夫を失った老婆がいた
葬儀も済み
納骨も終わって
毎日が
ひとりだけの生活になった
「きのう
出てきたの。
さびしそうな顔をして
立っていた。
あたしのことを
呼びに来ているんじゃないかしら?
あっちで
ひとりじゃさびしいからと
呼びに来ているんじゃないかしら?」
あらゆる心霊現象を
わたしは信じるほうだが
この老婆の話は
ただの思いこみか
ウソだろう
と見抜いた
というのも
この老婆の夫だった老人は
若い頃に
いわゆる若気の至り
というやつで結ばれてしまったものの
その後
生きているあいだ
じぶんの妻となった女の
ヒステリーや
ひどく偏った好みや考え方や
男にとって義父にあたる父親への
度を超した賛美や
あらゆる家庭電化製品さえ使用できないほどの
意図的ともいえる徹底した機械音痴や
東京の列車にひとりでは乗れないほどの
乗り物音痴などに
さんざん苦しめられたため
死んだ今となっては
自由気ままな身にようやく返り咲いて
よろこび一杯に
宙を弾けまわっているはずだからだ
死んであの世にひとりでいって
さびしがっていてほしい
かなしがっていてほしい
と願う老婆の思いが
老夫がさびしそうに立って出てくるイメージを
こころのなかに捏造したに
ちがいない
ちがいない
「ほら
『♪天国よいとこ
一度はおいで
酒はうまいし
ネエチャンはきれいだ…』 *
という歌があったでしょう?
あっちに行って
悲しがってるはずがない
さびしがっているはずがない」
そう言ってやったら
これはこれで
けっこうショックだったようで
老婆は
絶句していた
*ザ・フォーク・クルセダーズ『帰って来たヨッパライ』
https://www.youtube.com/watch?v=1OSp9ykj0HE&list=RD1OSp9ykj0HE&start_radio=1