2026年6月17日水曜日

見ていなかったきみの唇

 


 

紫陽花が世界から咲いていて

銀色の消防車は

やはり

眠ったまま

六本足のイケメンくんの滅びる前日の琴を

夢ばんでいる

 

三人で湖に行ったね

なにも

しなかったね

見ていた

水面

空から焼いて

まるで

クロッカス

まるで

ヒヤシンス

 

紫陽花に戻ってくる

げにも

よき

風情じゃのゥ

 

酒をたくさん飲んだら王子神谷で死ぬ

ヘルマンじゃこを摘まみながら

岸辺のサンザシの根元にうぐいす色に生える来世の

シジュウカラ

 

このお菓子はマルセイユといいます

(株)マルセイで作る油はマルセイ油といいます

 

三人で湖に行ったね

なにも

しなかったね

見ていた

水面

 

見ていなかった

きみの唇

 


水原くんが持ってきてくれる

 

 


青い風をバナナが

おお

なんと直線的に崩壊していくことか!

 

古いその街のプラスチック畳みの路地を歩いて行く

わたしたちの魂よ

昨日

電話してきたでしょ? スマホへ?

 

ウグイス谷(といっても

東京のJRの駅のひとつではなく

ほんとにウグイスのいる

森の奥の谷のひとつ

なのだが……)

でパラグライダーをしていた美女が

まさか遠縁の

とある家の末裔だったとは

 

わたしたちなりの数学が足りない!

一般数学ならいくらでも参考書があるのだが

それでは解決できないから!

バナナを見続けて

イチゴやパパイヤを生み落すマリコに

なったふり

 

どうして

曲線崩壊ではないのか?

ついに問えば

そこが突破口への入り口だな

 

コンティネンタル・シエーナ・スターホテルズ・コレツィオーネ

に昨日から泊まっていて

カンポ広場へ

これから

Go Go

 

水原くんが持ってきてくれる

塩豆大福と

どこの店のだったかな

とびきりクリームの旨いミルフィーユを

カフェのテラスで

食べる予定

 

 

 


きっときっときっと


 

対立が分断していたので

ぼくは清流のほとりでセリを摘もうかと腰をかがめ

遠い山から流れてくるネガティヴを掬って

添加物なしでとてもおいしいと評判のバニラアイスにふりかけ

分断どうしがやがて対立していく光景を

しばらく眺めることになった

 

夏はハラスメントが冷やっこい

 

あざやかな緑の葉を

(大きさから言えば泰山木がいいが

桂の葉のほうが

きれいに映えるかもしれない)

水流に散らして

流しそうめんをきれいなガラスの器に受け

するするするっと

喉に冷たさを通過させて

大虐殺や小虐殺の後

平気の平三でG7サミットなんかやっている未開惑星の

「愛はどこにあるのか?真の愛は?」

と呟いてフェイドアウトしていった

女乞食の深山さおりさんのほのかな思い出を

心ではなく

なぜか脇腹に

また

左手の薬指に

まとわり付かせて

この夏はぜったいにラッコになります

 

極地の海で

空いっぱいの星空を見るんだ

きっと

きっと

きっと




2026年6月14日日曜日

シューマン共鳴の乱れ


 

 

6月第2

つまり

68日から始まった週は

いくらか

体調の

不均衡というべきか

不調和というべきか

に煩わされた

 

体調が悪い

というのではないが

やけに元気になっている面と

霊と肉体が

あまりに一致していないような面が

重なって発現し

いつもより

一挙手一頭足に注意したほうがいい

と思って

慎重になった

 

顕著だったのは

用事で訪れたいくつかの街で

風景が

セロハンに描いた絵のように

まるで実体なく

ペラペラな感じに見えたことだ

 

小さな子を遊ばせて

公園で話している母親たちや

歩いて行く人たちや

走っていく自動車

自転車

家やマンションや商店やスーパーマーケットまで

すでに

過去となってしまっていて

もう存在していないもののように

ペラペラに見える

 

複数の場所で

同じように見えたので

自分の脳に

なにか異常が起こっているのではないか?

と疑った

 

近い経験としては

過去に何度かした引っ越し前のそれに

似ていた

 

引っ越しが決まると

それまで住んできた住居のすべてから

だんだんと存在感が失せてきて

それこそ

セロハンに描いたような

ペラペラの絵や写真のようになっていく

まだ住んでおり

引っ越しまではひと月ほどあるのに

すでに周囲の物質的なものが

存在感を減らしていっているように

見えてくる

 

そんなふうに

街のあらゆるものが

見えて

存在感が希薄になってしまって

どうにも

調節しようがなかった

 

特に

9日と10日は

これが

ひどかった

 

後で

Xを見ていて目に止まったのだが

Tonton Posture(@APosture)さんが

フランス語で

68日に起こったらしい

シューマン共鳴のひどい乱れのことを

書いていた

 

Xの自動翻訳を載せておくと

こんな感じになる

 

「地球の周波数が完全に乱れました ⚡️

 ほぼ6時間連続で、シューマン共鳴は強烈なエネルギー水準を示しましたグラフの広範囲でほぼ完全なホワイトアウト状態に達しました。

 しかし、今朝本当に際立っているのは…

 この急上昇は、数日間の比較的穏やかな活動の後に現れ、ほぼ6時間連続で高い状態を維持しました。

 エネルギーシグネチャは異常なほど密で持続的でしたただの短いピークではありませんでした。

 多くの人々が報告しています:

 • 圧迫的な頭痛

• 耳鳴り

• 落ち着かない睡眠

• 鮮明な夢

• 起床後の「不快感」

• ペットが異常なほど落ち着きなく振る舞う

 この活動の起源は依然として不明です。」

https://x.com/aposture/status/2064247342836904229?s=61&t=lkwPrXgXBXAD1q01kyDk5g

 

 

そうして

以下は原文

 

LA FRÉQUENCE DE LA TERRE VIENT DE SE DÉRÉGLER COMPLÈTEMENT ⚡️

Pendant près de 6 heures consécutives, la résonance de Schumann a affiché des niveaux d'énergie intenses — atteignant presque des conditions de blancheur totale sur de grandes sections du graphique. Mais ce qui in… La flambée est apparue après plusieurs jours d'activité relativement calme et est restée élevée pendant près de 6 heures consécutives. La signature énergétique semblait inhabituellement dense et soutenue — pas juste un pic bref. Beaucoup de gens ont signalé : • maux de tête oppressants • bourdonnements d'oreilles • sommeil agité • rêves vifs • sensation de « malaise » après le réveil • animaux de compagnie se comportant de manière inhabituellement agités L'origine de l'activité reste inconnue.

Via Michael Bradbury

 

やはりXにアップされている

Philippe Tさん(@brain stimulus)の説明によれば

シューマン共鳴とは

このようなものである

 

地球の周波数:7.83 Hz

💥これは地球の自然な周波数です。 

シューマン共鳴と呼ばれています。

あなたがストレスを感じたり、疲れたり、不安になったり、つながりを失ったりしているとき… 

それはしばしば、この周波数から切り離されているからです。

このビデオをご覧ください。

この波は数百万年にわたって地球を貫いています。 

あなたの体と脳は、文字通りこのリズムで振動するように設計されています。

1分間目を閉じてください。 

7.83 Hzを聞いてみてください。

何か変わるのを感じるでしょう。

地球は変わっていません。 

私たち自身がそれから遠ざかってしまったのです。

試してみたいですか? 

この音を5分間バックグラウンドで流して、下のコメントであなたが感じたことを教えてください。」

https://x.com/brain_stimulus/status/2065852783639851287?s=61&t=lkwPrXgXBXAD1q01kyDk5g

 

 

LA FRÉQUENCE DE LA TERRE : 7,83 Hz !

💥C’est la fréquence naturelle de la Terre. On l’appelle la Résonance de Schumann. Quand vous êtes stressé, fatigué, anxieux ou déconnecté… C’est souvent parce que vous êtes coupé de cette fréquence. Regardez cette vidéo. Cette e depuis des millions d’années. Votre corps et votre cerveau sont littéralement conçus pour vibrer à ce rythme. Fermez les yeux une minute. Écoutez 7,83 Hz. Vous allez sentir quelque chose changer. La Terre n’a pas changé. C’est nous qui nous sommes éloignés d’elle. Vous voulez tester ? Mettez ce son en fond pendant 5 minutes et dites-moi ce que vous ressentez en bas.

 

 

これらのスレッドに

次のように

書き寄せている人たちもいる

 

 理由もなく吠え始める犬たち、窓に激突して死んでしまう鳥たち、窓の前に止まるカラス、そして家に入ろうとしているキツネ… はい、今日も動物たちにとって特別な一日でしたそして私たちにとっても。」

https://x.com/sipetitedouceur/status/2064468427729719731?s=61&t=lkwPrXgXBXAD1q01kyDk5g

 

 「今朝、目が覚めたとき、いつも以上にひどく疲れていました。なぜ体が反応しないのかと自問しました。あまりにも疲れていたので、再び横にならざるを得ませんでした。」

https://x.com/marie_marti_64/status/2064282168558285201?s=61&t=lkwPrXgXBXAD1q01kyDk5g

 

 「私は眠っているのに、いつも通り疲れている。まるで眠っていないかのように。…そして全身が痛い。」

https://x.com/nounou2369/status/2064566772322164968?s=61&t=lkwPrXgXBXAD1q01kyDk5g

 

 これらを見て

どうやら

わたしの体感していたのも

シューマン共鳴の乱れから来るものだった

と思われた

 

頭痛までは起きなかったが

頭のなかで

ふだんより圧力が高まっている感じも

あった

 

しかし

風景のあのペラペラ感

存在の希薄さは

シューマン共鳴の乱れを超えた

予感

のようなものではないか?

とも

思える

 

見えていながら

すでに

目前の風景が終わってしまっている

という

あの感覚

 

大地震のような

大きな変化によって

それらが消滅した後をすでに感知し

その地点から

まだ上っ面が残って見えている風景を

ふり返って見ている

のではないか?

という

感覚

 



ふたつの異質な「我」


 

 

デカルトの『方法序説』の言葉

 

Je pense, donc je suis.*

日本語では

 

我思う、ゆえに我あり。

 

と訳され

生まれ落ちたこの世のありようや

存在のありようを考える

若者たちには

至極かっこいい響きとして捉えられるので

この言葉だけで

なにか解決したかのような思いに

とらわれたりもする

 

もっと現代風に

 

私は考える、だから私はある。

 

と訳してみても

そのあたりの事情はかわらない

 

      *

 

たぶん

訳しかたがよくないのではないか?

この言葉については

よく思う

 

この言葉は

なにひとつ解決していないとともに

解決放棄でもあり

それでいて

決定的な対世界態度表明でもあるが

そんなところは

 

我思う、ゆえに我あり。

 

という訳のかっこよさでは

みな

覆い隠されてしまう

というか

デカルト自身の書いた

 

Je pense, donc je suis.

 

ちょっと

レトリックが効き過ぎていたのだ

 

      *

 

長ったらしくなるが

 

(私において)思いや考えというものが湧き続け

流れ続けているから

私というものが存在している

ということになる

 

ぐらいに訳したほうが

たぶん

正確だろう

 

彼が記したのは

「私」の存在証明になどぜんぜんなっていなくて

意識のなかに「私は~」という思いが湧き

「私は~」という考えが浮かび続けているので

そのかぎりにおいて

「私」なるものは存在している

ということにしておこう

といった

仮の「私の存在」仮説メモに過ぎない

 

ほかのアプローチでは

どうにもこうにも

「私の存在」証明はできないとわかり

かといって

自分認識っぽいものは

事実上

意識のなかにあり続けているので

この世でいろいろなことを考えていく上で

「私」という思いだけはとにかくある

という事実確認だけはしておこう

というのが

デカルトの言葉である

 

私なるものが存在していると本当に言えるかどうか

わからないけれども

ともかくも

「私」という思いだけはある

ここから

すべてははじめるしかないだろう

 

と訳しても

いいかもしれない

 

      *

 

だから

これは

解決放棄の言葉である

 

同時に

物質的にも

実体的にも

本当にあるかどうかわからない

単なる思いとしての

「私」を

すべてのベースにしよう

という

居直っての

破れかぶれの

賭けに出た

すさまじい言葉

といえる

 

我思う、ゆえに我あり。

 

で使われた

ふたつの「我」は

じつは

意味の異なっている「我」と言える

 

「我思う」の「我」は

存在証明されていない架空された空疎な「我」で

その空疎な「我」のなかで

思いが生起している

 

そういう現象が起こっているがゆえに

「我あり」

なのだというのだが

こちらの後者の「我」は

存在していると認定された「我」であり

前者の「我」とは

質は

異なっている

 

とはいえ

後者の「我」は

内部に思いや考えが充填された「我」だ

とまでは言っていない

 

デカルトは

この点で

言い足りていない

 

ここに

デカルトのレトリックがある

とも言えるし

もし

この点における

ふたつの「我」の違いをはっきり認識しないで

この一文を書いたのなら

彼の誤りがある

とも言える

 

彼が仮に

ふたつの「我」の違いを認識した上で

書いたのならば

 

我思う、ゆえに我あり。

 

異質な「我」を

無理に

強引に

接続した

魔術的な文である

という

ことになり

人間精神に強要された

複合的要素の接続地点としての「我」

ないしは

異質要素の重層化構築物としての「我」

という条件を

暴いた短文

であるとも言える

 

そもそも

「我」のありようが

魔術的だった

という発見が

この短文を記した時

デカルトには

あったのではないか?

 

こちらの見方で考え直せば

デカルトの魔術的思考への視野が開けてくることになって

もちろん

とても面白いことになる

 

この魔術的思考は

もちろん

強度に秘教的な神学的思考である

 

同時代のパスカルが

 

Descartes inutile et incertain *

 

無益で不確実なデカルト

 

と批判した

デカルト的思考が

じつは

それほどパスカルと離れてもいなかった

と考えられそうにもなって

非常に

楽しくなってくる

 

 

 

 

 

* Discours de la méthode

**Pascal, PenséesTexte établi par Léon Brunschvicg, 78