2026年2月10日火曜日

すべては「割り箸」であり「爪楊枝」


 

 

羯諦羯諦波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶

 般若心経

 

 

 


 

毎瞬間

じぶんをどう瞬時に編集するか

にかかっている

 

どんなものを

「じぶん」と

その瞬間呼ぶことにするか

ふくめて

 

多数派が

「無意味」ど断じるものでもいい

「疲労」でもいい

「怠惰」でもいい

食べ物として

さらには

精神的なものとしての

「ジャンクフード」でもいい

その瞬間

「使い道がある」

という

意味での

その瞬間の「じぶん」による

価値づけができれば

 

(その瞬間の「じぶん」など

次の瞬間の「じぶん」が捨て去るのに

任せておこう)

 

よくよく

思い出しておくがいい

 

弁当を食べ終えたら

使った割り箸は

たちまち無意味化し

捨てるべきものになる

 

たこ焼きを食べ終えたら

爪楊枝も

たちまち不要になる

 

すべては

「割り箸」であり

「爪楊枝」だ

 






なまじっかな表現行為は

 

 

 

主体は世界に属さない。

それは世界の限界なのだ。

ウィトゲンシュタイン

 

 

 

 

はやいスピードで

ゆるやかな曲線を描きつつ

あるいは

直線的にまっすぐに

だけでなく

90度どころか

30度や

20度で曲がらねばならない場合が

グッと増えてきている

 

なまじっかな表現行為は

捨ててしまっておいたほうが

はるかによい

 

表現は外面作りであり

ムダな時間を取られるばかりか

整合性をつねに

考え続けねばならないという

窮極のムダを生む

 

急流下りも

いよいよ

岩場のはざまの

激流地域にさしかかってきて

滝壺も近づいてきている








あああ

 

 

 

 

民主主義が

まだ

流行っている

 

民主主義という

宗教が

 

民主主義が

わたしは嫌いである

 

あまりの理屈の通らなさを

平然と

見せびらかしつつ

なにか

よいものであるかのように偉がっている民主主義者が

悪臭を放ちすぎていて

嫌いである

 

と聞かされると

じぶんも含め

そんじょそこらのふつうの人たち

いう

意味かな?

うっかり

受け取ってしまいがちに

なる

 

ところが

民主主義の核心

とされる

選挙や議員たちを見ていると

そんじょそこらのふつうの人たち

絶対に議員にはならず

金を持っている者

金を持っていてもっと儲けようとする者に後押しされる者

金集めのための疑似宗教集団に推されている者

あたまのきわめて悪い流行りもの好きたちに崇拝され担がれている

などと決まっているし

選びかたは

とにかく

票獲得という名の

数集めであり

量の世界のことであり

質ときて

完全に無視されてしまう

 

あああ

昔は思った

 

まだ若かりし日の

夢も

希望も

幻想や妄想に

まだ

見えていなかった

あの盲目時代

あの

懐かしき

青春時代には……

 

あああ

いまさら

思いもしないが

あああ

落日の凄まじさに

ちょっと

洩して見たい気はある

 

あああ

 

あああ

 

あああ

 

落合淳思の 『漢字字形史字典』によれば

民という字は

上方部が""をあらわし

それを潰すための道具を持つ手の形が加わっている

のだそうな

 

殷の時代だったか

漢字がたくさん作られた頃は

奴隷が逃亡しないように

奴隷の目を潰すことがあった

という

 

字としての「民」が語っているのは

民は

奴隷であり
逃げられないように

目を潰して

利用する

という

ことだそうな

なんだか

みごと

「民」という字の真意を

しっかり実現し切った

ニャッポン

 

あああ

 

あああ

 

あああ

 

ちなみに

「人」という漢字は

人どうしが支え合っている形象なんだよ

のたまう人もいるが

奴隷が横を向いたかたちに過ぎない

という説もある

 

王侯は

そんじょそこらのふつうの人たちを

じぶんたちと同じ種とは

もちろん

見ないのだから

「人」も

当然

奴隷としてしか

見なかっただろうし

奴隷を表わす記号としか

見なかっただろう

 

 

あああ

 

あああ

 

あああ

 

 

あああ

 

あああ

 

あああ

 






冬の海

 

 

 

さまよいに

この頃

行っていない

冬の海

 

頬を裂くような

冷風や

曇天の重さ暗さを

かつて

自我としたことも

あったのに

冬の海

 

あちこち

錆びた自販機が

傾きかけた

卒塔婆のように立って

なおも

冷えたコーラを

売ろうとする

念の入ったわびしさが

かえって

温かみを感じさせる

冬の海

 

あの頃1

ひとり

あの頃2

ひとり

あの頃3

ひとりで

いまだって

ひとり

いつだって

ひとり

 

たとえ

揺れうごめく人体が

まわりに

たまたま多かったりする時で

あっても

 

行っていない

冬の海

 

 






時こそはわがしづけき伴侶

 

 

 

選挙は遠い

 

ミカンもポンカンも

真新しい透明プラスチックボトルに入れて

日々が旅

 

太めの万年筆で

新しいサインを創るべく ぼくらは

書道教室ならぬ万年筆道教室に

ニューヨークまで飛んで

ちょっと

通ってみていた

 

「すてきなことはみんないつか終わるもの」 *

 

でも

楽しいことを創り出すのは

日々のたしなみ

 

「マイクロジョイ(細切れの喜び)」を

瞬間瞬間

見つけ出すのこそ

21世紀禅

極意

 

国ぜんぶが

よくなるわけなんか

ないじゃん?

 

たったひとりだけ

幸せになれよ

セロリもイワシのトマト煮込みに入れて

おお

けっこう旨いじゃん!

マイクロジョイ

して

 

「みんな」とか

「われわれは」と

音声大きめにして

叫び

連呼し

とにかく群れたがる人たちのいる

広場から

すみやかに

しずかに

離れて

吸う

舐める

甘露のよろこび

 

蒼穹(おほぞら)は蜜かたむけてゐたりけり時こそはわがしづけき伴侶

岡井隆

 

 

 

 

 

*村上春樹 『スプートニクの恋人』










2026年2月6日金曜日

G367およびそれ以降

 

 


 

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM51  947878

G367、、、降る まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池 で後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM51094   8

G367、、、降る池まで後ずさ MM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G368、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりM510   47878

G367、、、降る池まで後ずさ    MM5109  7878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM51    9 7  78

G367、、、       池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G467、、、降る池     ずさりMM510        78

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりM           47878

G377、、、降る池まで    ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降、           後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM5          878

G367、、、降る池まで後ずさりMM5109    878

G367、、、降る池まで後       M       0947878

G333、、、降る池まで後ずさりMM510947878

G367、、、降る池まで後ずさりMM510        78

G367、、、降る池まで後ずさりMM510947878

 

 

 

 


 

[初出] NOUVEAU NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・ヌーヴォー・フリッソン) numéro 5 (19963)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田115、ホース115205 155

 





2026年2月5日木曜日

エレガントいちじく(二十一世紀のポップスのために)



 

 

私は自分の自然な文体の不備なところだけ修正しよう。

スタンダール 『バルムの僧院』ノート

 

 

 


 

エレガントいちじく

ふたくちして

最終列車に飛び乗ると

冬なのに所ジョージが裸で駆けてきて

いちじく投げてよん、投げ付けてよん、って

押しつけてくるモップに

ナポリの朝凪をつよく抱いて

ワークマンにわたしの仕事まかせちゃって

透明少女に明日からなるわ

振り切ってきた幾千のカルマ

たこ焼きの具にして

きょうは機甲部隊なの

きょうは機甲部隊なの

ひとはどこでも自由に生まれ

みな身を持ち崩してプラスチックの

うんこするまで灯台守

ジフテリアファッションは銀座ビドンビドン

だけで占めちゃうのひどいけど

66日びびの日にちょっちゃんと

一番乗りで買いにいくんだ、ちょっちゃんと

66日びびの日に 

 

 

 



 

[初出] NOUVEAU NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・ヌーヴォー・フリッソン) numéro 5 (19963)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田115、ホース115205 155