2026年2月17日火曜日

すぐにサタンが来て御言葉を奪い去る

 

 

 

 

イエスが喩えを用いて話す理由

とされるものが

次のように

『マルコによる福音書』に書かれている


 

イエスがひとりになられたとき、

十二人と一緒にイエスの周りにいた人たちとが

たとえについて尋ねた。

そこで、イエスは言われた。

「あなたがたには神の国の秘密が打ち明けられているが、

外の人々には、すべてがたとえで示される。

それは、

『彼らが見るには見るが、認めず、

聞くには聞くが、理解できず、

こうして、立ち帰って赦されることがない』

ようになるためである。

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見逃しがちになるが

イエスの行動において

じつは

もっとも根源的な矛盾に満ちた

奇妙な行動を

伝えている個所である

 

民衆をして

見ても認められないようにし

聞いても理解できないようにさせ

赦されることがないようにと

イエスは

最初から企んでいる

 

それなのに

どうして

民衆に語るのか?

 

最初から

語らなくてもいいではないか?

 

弟子たちでさえも

もし喩えでのみイエスから語られていたら

理解できなかっただろう

イエスは

弟子たちだけは特別扱いしている


 

イエスは、人々の聞く力に応じて、

このように多くのたとえで御言葉を語られた。

たとえを用いずに語ることはなかったが、

御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。

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ひょっとしたら

サタンに餌を与えるためか?

また、ごくわずかの「御言葉を聞いて受け入れる人たち」にも

「三十倍、ある者は六十倍、ある者は百倍の実」を

約束するためか?


 

種を蒔く人は、神の言葉を蒔くのである。
道端のものとは、こういう人たちである。

そこに御言葉が蒔かれ、それを聞いても、

すぐにサタンが来て、彼らに蒔かれた御言葉を奪い去る。
石だらけの所に蒔かれるものとは、こういう人たちである。

御言葉を聞くとすぐ喜んで受け入れるが、

自分には根がないので、しばらくは続いても、

後で御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう。
また、ほかの人たちは茨の中に蒔かれるものである。

この人たちは御言葉を聞くが、この世の思い煩いや富の誘惑、

その他いろいろな欲望が心に入り込み、

御言葉を覆いふさいで実らない。

良い土地に蒔かれたものとは、

御言葉を聞いて受け入れる人たちであり、

ある者は三十倍、ある者は六十倍、ある者は百倍の実を結ぶのである。

                                                                                          41420

 


イエスの語る喩えは

サタンに届き

石だらけのところにいる者たちに届き

根のない者たちに届き

茨の中にいる者たちに届くが

よい土地にいる者たちにも届く

ごくわずかながら

イエスははじめから

「よい土地」そのものである者たちしか

喩えの届き先として

相手にはしていない

 

この差別づけは

遠く

パウロの述懐に繋がっていく


 

この民のところへ行って言え。

あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、

見るには見るが、決して認めない。

この民の心は鈍り、

耳は遠くなり、

目は閉じてしまった。

こうして、彼らは目で見ることなく、

耳で聞くことなく、

心で理解せず、立ち帰らない。

わたしは彼らをいやさない。

『使徒言行録』282627


 

『マルコによる福音書』そのものの記述の

再録といっていいのが

よくわかる個所だ

 

パウロは

イエスが求めたのと同じ姿勢を

民に求めている


 

何を聞いているかに注意しなさい。

あなたがたは自分の量る秤で量り与えられ、更にたくさん与えられる。
持っている人は更に与えられ、

持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。

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イエスのこの助言が

素直に伝わっていく相手は

幸せなるかな!

なるのだろう

キリスト教信仰世界に

おいては

 

しかし

「よい土地」そのものである者たちは

それでいいとしても

それでは

喩えについて説明を受ける弟子たちとは

なにか?

彼らはあきらかに

「よい土地」そのものである者たちに

劣っているではないか?

 

ここに

霊的なイエスの策略と

遊戯と

冷酷さが

じつは

ある

 

天使ばかりか

つねにサタンとともにあり

あらゆる悪霊たちに知られているイエスが

人間の条件と

存在の条件に亀裂を入れる危険な遊びをもたらすために

ある意味

非常な悪意を抱いて

人界に出現したと見たほうがいい


 

イエスは四十日間そこ(荒れ野)にとどまり、

サタンから誘惑を受けられた。

その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。

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悪霊はイエスを知っていたからである。

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生鮮“食材”

 

 

 

もちろん

エプスタイン問題の情報には

網羅的に触れている

もう20年以上も前から

すべてが

ただの趣味の悪い作り話だと

陰謀論だと

言われていた頃から

 

小さな話だが

いちばんリアルで面白かったのは

女の子たちはエビみたいだと

エプスタインが言っていたこと

頭をむしり取ると

ツルッとした

ただの裸の食材になってしまう

そこがエビみたいだ

と言っていたが

さんざん“食材”を扱ってきたからこその

なんともリアルな言い方

 

ほとんどすべての人の

メンタル崩壊が起こるような

もっと大変な話も

教えてやろうと思えばできるが

やらないでおくよ

 

あなたという意識が

なんの継続性も持っておらず

あなたが思い込んでいるような価値も

そこにはまったくなく

コンビニで吊されて並んでいる安価な商品のように

時間と存在という大食漢に供されるためだけの

“食材”でしかないと

はやいうちからわかってしまうのも

“食材”としての鮮度が

損われてしまいかねないから

 

生鮮“食材”は

生け簀の魚介類や

羽も毟られていない家禽類のように

食べられる瞬間まで生かしておくのが

いちばんいい扱い方だから

 

 






1995年3月19日の宮澤賢治

 

 

 

  物を云ふことの甲斐なさに

  わたくしは黙して立つばかり

  宮澤賢治 『野の師父』

 

 

 


 

ごく稀にだが

話のわかりそうな人には

わたしは宮澤賢治に会ったことがある

と言ってみたりする

 

もちろん

時代が違いすぎるので

生前の

本物の宮澤賢治に会ったわけではない

 

わたしの書斎のソファーに

ふいに現われ

座っていたのを

見たのだ

 

1995年の3月のことだった

 

117日に

阪神・淡路大震災もあった年で

日本の日常の空気に

いつもとは異なる亀裂のような微細な乱反射が

恒常的に起こり続けていた

 

わたしは当時

世田谷区代田1-7-141階に住んでおり

そこから五分ほどの世田谷区代田1-1-5のワンルームマンションの

ホース115-205に書斎を持っていた

毎日そこに通い

深夜まで読み書きをしていることが多く

時には夜明けまでいることもあった

 

いまでも使っている

カリモク製の大きな木製机の右脇に

ソファーベッドを置いてあり

ふつうはソファーとして使用していた

赤や茶の系統の色づかいの混ぜられた模様のカバーを

ソファーには掛けていた

 

冷え込む夜だったが

長いこと机に向かって書き物をしていて

少し疲れ

椅子に背を委ねて

目を瞑り

反り返るようにしばしの休息を取った

 

目を開けると

右側のソファーのむこう端に

宮澤賢治が座っていた

 

いろいろな写真で見たような顔で

あっ、

宮澤賢治だ

思った

 

ただこれだけのことで

妄想

といえばそうだし

ともいえる

 

椅子に反り返って

瞑目して休んでみているうちに

半睡の状態に陥った

といえば

いちばんもっともらしい

 

しかし

宮澤賢治を

その日々

読んでいたわけでもないのに

なぜだか

宮澤賢治が現われて

ソファーに座っていたのだった

 

これだけなら

じぶんでも

ただの妄想や

寝ぼけのようなものと思って

済ましていたに違いない

 

だが

翌日に起こったことが

宮澤賢治の出現を

わたしに

刻印するようになった

 

翌日

1995320

オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こり

前夜の宮澤賢治の出現は

なにごとかをわたしに告げに来たのではないか

どうしても

思われてならなくなったのだ

 

たしかに

さびしくわびしいばかりの

この日本で

さらに

さびしい

さらに

わびしい

長い

長い

薄闇の時代のはじまりではあった

 

『銀河鉄道の夜』 の

こんな一節がいっそう切実に迫ってきた

 

どうして僕はこんなにかなしいのだらう。

僕はもっとこゝろもちをきれいに大きくもたなければいけない。

あすこの岸のずうっと向ふに

まるでけむりのやうな小さな青い火が見える。

あれはほんたうにしづかでつめたい。

僕はあれをよく見てこゝろもちをしづめるんだ。

 

そうして

また

こんな一節も

 

カムパネルラ、

また僕たち二人きりになったねえ、

どこまでもどこまでも一諸に行かう。

僕はもうあのさそりのやうに

ほんたうにみんなの幸のためならば

そしておまへのさいはひのためならば

僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない。

 

 





ことばの花色

 

 

 

 

塚本邦雄が

 

 日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も

 

と歌わねば居れなかった気持ちに

いつも

いつまでも

共鳴し続けるほどに

わたくしの日本嫌悪と日本アレルギーは根深いが

それでも

かつて

人類史上最高の詩人たちといえる

藤原定家と後鳥羽院と藤原良経が存した

古典日本語だけは

わたくしの壮絶なる故郷である

 

この故郷には

松尾芭蕉も

高浜虚子もいて

紀貫之も

大伴家持もいた

 

その時代の先端の

さらにむこうへ行く彼らは

もし

現代にいれば

短歌も俳句も作らず

まったく別の

言葉の配列に向かっただろう

 

藤原定家の「近代短歌」には

こんな一節がある

 

 大和歌の道、浅きに似て深く、易きに似て難し。

 弁え知る人、又いくばくならず。

 

あらゆる詩は

まず

浅く見える必要があり

簡単に作れそうでなければならないが

それでいて

深さと難さを伴っていなければ

詩とはならない

定家は

古今の詩全般に通じる真理を

短く完璧に

ここに語り残している

 

彼は

 

   末の世のいやしき姿をはなれて、つねにふるきうたをこひねがへり

 

とも書いているが

先の言表にこれもあわせて考えると

鴨長明が「無名抄」に残した言葉も

よく共鳴した思いのものとして思い出されてくる

 

 中古の躰は学びやすくして、然も秀歌は難かるべし。

 (…)今の躰は習ひ難くて、(よく)心得つればよみ易し。

 

中世の歌人文人たちは

虚心坦懐に読むと

現代のそこらにいる人たちのように

やけに身近な

肌感覚でよくわかる感慨を吐露している場合が多いが

定家のこんな言葉も

なんとも近く

ありきたりにさえ感じられる

 

 いはんや老に臨みて後、

 病ひも重く、うれへも深く、沈み侍りにしかば、

 ことばの花色を忘れ、心の泉みなもと涸れて……

 

しかし

この痛切感

このワカル感

このアルアル感こそが

古典

というものの真骨頂なのだ

 






もっともっと居心地のいい置かれかた


 

  

じつは

詩の

あたらしい時代が

来ている

 

文章は飽きられ

単語や

文字たちは

もっと

もっと

居心地のいい置かれかたを

求めている

 

詩は

作庭だ

 

あたらしい庭の造り方が

鋭く

宙を走る

水龍のように

求められている

 

俗人猶愛するは未だ詩と為さず

陸游は書いた

 

前衛は奇形的(アノマラス)だと人は言へ走れる者は奇とならむつねに

岡井隆は歌った

 

詩とは学識の夢のごときものである

ヨハン・ホイジンガは言った

 

詩作は真面目を超越した彼岸に立っている

夢、魅惑、恍惚、笑いの領域の中にある

とも

ホイジンガは言った