2026年11月5日木曜日

ふつうの生活


  

 

東京国立博物館で

大徳寺展

をやっている

https://daitokuji2026.exhn.jp/?utm_source=yahoo&utm_medium=cpc&utm_campaign=daitokuji_ad_yahoo_cpc&utm_source=yahoo&utm_medium=cpc&utm_campaign=daitokuji_ad_yahoo_cpc&yclid=YSS.1001390515.EAIaIQobChMIx_bruvHulwMV6gx7Bx2Eay0aEAAYASAAEgKpwvD_BwE&sa_p=YSA&sa_cc=1001390515&sa_t=1793814961690&sa_ra=7A&_ly_c=dd884b1b-4350-4f5e-92b9-f673667f6efd&_ly_r=249&_ly_src=sa

 

それに付随して

ZEN NIGHT TOKYO

https://daitokuji2026.exhn.jp/event/#zennight

という催しもあるようで

幻想的な照明と“脳がととのう”音楽のなか

夜の庭園散歩をして

“禅の世界を体感”できたり

実際に参禅体験もできたりするそうだ

 

行ってきた知りあいが

しばし

禅の気分を味わってきた

と伝えてきた

 

現代の大都会で

精神や

みなさんお好きな「魂」や

教養や

歴史や

文化をまぜこぜにした

お遊びとして

“禅の世界を体感”できる感のある

こんなイベントをするのも

いかにも現代だが

まあ

行きたいひとはどうぞ

だろう

 

禅は

すべてを遊びとするのだから

なんでもあり

だ

 

逆に言えば

なにもなくても

いい

 

あることと無いことは

同じ

だから

 

禅

といえば

誰もが坐禅を考え

僧たちが群れて座っているイメージを

想像する

 

座り続けて

無念無想を求め

うまくいけば

脳波がピーッと突き抜けて

肉体の界にありながら

仏の領域に入る

 

ところが

禅者の日々の中心は

坐禅になどなく

作務と呼ばれる雑用のほうにある

 

掃除

洗濯

庭掃除

便所掃除

菜園の世話

食事作り

経理

寺の物品の整理整頓

現代なら

あらゆることの

デジタル化も入るだろう

 

坐禅をするにしても

座る場所

お堂のなかが汚かったり

埃だらけでは

話にならないから

まずはきれいに掃き清め

拭き清めることから

日々

始めないといけない

 

そこに座る

自分の身体も

仏を呼ぶためのお堂なのだから

もちろん

清浄にしておかないといけない

 

坐禅の前にやるべきことが

山とあって

まずはそれらを済ましてから

ようやく

坐禅も許される

 

本当の禅者は

とてもではないが

ZEN NIGHT TOKYO

など

ふわふわ見てまわっているヒマなど

ないだろう

 

というわけで

“禅の世界を体感”したいのなら

ZEN NIGHT TOKYO

など

どうでもいいものとして放っておいて

日々の

掃除

洗濯

庭掃除

便所掃除

菜園の世話

食事作り

経理

物品の整理整頓

などを

しなさい

という

ことになる

 

なぁんだ

自分の家にいて

なんら

変わったことのない

ふつうの生活を

しっかり

していれば

いいって

ことじゃないか

 



しかし見続ける


 

 

小津安二郎の『東京物語』で

老父母が

熱海の海岸の防波堤の上を歩いていく場面がある

 

防波堤の上は意外と細く

浴衣を着て

下駄だか草履だかを履いて歩いて行くふたりが

いかにも危うく見える

 

老母は

途中で息切れしたらしく

防波堤の上で膝を折って座り

しばらく

休みさえする

 

このあたりのシーンを

「どこか彼岸的で言い表せない気持ちになった」

と

書いてよこした若者がいた

 

あれを

彼岸的というなら

この世、此岸は

じつは

どこもかしこも彼岸的

 

遠くから

他者の目で見ると

誰の人生も

どんな瞬間のすがたも

あんなふうに

あの世にいってしまった人のように

見えているもの

 

しかし

そのように見る他者の目は

ひょっとしたら

それこそ

愛の目かもしれない

 

この目こそ

彼岸からの目かも

しれない

 

パゾリーニの『奇跡の丘』の

いちばん忘れがたいシーンは

囚われたイエスを捨てて

ペテロが必死に遠ざかっていくところ

 

イエスがペテロに予言したように

イエスの仲間だと問い詰めてくる民たちに

ペテロは三度

イエスを知らないと言いながら

逃げ切っていく

 

そうして

誰も追ってこないところまで逃げ切ると

ペテロの目には涙が溢れる

イエスが言ったように

自分は三度も否認してしまった

とわかったから

 

パゾリーニのこの場面の撮り方が

とりわけ秀逸だ

 

(1:59:33あたり)

https://www.youtube.com/watch?v=U63s0kZ1nVc&t=7081s​​​

 

壁に寄って

ペテロは身を落し

泣きながら

雑草の群れる中に

座り込む

 

カメラは

少しずつ離れながら

後退し

ペテロを

それでも撮り続ける

 

この

カメラのまなざしの離れていくさま

後退しながら

しかし

見続けるありようが

まるで

愛のようだ

 

神ならきっと

ペテロの哀しみを知って

涙させておきながら

このように

離れ

後退し

しかし

見続ける

 

 

 


2026年11月3日火曜日

不であり非でもあると

 


  

時間のなかに

わたしは溶け込んでおり

わたしであるものと

わたしでないものとの区別は

じつは

時間のなかでは

つかない

 

存在のなかに

わたしは溶け込んでおり

わたしであるものと

わたしでないものとの区別は

じつは

存在のなかでは

つかない

 

時間や

存在

と

言葉で言う時

言葉する時

それらの外にいて

それらとは別のわたしがいる

と思い込みがちになるが

それは

言葉というものを使う際にどうしようもなく陥る過ちで

むしろ

時間のほうが

おまえはわたしだ

存在のほうが

おまえはわたしだ

と

言いたがっているかも

しれない

 

わたしは

さらに

不在や非在も加えよう

 

不在も

非在も

わたしの実体と

しよう

 

不であり

非でもあると

わたしは

雅号を増やすことに

しよう




だが おまえは輝け


 

 

パゾリーニ(Pasolini)の命日

11月2日前後には

彼を偲んで

XなどのSMS上で

イタリア語を中心としたさまざまな言語による

引用や

現代的意義などについてのコメントが

多く書かれていた

 

私は現実を眺め、惨状を見る男だ[...]

全体としてのシステムが人類を変えているのだ。

もしそれに気づくのが遅れれば、

もう後戻りする術はなくなるだろう。

 

Io sono un uomo che guarda la realtà e vede il disastro [...]

È il sistema complessivo che sta cambiando l'umanità,

e se non ce ne accorgiamo in tempo,

non ci sarà più modo di tornare indietro.

Ultima intervista rilasciata a Furio Colombo

l'1 novembre 1975

 

https://x.com/sergioandreola/status/2117264953744716180?a=Le-VCHW6POsfyIVvLqw&s=09

 

殺される前日の

フリオ・コロンボによる最後のインタビューでの

こんな発言には

今でも

今さらながらに

今だからこそなおさら

強い共感を持つ

人類の「現実を眺め、惨状を見る」のは

私自身のことでもあるから

 

 

こんな

美しい発言もあった

 

不幸の模範たちに、

愚かな無気力の模範たちに、

無知な真剣さの模範たちに、

誘惑されるな。

陽気であれ。

彼らは輝かないことを教えてくれるだろう。

だが、おまえは輝け。

 

Non lasciarti tentare dai campioni

dell’infelicità,

della mutria cretina,

della serietà ignorante.

Sii allegro.

T’insegneranno a non splendere.

E tu splendi, invece.

 

https://x.com/PacoCampagna/status/2117224579831652454?a=TgqKdR-BDw61S4vY4FM&s=09

 

 

そして

あらゆる社会や国に共通する

この病の指摘

 

イタリアは、

利己主義、愚かさ、無教養、ゴシップ、道徳主義、強制、順応主義

という福祉の中で腐っている。

この腐敗に何らかの形で加担することは、

今やファシズムである。

 

L'Italia sta marcendo in un benessere che è egoismo,

stupidità, incultura, pettegolezzo,

moralismo, coazione, conformismo:

prestarsi in qualche modo

a contribuire a questa marcescenza è, ora,

il fascismo.»

 

Vie Nuove, numero 36, 6 Settembre 1962.

 

https://x.com/fearofyou/status/2117209034256253066?a=fM0V1KdMrFLZo_ee1Bk&s=09

 

 

無教養やゴシップの中で腐っている連中を

彼はファシストと呼んでいるが

このようにも言っている

 

ファシストたちは無知だ、

彼らは読書をしない、

ただ新聞を読むだけだ、

実用主義はファシズムのイデオロギー的基盤だ、

彼らは文化を好まない。

 

Les fascistes sont ignorants,

ils ne lisent pas,

ils lisent seulement les journaux,

le pragmatisme est la base idéologique du fascisme,

ils n’aiment pas la culture.

 

https://x.com/AnthonyBassani1/status/2117317435527401671?a=v4_-LWxarUx8vb5KFT4&s=09

 

 

利己主義

愚かさ

無教養

ゴシップ

道徳主義

強制

順応主義

などが

「ファシスト」だけの属性でないことを

パゾリーニ死後の私たちは

あちこちで見せられてきているし

「共産主義」なるものの汚辱もさんざん見せられてきた

彼以後の世代としては

パゾリーニの視点にそのまま賛成もできないし

彼が1960年代や70年代に用いた

「ファシスト」という言葉を

現代ではいくらか変えて

パゾリーニの底の鉱脈には向かわないといけない

とも思うが

それでも

彼が残した言葉そのままを見直しても

強烈なエネルギーを発し続けているのが

感じられる

 

ピエル・パオロ・パゾリーニ(Pier Paolo Pasolini)は

1975年11月2日に

ローマ近郊のオスティア海岸で

映画『ソドムの市』 に出演した17歳の少年ピーノ・ペロージに殺された

とされた

「同性愛者であったパゾリーニに性的な悪戯をされ、

正当防衛として殺害して死体を遺棄した」

と少年は証言したが

単独犯とは思えない状況であり

複数犯による殺人が疑われたものの

証拠は揃わなかった

 

2005年に

ピーノ・ペロージが

「パゾリーニはファシストたちに殺害された。

家族に危害を加えると脅され、

偽の自首を強要された」

とドキュメンタリー番組で証言したことから

再調査の機運が高まり

元ローマ市長ワルテル・ヴェルトローニの要請で

再捜査が行われる

その結果

事件当時のパゾリーニの衣服から

少なくとも3人のDNAが検出されたが

人物特定には至らず

捜査は打ち切られたという

 

すでに

古典となっていっているパゾリーニのことなので

今後は

捜査というより

調査や研究と呼ばれるものが

死の真相についても

行われていくことになろう

 

もちろん

無限に読書をし

順応主義に与しない者たちによって

こうした調査や研究は

行われていくことになろう

 

 

 

 

 

The Gospel According to Matthew (1964) - trailer

https://www.youtube.com/watch?v=xEs4g9A9HGc

 

The Gospel According to St Matthew (1964) - Pasolini

https://www.youtube.com/watch?v=Ewzr-ioQ_9k&t=2350s

 

映画『テオレマ 4Kスキャン版』予告編

https://www.youtube.com/watch?v=-OcmUMUE9Vo

 

『豚小屋』予告編

https://www.youtube.com/watch?v=vK-fpgWTf7M

 

Pasolini Trailer #1 (2019) | Movieclips Indie

https://www.youtube.com/watch?v=x2Jyqwl8k9s

 


2026年10月29日木曜日

「Back in the U.S.S.R.」と「Back in the U.S.A.」


 

 

今年のフランスの騒乱の際に

昔なつかしい極左の亡霊があちこちで声を張り上げ

若者たちときたら

ソビエト連邦軍の軍歌である「カチューシャ」を合唱していて

おやおやおや

まるでザ・ビートルズの「Back in the U.S.S.R.」のノリじゃないか!

と世界的懐メロを思い出してしまった

 

Been away so long, I hardly knew the place
Gee, it’s good to be back home

Leave it till tomorrow to unpack my case
Honey, disconnect the phone

I’m back in the U.S.S.R


You don’t know how lucky you are, boy

Back in the U.S
Back in the U.S
Back in the U.S.S.R

 

長く不在にしてたから、ずいぶん変わっちゃんたけれど

いやぁ、故郷に帰るってのはいいもんだ

荷物を解くのは明日にして
ハニー、電話も無視しよう

ソ連に帰ってきたんだ
どれだけしあわせなことか、わからないだろうな、きみには

ソ連に
ソ連に
ソ連に帰ってきたんだ

 

https://www.youtube.com/watch?v=nS5_EQgbuLc

 

 

ぼくは16歳の時にはじめてイギリスに行って

ひと夏を

イギリス人の若者たちと

ウィンザーからそう遠くないとはいえ

ずいぶん田舎のウィンクフィールドの学校で過ごしたが

毎晩のダンスパーティーで掛かる音楽でいちばん多かったのが

ザ・ビートルズの「Back in the U.S.S.R.」と「Rain」だった

日本でならもっと他の曲が掛かりそうなものだが

どうしてこの二曲が1番人気だったのか

ちょっと戸惑ったものだ

 

ともかく

日本でひとりでザ・ビートルズを聴く時には

それほど毎日聴こうとするわけでもない「Back in the U.S.S.R.」は

イギリスでのこの毎晩のダンスパーティーのおかげで

記憶に刻みつけられるに至った

 

日本語にわかりやすく訳すと

 

どれだけしあわせなことか、わからないだろうな、きみには

ソ連に
ソ連に
ソ連に帰ってきたんだ

 

となってしまうが

 

You don’t know how lucky you are, boy

Back in the U.S
Back in the U.S
Back in the U.S.S.R

 

という英語の歌詞を聴き直すと

 

どれだけしあわせなことか、わからないだろうな、きみには

U.Sに

U.Sに

U.S.S.Rに帰ってきたんだ

 

となっていて

「U.S」はどうしたって

まずはアメリカのことを思わせるから

英語ならではの

遊び

してるなあ

ザ・ビートルズは

と

気づき直させられる

 

歌詞の他の部分でも

 

Well, the Ukraine girls really knock me out
They leave the West behind

And Moscow girls make me sing and shout
That Georgia’s always on my mi-mi-mi-mi-mi-mi-mi-mi-mind

Oh, come on!

 

ウクライナの女の子たちにはノックアウトされちゃう
西側の女なんて目じゃないぜ

モスクワの女の子たちを見ると
「わが心のジョージア」を大声で歌いたくなっちゃう

さぁ、カモン!

 

とあって

フルに遊んでる

「Georgia on my mind 」と来れば

もちろん

レイ・チャールズの「わが心のジョージア」で

アメリカのジョージア州のことなのだが

ソ連のジョージアといえば

今では同じようにジョージアと呼ぶようになった

旧グルジアのことで

こんなお遊びで

ザ・ビートルズはじつは

 

U.Sに

U.Sに

U.S.S.Rに帰ってきたんだ

 

と歌いながら

やっぱりアメリカのこともおちょくっている

とわかってくる

 

https://www.youtube.com/watch?v=ggGzE5KfCio

 

ともあれ

この歌に出てきた

「Ukraine girls」や

「Moscow girls」という言葉に刺激されて

「Paris girls」や

「Marseille girls」

「Nantes girls」

「Limoge girls」

「Lyon girls」などばかりか

いまやヨーロッパ全土に増殖しつつある

極左ガールたちのことも

歌いたくなってきてしまうところが

「Back in the U.S.S.R.」の楽しさだ

 

だが

忘れてならないのは

「Back in the U.S.S.R.」が

チャック・ベリー(Chuck Berry)の「Back in the U.S.A.」と

ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)の「California Girls」の

完全なパロディであり

さらに言えば徹頭徹尾パロディに過ぎず

しかしながら

音楽的なノリはこれら先行者たちを超えている

というところだ

 

https://www.youtube.com/watch?v=XVukAcLqHFI

 

https://www.youtube.com/watch?v=23y2Cz40zs4


https://www.youtube.com/watch?v=DR2lvcdKSdU

 


今となっては

そう思い出されることも少なくなった

チャック・ベリーの「Back in the U.S.A.」の歌詞の

ノーテンキなトランプ流のノリは

このあたりで

ちゃんと思い出し直しておくのもいいだろう

 

Oh well oh well 
I feel so good today
We just touched ground on 
an international runway
Jet-propelled back home 
from overseas to the USA


ああ もう
今日はとってもいい気分だ
ぼくらいまちょうど国際線の滑走路に
着陸したところ
プロペラ式ジェット機で海を越えて
アメリカに帰ってきた

New York, Los Angeles
Oh how I yearn for you
Detroit, Chicago, 
Chattanooga, Baton Rouge
God I long to be 
at my home back in old St Lou

ニューヨーク ロサンジェルス
ああ とても恋しかったよ
デトロイト シカゴ
チャタヌーガ も バトン・ルージュも
どれだけ待ち望んでいたことか
おなじみセント・ルイスの
自分の家に戻ってこられることも

Did I miss the skyscrapers
Did I miss the long freeway

摩天楼が恋しかったよ
長く続く高速道路も恋しかったよ

From the coast of California
To the shores of the Delaware Bay


カリフォルニアの海岸から
デラウェア湾の岸辺まで

You can bet your life I did
Till I got back to the USA


わかるだろう 恋しかったよ
U.S.A
に戻ってこられるまでは

Looking hard for a drive-in
Searching for a corner cafe
Where hamburgers sizzle on 
an open grill night and day
Yeah, and the jukebox jumping 
with records back in the USA


ドライヴ・インを探すのに苦労したよ
コーナー・カフェを探し回ったよ
ハンバーガーがジュージューと
朝も夜もグリルで焼かれ
アメリカのレコードがジュークボックスで
ジャンジャンかけられてる店も

I'm so glad 
I'm living in the USA
Yes I'm so glad 
I'm living in the USA
Anything you want 
we got it right here in the USA


とってもうれしいよ
アメリカで暮らしてるってことが
そうさ とてもうれしい
ぼくはアメリカで暮らしてる
望めばなんでも
手に入る ここ アメリカでは

Ah we're so glad 
we're living in the USA
Yes we're so glad 
we're living in the USA
Anything you want 
we got it right here in the USA


ああ ぼくらとってもうれしい
アメリカに暮らしてるってことが
そうさ とってもうれしい
ぼくらはアメリカで暮らしてる
望めばなんでも
手に入る ここ アメリカでは


フランスばかりか

ヨーロッパ全土で騒ぎ出した極左ガールたちが

歌う歌を

このチャック・ベリーの「Back in the U.S.A.」に変えるのは

いつだろう?