー(Chuck Berry)の「Back in the U.S.A.」と

ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)の「California Girls」の

完全なパロディであり

さらに言えば徹頭徹尾パロディに過ぎず

しかしながら

音楽的なノリはこれら先行者たちを超えている

というところだ

 

https://www.youtube.com/watch?v=XVukAcLqHFI

 

https://www.youtube.com/watch?v=23y2Cz40zs4


https://www.youtube.com/watch?v=DR2lvcdKSdU

 


今となっては

そう思い出されることも少なくなった

チャック・ベリーの「Back in the U.S.A.」の歌詞の

ノーテンキなトランプ流のノリは

このあたりで

ちゃんと思い出し直しておくのもいいだろう

 

Oh well oh well 
I feel so good today
We just touched ground on 
an international runway
Jet-propelled back home 
from overseas to the USA


ああ もう
今日はとってもいい気分だ
ぼくらいまちょうど国際線の滑走路に
着陸したところ
プロペラ式ジェット機で海を越えて
アメリカに帰ってきた

New York, Los Angeles
Oh how I yearn for you
Detroit, Chicago, 
Chattanooga, Baton Rouge
God I long to be 
at my home back in old St Lou

ニューヨーク ロサンジェルス
ああ とても恋しかったよ
デトロイト シカゴ
チャタヌーガ も バトン・ルージュも
どれだけ待ち望んでいたことか
おなじみセント・ルイスの
自分の家に戻ってこられることも

Did I miss the skyscrapers
Did I miss the long freeway

摩天楼が恋しかったよ
長く続く高速道路も恋しかったよ

From the coast of California
To the shores of the Delaware Bay


カリフォルニアの海岸から
デラウェア湾の岸辺まで

You can bet your life I did
Till I got back to the USA


わかるだろう 恋しかったよ
U.S.A
に戻ってこられるまでは

Looking hard for a drive-in
Searching for a corner cafe
Where hamburgers sizzle on 
an open grill night and day
Yeah, and the jukebox jumping 
with records back in the USA


ドライヴ・インを探すのに苦労したよ
コーナー・カフェを探し回ったよ
ハンバーガーがジュージューと
朝も夜もグリルで焼かれ
アメリカのレコードがジュークボックスで
ジャンジャンかけられてる店も

I'm so glad 
I'm living in the USA
Yes I'm so glad 
I'm living in the USA
Anything you want 
we got it right here in the USA


とってもうれしいよ
アメリカで暮らしてるってことが
そうさ とてもうれしい
ぼくはアメリカで暮らしてる
望めばなんでも
手に入る ここ アメリカでは

Ah we're so glad 
we're living in the USA
Yes we're so glad 
we're living in the USA
Anything you want 
we got it right here in the USA


ああ ぼくらとってもうれしい
アメリカに暮らしてるってことが
そうさ とってもうれしい
ぼくらはアメリカで暮らしてる
望めばなんでも
手に入る ここ アメリカでは


フランスばかりか

ヨーロッパ全土で騒ぎ出した極左ガールたちが

歌う歌を

このチャック・ベリーの「Back in the U.S.A.」に変えるのは

いつだろう?






2026年10月28日水曜日

「仮想現実的」


 

 

死について

ほとんどの人間は

まったく

真相を

把握できていない

 

死ぬ時

なにが起こっているのか

 

多くの人が持ちがちな

不確かな死の観念によれば

肉体から霊魂が抜け出し

肉体が属していた物理的領域から離れ

霊魂だけの活動場の法則に

以後は従う

とされがちである

 

物理的世界や

肉体領域の法則に束縛され続ける意識が

おのずと作り上げがちな妄想の集大成である諸宗教や

生活習俗から

こうした死の観念は発生してきやすい

 

しかし

肉体から霊魂が抜け出すというイメージ自体が

すでにきわめて物質的であり

物質性を持たないはずの霊魂の説明には

適切ではないし

「霊魂」とひと言で言ってしまう実体についても

ルドルフ・シュタイナーや

オカルトのその他の流派では

幾層もの区別の存在を指摘している

彼らとても

霊魂の説明については

きわめて物質界的な表現をしており

霊魂の本来の性質にふさわしい説明の方法は

まったく確立していない

それも当然で

言語や思考自体が物質的なものであり

物質的なもので非物質的なものを把握しようとする際には

唯一比喩的なアプローチをする他ない

イエス・キリストはつねに比喩を用いて教えたが

人界の言葉を用いるかぎりにおいて

どうしてもそのようになる

しかし比喩は

一度用いはじめると

比喩の世界に絡みついている多義性の宿命を

全力で発揮しはじめる

キリストなどが用いた比喩を

真意に近く理解できるようになるには

解釈者の側に同レベルの経験と理解力がなければならないが

それは結局

解釈者のほうでも

キリストと同じレベルに

達していなければならないことを意味する

比喩による伝達は

同レベルの発し手と受け手による対話ということになる

 

死とはなにか

 

肉体を霊魂が抜け出る

といったイメージのものではまったくなく

そもそも

肉体とか霊魂とかを分けてイメージしようとする

意識の判断装置そのものの消滅である

と捉えることから始めたほうが

いいかもしれない

 

じつは

肉体も霊魂もなかったのであり

肉体界や物質界に意識があると信じ込んでいた時にのみ有効

であった

仮の世界把握イメージであった

と

 

肉体をも霊魂をも創作していた運動体があり

その運動体が

それまで使い慣れてきた肉体や霊魂のイメージを手放して

イメージなき運動へ進む瞬間を

おそらく死と呼んだほうがよいだろう

と

 

現世の側

いわゆるこの世の側に残っている者から見れば

だれかの死の時

そこには死体が残り

死体を置いて霊魂はどこかへ去ってしまった

と見えるが

物質によって視界が構成される現世やこの世は

遠い恒星の光を受けとめるのに似た

そもそも非常に遅れた印影によって構成されているスクリーンであり

見方を変えれば

現世やこの世こそが

むしろ死の領域そのものである

と

 

死にも似た

眠りから目覚める時にも

はたして本当は

なにが

起こっているのか

 

起きている時に

すべてのものの基本ベースと捉えられがちな現実は

現実用に意識が再構成される時にのみ立ち上がる画面内の映像に

過ぎないのではないか

 

現実

という仮想現実に

いつまでも素直に騙され続けていく生き方を

多くの文化において

「現実的」と呼んでいるのは

哀れでもあれば

当然の帰結でもあり

皮肉であり

涙ぐましくもあり

真相把握からのあまりの乖離を思えば

悲惨だが

この世や現世で

「現実的」と呼ばれてしまいがちな思考や認識や言動を

とりあえずは

「仮想現実的」と呼び変えることからしか

より真の生の可能性は

来ないだろう