2026年5月9日土曜日

それはそれは美しい光景

 

 


死の二日前に

マサヒコは

めったに見ないような夢を見た

 

そのことを

妻レイコに語った

 

見たこともないようなきれいな場所で

美しい花が

遠くまで

咲き広がっていた

 

(「美しい」という語彙は

マサヒコの日常会話にはない

せいぜい「きれい」が使用されるまでで

「美しい」という日本語を使うことは

恥ずかしくてできなかった

はずだ)

 

めったに見ない

というより

「こんな夢は見たことがない」

妻に語った

 

霊能者の笹原留似子が

手術中に死にかけた際に見た

いわゆる

三途の川周辺の光景を

語っている

https://www.youtube.com/watch?v=SvWu6V37_kc

 

それはそれは美しい光景

だと

笹原留似子は言う

 

「そっちに魅了されて

夢中です」

 

「お花畑がひろがっていて

蝶とか鳥が飛んでいて

川のせせらぎが…

こんな細い川が流れていて…

またげます

またぎかけました」

 

三途の川

というものが

大きな川なのではなく

ひとまたぎできるほどの

細い小川であるのが

笹原留似子の体験談では

おもしろい

 

またいで

川の向こう側に

足をついてしまえば

戻っては

来れないらしい

 

見たこともないような

美しい風景に魅了されて

川をまたいで

足を向こう側に着地させて

マサヒコは

戻ってこなかったのだろう

 

「お花畑がひろがっていて

蝶とか鳥が飛んでいて

川のせせらぎが…

こんな細い川が流れていて…」

 

戻ってこないのが

当たり前だろう

 

美しい風景に魅了されて

そちらへと向かうこと

こそ

なすべきこと

あるのから





宇宙のはじまり


 

 

 

写真を見る。

 

じぶんが撮った古い一枚。

 

家族の間に残ってきた

さらに古い

たくさんの写真。

 

SNSやXやFacebookで流れてくる

未知の人の手になる

プロ並みに美しくたくみに撮られて

膨大な量の写真。

 

過去の一瞬。

ある姿

ある表情

ある角度からの

記録。

 

しかし

それらは

記録であるばかりでなく

宇宙の

創造の起点でもある。

 

あらゆる創作物も

人工物も

同じ。

 

さらには

あらゆる物の

偶然の置かれ方

配置も

同じ。

 

どれもこれも

宇宙の

創造の起点。

 

そこに

なんでもいいが

それがある

なにかがある

という

こと

宇宙のはじまり。

 





だれがコック・ロビンを殺したの?



 

 

 

       決して戻って来させないで
      血と憎しみの時代
      私には愛する人がいるのだもの
      ゲッティンゲンには ゲッティンゲンには

      空襲警報が鳴り渡ったりして
      また武器を取らなきゃならなくなったりでもしたら
      わたしの心は涙をひと粒流すと思う
      ゲッティンゲンのために ゲッティンゲンのために

 

                      バルバラ 『ゲッティンゲン』

 

 

O faites que jamais ne revienne 
Le temps du sang et de la haine
Car il y a des gens que j'aime
À Göttingen, à Göttingen
  
Et lorsque sonnerait l'alarme
S'il fallait reprendre les armes
Mon cœur verserait une larme
Pour Göttingen, pour Göttingen

              Barbara 《Göttingen》  

 

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=s9b6E4MnCWk


https://www.youtube.com/watch?v=Z2TDacy7MIY

 

 

 

 

 

 

Xを見ていたら

InfoGramさんがこう書いていた

 

 

Who started the war?

 TRUMP

 

Who bombed Iran?

 TRUMP

 

Who caused the Strait closure?

 TRUMP

 

Who fucked U.S. economy?

 TRUMP

 

Who declares victory?

 TRUMP

 

Who started Project blockade? 

 TRUMP

 

Who started Project Freedom?

 TRUMP🤣

 

Elect a clown, expect a circus.


https://x.com/i/status/2052102199438938229

 

 

 

こりゃあ

マザーグースのノリだなあ

あの「だれがコック・ロビンを殺したの?」

なんかの

 

あれを思い出して

替え歌したくなった

 

 

だれがコック・ロビンを殺したの?
トランプさ、とスズメが言った
トランプの弓と矢で
トランプがコック・ロビンを殺した

 

コック・ロビンが死ぬのをだれが見たの?
「世界の分断された個々人たち」さ、とハエが言った
「世界の分断された個々人たち」が小さな目で
ロビンの死ぬのを見た

 

だれがコック・ロビンの血を受けたの?
「人類の希望(とか言われがちだったもの)」よ、と魚が言った
「人類の希望(とか言われがちだったもの)」が小さな皿で
コック・ロビンの血を受けとめた

 

だれが白衣を仕立てるの?

「絶えぬ悲しみを耐えるだけの心」よ、とカブトムシが言った

「絶えぬ悲しみを耐えるだけの心」の針と糸で

「絶えぬ悲しみを耐えるだけの心」が白衣を仕立てるでしょう

 

だれがお墓を掘るの?

「人類の友である苦悶と憂鬱と絶望」よ、とフクロウが言った

「人類の友である苦悶と憂鬱と絶望」がつるはしとシャベルで

コック・ロビンの墓を掘るでしょう

 

だれが牧師になるの?

「ありもしないのにあるふりをされがちな慰め」よ、

とミヤマガラスが言った

空虚な慰めことばで埋まった小さなご本を使って

わたしが牧師になりかわって手慣れた慰め演技をしましょう

 

だれが世話役になるの?
「なにがあろうと進行する日夜のくりかえし」よ、とヒバリが言った
夜でなく昼間で明るかったならば
わたしも世話役の補助をしてあげましょう

 

だれが松明を持つの?
「人類の夢(とかなんとか…)」よ、とベニヒワが言った
「夢(とかなんとか…)」だけなら軽いし

人生経験のない子らが持つのも簡単
まさに夢のように浮ついた「夢(とかなんとか…)」を松明にしましょう

 

だれが喪主になるの?
「この世の宿命や運命」よ、とハトが言った
どんな王・権力者・成功者・賢者をも手中に操る「宿命と運命」が
コック・ロビンの弔いの喪主になるでしょう

 

だれが棺を運ぶの?
「生きとし生けるもの皆の最後の友である死」よ、トンビが言った
生前のどんな偽りの友もできないほど果ての果てまで
死こそが棺を運んでくれるでしょう

 

だれが棺の覆いを持つの?
「なにもかもが終息していく先の全き虚無」よ、とミソサザイ
どんな活動も業績も喜びも愉しみも友情も愛も
ただそのブラックホールへ向かうばかりの虚無よ

 

だれが賛美歌を歌うの?
「生老病死」に「四苦八苦」よ、とウタツグミ
かつてブッダがえんえんとこれらについて歌った
お粗末ながらも今度はわたしが歌い継いでみましょう

 

だれが鐘を鳴らすの?
「まだ自分は老病死とは縁がないと思い込んでいる愚者」よ、

と雄牛が言った
明日あさってにも脳出血や心停止で死ぬかもしれないのに
今は元気に「コック・ロビンよ、お別れだ」と精を出す

 

そら飛ぶ鳥らは一羽残らず
ため息をついてすすり泣いた
トランプが殺した哀れなコック・ロビンの
死を悼む鐘が鳴ったとき

 

 

いちおう

マザーグースの歌の原文を

引いておこう

これは

替え歌にしない

ままで

 

 

Who killed Cock Robin

 

Who killed Cock Robin?
I, said the Sparrow,
with my bow and arrow,
I killed Cock Robin.

 

Who saw him die?
I, said the Fly,
with my little eye,
I saw him die.

 

Who caught his blood?
I, said the Fish,
with my little dish,
I caught his blood.

 

Who’ll make the shroud?
I, said the Beetle,
with my thread and needle,
I’ll make the shroud.

 

Who’ll dig his grave?
I, said the Owl,
with my pick and shovel,
I’ll dig his grave.

 

Who’ll be the parson?
I, said the Rook,
with my little book,
I’ll be the parson.

 

Who’ll be the clerk?
I, said the Lark,
if it’s not in the dark,
I’ll be the clerk.

 

Who’ll carry the link?
I, said the Linnet,
I’ll fetch it in a minute,
I’ll carry the link.

 

Who’ll be chief mourner?
I, said the Dove,
I mourn for my love,
I’ll be chief mourner.

 

Who’ll carry the coffin?
I, said the Kite,
if it’s not through the night,
I’ll carry the coffin.

 

Who’ll bear the pall?
We, said the Wren,
both the cock and the hen,
We’ll bear the pall.

 

Who’ll sing a psalm?
I, said the Thrush,
as she sat on a bush,
I’ll sing a psalm.

 

Who’ll toll the bell?
I said the bull,
because I can pull,
I’ll toll the bell.

 

All the birds of the air
fell a-sighing and a-sobbing,
when they heard the bell toll
for poor Cock Robin.







せっかく同じ場所で互いに見つめあったというのに


 

 

 

ドルジェル伯爵夫人の場合のような心の動き方は

時代遅れになってしまったのだろうか?

レイモン・ラディゲ 『ドルジェル伯爵の舞踏会』

 

Les mouvements d’un coeur

comme celui de la comtesse d’Orgel

sont-ils surannés ?

Raymond Radiguet  

  « Le Bal du comte d’Orgel »

 

 

 


 

あれは

ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』の

どのあたりだっただろう?

 

ジャン・クリストフが列車に乗っていて

どこかの駅で停車したかした際に

となり合わせた列車にひとり女性が乗っていて

その人とのまなざしが合ったかどうかして

異様なほど惹きつけられた

一瞬に恋に落ちた

といったような描写があった

 

列車どうし別の方向へ走り出すわけで

しかも窓を開ける暇もなく

なにか告げたくても時間もなく

かりに窓ぎわで手を振って注意を引こうとしても

おかしく思われてしまうだけだろう

 

しかし相手はこの世で唯一

もっとも自分に大切な人であるように感じられ

最大の理解者どうしであるように思われ

精神的も同じ世界から来たかのように感じられる

 

双方の列車は逆方向に走り出し

名も住まいも連絡先も交換できぬままに

そのわずかの時間のあいだ

せっかく同じ場所で互いに見つめあったというのに

ふたりはまた永遠に分れていってしまう

 

ロマン・ロランはここまでは書き込んでおらず

なにしろ読んだのが12歳から16歳ぐらいの間のことゆえ

状況設定もすこし異なっていたかもしれないが

いまでも鮮烈な印象として残っている

『ジャン・クリストフ』のたいていの部分の記憶は

すっかり忘却のかなたに薄れていってしまっているが

となり合わせた列車の窓からすぐそこに見える

今生ではついに真に出会うことのできないもっとも重要な存在

というイメージは

青年読者には強烈なロマンティシズムを抱かせた

ロマン・ロランも『ジャン・クリストフ』も

この一点だけでも心の灯となった

 

かつては多くの青少年の愛読書とされたはずの

ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』も

1970年代には凋落傾向を見せ

主人公をあらかじめ才能豊かな人物として設定するという

ロマン・ロランの手法を批判したマルセル・プルーストの

翻訳や紹介や研究が世界的に広がりを見せるなか

1980年代にはすでに忌むべき愚作として

新しい見方好きの知識人気取りたちからは

『ジャン・クリストフ』は軽蔑や批判の対象となっていた

 

一般人を貴族主義的精神で見下す著作として

ロマン・ロランはずいぶん攻撃されたように思えるが

サン=テグジュペリなどもそうした精神の持ち主として

ずいぶんと避けられ低められたように見える

フォークナーや中上健次やカフカやラテンアメリカ文学が

さらにはケルアックやバロウズやブコウスキーなどが

激しい山火事のようにフィクション好きたちの脳を燃やした頃の

今から思い返せば古風でもある懐かしい偏見の時代であった

 

洋書売り場のフランス語書籍の棚などを見れば

サン=テグジュペリは復活してきているように見えるが

ロマン・ロランのポッシュ版やフォリオ版は売れ行きが悪いのか入手しづら

自分のことを見出されぬ天才と思い込みたがる

ふつうの青少年ならマルセルよりジャン・クリストフの心情のほうが

今昔を問わずきっと身近に感じられるだろうに

ジャン・クリストフはランスロットやパルジファルやトリスタンのように

しばらくは忘却の河を泳ぎ続ける運命であるらしい

 





2026年5月7日木曜日

なおもつづける


 

  Fuir ! là-bas fuir !

  Stéphane Mallarmé  Brise marine

 

 

  

自然はうつくしいが

どこまでも

ひとはみにくい

 

どこまでも

計算高く

どこまでも

酷薄で

 

そのひとりだ

などとは

思われたく

ない

 

人間性の

である

ことばで

こうして記す

 

記す

ことで

 

まるで金蠅銀蠅が

家畜の糞尿から

ひととき飛び立ち

糞尿そのものではない

じぶんは

などと

大空や太陽に

見せつけようと

するように

はかない

自我の演技をしながら

 

自然の

うつくしさのほうへ

みずからの

醜さや

計算高さや

酷薄さを

振り向けようと

なおも

つづける




2026年5月6日水曜日

mα=F

 

 

テーブルに置かれているリンゴ

置かれて静止しているリンゴ

 

上から重力がかかっており

下からは垂直抗力がかかっている

 

リンゴは静止しているので

この時

不用ながらも

mα=F(質量×加速度=力)という運動方程式を思い出せば

加速度αは0であり

m×0=0Fは0となる

 

しかし

リンゴには重力と垂直抗力が働いているので

運動方程式上の力は0でも

リンゴの果肉自体への力はかかり続けているわけで

これは果肉の分解や腐敗を推進する主要素のひとつに

なっているだろう

 

そう思いながら

同じように重力と垂直抗力を受け続けている

幣原富士子さんの

ややでっぷりしたお姿を

とあるホテルのラウンジで見続けていた

 

そこのラウンジでは

3500円の紅茶を頼むと

高いようでも

いくらでも座っていられるので

本を何冊か抱えて行って

ちょっと落ち着いて読書をしたり

ものを考えたりするのには

都合がよい

 

(適度な人の動きや

うるさ過ぎないざわめきが周囲にあるのは

精神衛生上

まことによいものだ)

 

 

 


埴谷雄高の『死霊』


 

――ということは、やってくる死を迎えるのではなく、

去りゆく生を追いとらえる、

というのがその場合の原理なのですね。

埴谷雄高 『死霊』 第五章

 

 

 

 

このところの生活上

なんの脈絡も文脈もないというのに

ふと無性に

『死霊』を読み直したくなる

 

埴谷雄高の『死霊』だ

 

  最近の記録には嘗て存在しなかったといわれるほどの激しい、不気味な暑気がつづき、そのため、自然的にも社会的にも不吉な事件が相次いで起った或る夏も終りの或る曇った、蒸暑い日の午前、✕✕風癲病院の古風な正門を、一人の痩せぎすな長身の青年が通り過ぎた。

 青年は、広い柱廊風な玄関の敷石を昇りかけて、ふと立ち止った。人影もなく静謐な寂変たる構内へ澄んだ響きをたてて、高い塔の頂上にある古風な大時計が時を打ちはじめた。青年は凝っと塔を眺めあげた。その大時計はかなり風変りなものであった。石造の四角な枠に囲まれた大時計の文字盤には、ラテン数字でなく、一種の絵模様が描かれていた。注意深く観察してみるならば、それは東洋に於ける優れた時の象徴し十二支の獣の形をとっていることが明らかになった。青年は暫くその異風な大時計を眺めたのち、玄関から廊下へすり抜けて行った。

 この青年、三輪与志が郊外にある✕✕風癲病院を数度にわたって訪れなければならなくなった用件というのは、彼の嘗ての親友で、またその後、兄の知人ともなったらしい或る不幸な、孤独な精神病者の委託についてであった。幸いなことに、この病院に勤務している一人の若い医師が、三輪与志の兄三輪高志の学生時代の顔見知りであったので、患者の委託についてさまざまな便宜をはかってくれたばかりでなく、進んで患者の担任をすらひき受けてくれたのであった。 (…)

 

あきらかにドストエフスキー的(『罪と罰』『白痴』など)幕開けであり

さらにはバルザック的でもあるものの

(バルザックの諸作品のあれらの開幕のさせ方の

   あの劇的かつ現実的な…!)

昭和21年に「近代文学」に発表されたこの冒頭は

令和8年におけるニッポンの空気の中で

なんと好ましく魅力的なスリリングな導きと見えることか!

 

昭和の頃のように

文芸の世界の一部で

『死霊』がやみくもに尊重されてやまない風潮も

もはや遠く遠く過ぎ去って

今ではほとんど読まれない遺物として

大規模書店の講談社文芸文庫の棚に安置されていたり

古書店の埃まみれの棚に

ハードカバーの形で忘れられていたりしているが

うっかり開いてしまったが最後

歳月によって放射線量を増したかのような

かつては帯びていなかった異様な魅力で被曝しにかかってくる

 

日本の戦後文学も

戦前から生きのび続けた川端康成も

永井荷風も

谷崎潤一郎も

第三の新人の作品群も

内向の世代の作品群も

それらと併走しながら独自の展開を遂げた

三島由紀夫も

安部公房も

大江健三郎も

女性のことも忘れないようにするならば

圓地文子や

幸田文や

河野多恵子なども

もちろん加えなければならないのだが

みな

ゆっくりと書き継がれていった『死霊』の創作時間の中に

それぞれのひとり舞台を演じ続けたものだった

 

知りあいの若き小説読者たちが

ときどき気まぐれに

現時点での小説ベスト10だの20だの30だのを選んで送ってくるのだが

それらの表を見る度に

サマセット・モームはもちろん

ジョセフ・コンランドや

ヘンリー・ジェームズが入っていないことばかりか

ボルヘスも

ガルシア・マルケスも

ル・クレジオも取り上げられていないことに首を捻らせられ

ましてや埴谷雄高の『死霊』も

梅崎春生の『幻化』も

武田泰淳の『富士』なども

完全に等閑視されてしまっていることで

静かな呆然を

心の部屋に迎え入れてしまったりするのだが

時代の移り変わりというものは

そんなものなのかもしれない

 

個人的には

ファン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』が

『異邦人』などのあらゆる中篇小説を超えて

世界文学の最上位だと思っているが

それはそれとしても

日本語による『死霊』がかつて書かれた

ということは

小説的快楽の追い求め人のひとりとしては

忘れることはできない