2026年2月5日木曜日

レス・ウェクスナーとエプスタイン

 

 

 

家畜人ヤプーたる日本人を

どこまでも従順な家畜状態にさせ続けておくべく

われらが未来帝国EHSは

ヤプーたちを

徹底的な情報検閲下・情報閉鎖下に置かれているので

テレビや新聞のような認知戦の戦場においては

まず表立って報じられることはないのだが

世界中では

モサド工作員だったジェフリー・エプスタイン祭りが

始まっている

 

XでもYouTubeでも

さまざまな言語でどんどんと情報や考察や妄想が出てきているので

とりあえずはそれらをいくつか見てみれば

この20年ほどの人類世界が

真面目に扱う必要のまったくない愚劣な茶番だったとわかる

 

大小の指摘や発見の中でも

現時点でわたしの興味をいちばん惹くのは

エプスタインとユダヤ富豪のレス・ウェクスナーLes Wexnerの関係だった

9.11テロを起こしたAIにもエプスタインが関わっていたらしいが

エプスタインが蛇だとすれば

蛇の頭はレス・ウェクスナーのほうだったらしい

 

レス・ウェクスナーについては

とりあえず

ヴィクトリアズ・シークレットや

ティーンエージャー向けの新ブラント「PINK」や

アバクロンビー&フィッチで

巨額の財を築いた男と言っておけばいいか

 

最初はオハイオ州のコロンバスで

「ザ・リミテッド」第1号店を開業したところから始まり

コロンバス近郊に数千ヘクタールの土地を購入して

ジョージ王朝時代ふうの村を建設する

ロイ・レイモンドが創業し

5店舗のマージナルな存在だったヴィクトリアズ・シークレットを買取り

年間売上高10億ドルの350店舗の大帝国を作り上げ

1986年にジェフリー・エプスタインに出会うことになる

 

『ヴァニティ・フェア』の調査報道記者ゲイブ・シャーマンによれば

1980年代末頃からの17年間は

ウェクスナーの推定70億ドルといわれる財産を

エプスタインは管理することになった

資産管理の委託料として

ウェクスナーはエプスタインに数億ドルを支払い

これがエプスタインの活動資金となった

 

ウェクスナーとエプスタインの関係はあまりに緊密だったので

同性愛関係が疑われたが

エプスタインは否定している

ウェクスナーとの関係によって

エプスタインは推定2億ドルを得たと

「ウォール・ストリート・ジャーナル」は報じている

 

このふたりを絡めて情報を探っていくと

レス・ウェクスナー・コネクションやメガ・グループや

エプスタインやマクスウェルやモサドの絡まりに突入し

もちろんCIAや国防総省とのモサドの取引に至り

Androidスマートフォンや携帯電話基地局をも回路としつつ

グーグルやマイクロソフトの生成AIの本当の目的が

全人類のプログラム化にある

というところまで進んでいくので

話は“性的捕食者”エプスタインの異常性や

世界中の名士や財閥や有名人を巻き込んでの児童売春システムや

若返りのための若者や児童の血液利用や

悪魔礼拝のための人肉食儀式などに止まらず

SF的な全人類家畜化計画へと拡がっていく

 

『すばらしい新世界』(Brave New World)を書いたのは

オルダス・ハクスリーだったが

エプスタインに関わる資料が大々的に開示されたということは

裏の裏に別の未来計画が進行中ということだろうから

『もっともっとすばらしい世界』とでもいう小説を

だれかに書いてもらわないといけないかもしれない

 

真偽のほどはわからないが

ウェクスナーとエプスタインに関わる

都市伝説的基礎知識をわかりやすく伝授してくれるものを

TweetTVJPさんがまとめてくれているので

参考に添えておこう

 

 

・蛇の頭:ウェクスナーとエプスタインの関係

・レス・ウェクスナーとエプスタイン

・9/11の影のネットワーク:4つの権力基盤と隠された構造

・9/11の隠された構造

https://x.com/TweetTVJP/status/2018739666456105476?s=20

 


また

madame Figaro jpは

はやくも2021年の時点で

ウェクスナー問題を取り上げていた


・天使と悪魔:ヴィクトリアズ・シークレットの功罪

(madame Figaro jp  2021.12.30)

https://madamefigaro.jp/society-business/211230-victorias-secret.html

 





2026年2月4日水曜日

「生きている」とは死んでいるということ

 

  

 

彼らは、水が動くのを待っていた。

それは、主の使いがときどき池に降りて来て、

水が動くことがあり、

水が動いたとき、

真っ先に水に入る者は、

どんな病気にかかっていても、

いやされたからである。

       「ヨハネによる福音書」

底本に節が欠けている個所の

異本による訳文

 

 

 

 

また

(これまで聞いた

多くの類似する話と同じように)

ひとりの霊能者が

死はまったく恐くない

と話していた

 

死の時には

それまで着せられていた重い鎧を

一瞬に脱ぎ捨てるような

軽さが嬉しいらしい

 

肉体を持って

時間と存在システムの中に

「生きている」者は

言い方をすこし変えて言えば

すでにみな死んでいる

「生きている」とは死んでいるということで

というのも

時間と存在システムによる

物質的顕現化と心理の顕現化そのものが死だからである

 

わからない人がいなくなるまで

何度もくり返さなければならないが

「私」や「じぶん」は幻想であり

それは与えられた時間と存在システムの果てに

すみやかに消滅する

 

それを愛玩し続けるのは勝手だが

火を付けられて目の前で燃え上がって

消滅していく分厚い本を

どこまで「本」と呼び続けられるか

ちょっと想像してみれば

儚いイメージの維持の試みでしかないと

わかるだろう

 

しかしながら

時間と存在システムが

どのように編まれ

紡ぎ出されていくものか

まだ解明され切っていないし

なにより

その機序を手中にし切れていない

 

ひとりの模造人間や

地球や

さらには太陽系や銀河系程度の

精巧な模造物を

意思や気まぐれによって

即座に一瞬に創り出せるようになるまで

わたしの遊びは続くだろう

 

 






私には〈蛇〉のように見えた

 

  

 

 

ヘルメス文書と略称される文書のうちのCHⅠで

「存在するものについての省察が始まり

思考の力が甚だしく高ま」った「私」に

ヘルメス・トリスメギストスなるポイマンドレースは

このように教える *


お前が学びたいと思っていることをすべて自分の叡知に留めて置きなさい、私が教えてあげよう」。

こう言うと、彼は姿を変じた。と、たちまちにわかにすべてが私の前に開けていた。私は測り知れぬ眺めを見る。そこに生じているすべては光であり、(その光は)美しく、喜ばしく、見ているうちに私は愛を抱いた。それから暫くすると、闇が垂れ下り、部分部分に分れ、恐ろしく、嫌悪を催すものとなり、曲りくねって広がり、私には〈蛇〉のように見えた。それから、闇は湿潤なフュシスのようなものに変化した。それは名状し難いほどに混沌とし、火のように煙を発し、言い表わすことのできない、哀訴の叫び声のようなものを発していた。それから、何を言っているのか分らないが、火の音のような叫びがフュシスから出ていた。

 

ここに現われる「〈蛇〉のよう」なものに

昔から私は注目し

おそらく旧約聖書でイヴを誘惑する蛇も

光と闇とからなる宇宙創造の一面を物語ろうとする

思い描きやすい粗雑な比喩であろうと考えてきている

旧約聖書も新約聖書も

物語的に

あるいはお話的に読んだのでは

真意を完全に誤読する

個々人の精神的変容の過程を物語化して導こうとする

ひとつの試みと読むべきと考える

 

ヘルメス文書のこの箇所は

〈蛇〉が闇の見え方のひとつであることを示し

また闇は「湿潤なフュシスのようなものに変化」もするのを示している

闇の可塑性を思い出しておくことは

神秘学徒には興味深いことだろう

 

文書CHⅠに触れたついでに

「運命」とはないか

について語る別の箇所も見直しておく

 

さて、神なるヌースは男女であり、命にして光であるが、ロゴスによって造物主なるもう一人のヌースを生み出した。彼は火と霊気の神であって、ある七人の支配者を造り出した。この者たちは感覚で把握される世界(コスモス)を円周によって包んでいて、その支配は運命(ヘイマルメネー)と呼ばれている。

 

一般的な世俗の生活者は

このように「運命」を説明されても

もちろんなにも実感的にわからないだろう

だからこそ

懇切丁寧に実感的にわからせるために

誕生から死までの一連の個人的物語が展開される現世が準備され

その行程を辿らされる仕儀になる

 

問題とすべきことのひとつは

「わかる」とはなにか

どうすれば「わかる」が発生するのか

ということである

 


 

 

*ここでは『ヘルメス文書』(荒井献+柴田有訳、朝日出版社、1980)を用いている。この翻訳の底本としては、A.D.Nock, A.-J.Festugière, Hermès Trismégiste ,, Paris, 1972,1973.が用いられている。






2026年2月3日火曜日

エメラルド・タブレット抄  2・2

 

 

 

定家卿ト云フ名人ノ手跡、以外ノ悪筆也

   後世風評

 

 

 

22

 

人界でのつよさは、手持ちの物語への盲信と、他者の物語への鈍感さにかかっている。だから、よわさこそ、真のつよさだ。

 

ともあれ、苦痛にみちていても、ここにいる(と思う)ことは、驚くべき出来事である。ある時ある場所に生まれたという物語を親が「わたし」に語り、この土地の発声と意味の体系を脳を通して精神へと刻みこみ、やがてそれの体系のスクリーンに「わたし」の架空の姿を反射させるようになった……

 

……それも物語だ。物語のそとへひとは出られない。恩寵として脳障害や精神分裂、植物人間化、記憶喪失などを考える必要がここに生じる。物語が止む時を、特権的な聖なる時間とみなすべきだ。

 

物語をつくることは? それで、物語を停止させうるだろうか?

 

 

 


 

 

[初出] NOUVEAU NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・ヌーヴォー・フリッソン) numéro 7 (19968)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田115、ホース115205 155

 

 






エメラルド・タブレット抄  2・1

 

 

 

 

定家卿ト云フ名人ノ手跡、以外ノ悪筆也

  後世風評

 

 

 

21

 

家。この寒々しいもの。近所というものがあり、光景は虚しさを心に浮かばせる。やがて、体はちからを失う時がきて、このあたりを歩くことさえできなくなるだろう。そういう体にだれが金を払い続けるのか。国家の親切さ。自力で歩けなくなったら、電気ショックで体を殺す制度ができるかもしれない。倫理は時代によってかわる。 食肉用の豚を殺すように。電気ごてで「タッチしてあげる」という言い方を、食肉処理業者は使う。「額のあたりに、そっと、チョンとタッチしてあげるんです。それで終わり。ぜんぜん苦しみませんよ。血もでないし、きれいなものです」

生きていることが家である。この寒々しいもの。霊はなにを望んでこの家に住みにくるのか。後から後から生まれてくる赤ん坊の霊たちの、勇気に感嘆するほかはない。みな、魂を汚すために来る。苦い心。親となることの罪を語らないのが、おとなの礼節である。

 

 

 





 

[初出] NOUVEAU NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・ヌーヴォー・フリッソン) numéro 7 (19968)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田115、ホース115205 155






エメラルド・タブレット抄  1・2


 

 

 

定家卿ト云フ名人ノ手跡、以外ノ悪筆也

後世風評

 

 

 

 

 

12

 

病が最良の癒しである。雑音に過ぎなかったじぶん。時計の針音が廊下の端の壁に反射して戻ってくるのが、いまは聞こえる。魂は、この瞬間を待ちわびていた。沈黙は無数の層を持っていた。それらの層がゆっくりと剥離しはじめる。一層一層に、数億年の時間が録音されている。油が水面に虹の文様を描くように、どの層からも色彩の森が繁茂しはじめる。生のはじまりだ。このはじまりに到り着けずに、ひとは歴史となる。物の層で領土をすっかり失わないかぎり、生ははじまらない。反表現。コミュニケーションから身をひけ。 まず、停止しなければならない。その停止をひとは恐れる。必要なのは、死を生きる才能だ。病が最良の癒しであると知るまで、人生や職業などにひとはかかずらう。人生よりも、身のまわりのこの空気のよそよそしさのほうが、はるかに自我である。

 

 

 

 


 

 

[初出] NOUVEAU NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・ヌーヴォー・フリッソン) numéro 7 (19968)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田115、ホース115205 155

 

 

 




エメラルド・タブレット抄  1・1


 

 

 

定家卿ト云フ名人ノ手跡、以外ノ悪筆也

   後世風評

 

 

 


 

11

 

新たに始めない。冬ざれの田地。水色の低い薄雲が地平線ちかくに澱んでいる。あざやかな他の風船の思い出が蘇るべき時だ。しかし、太陽しか脳裏に蘇らない。脳裏にいま見えるものは、「わたし」の現在に実在するのか。……煙草を買うのを忘れた。二十年前のギリシア旅行の時も、なんども煙草を買い忘れた。「わたし」のこともよく、真っ白に焼け付く午後の広場のカフェに置き忘れてきた。人間は最良の状態の時、「わたし」なしで太陽のもとを歩む。

 

草は裸足で踏むだけで、こころに水々しさを伝える。愛されて死んだひとの墓のかたわらの草を踏めば、一生渇きには苦しめられないという。どこの言い伝えだったか……

 

 

 




 

[初出] NOUVEAU NOUVEAU FRISSON (ヌーヴォー・ヌーヴォー・フリッソン) numéro 7 (19968)
編集発行人 駿河昌樹
発行場所 東京都世田谷区代田115、ホース115205 155