――ということは、やってくる死を迎えるのではなく、
去りゆく生を追いとらえる、
というのがその場合の原理なのですね。
埴谷雄高 『死霊』 第五章
このところの生活上
なんの脈絡も文脈もないというのに
ふと無性に
『死霊』を読み直したくなる
埴谷雄高の『死霊』だ
最近の記録には嘗て存在しなかったといわれるほどの激しい、不気味な暑気がつづき、そのため、自然的にも社会的にも不吉な事件が相次いで起った或る夏も終りの或る曇った、蒸暑い日の午前、✕✕風癲病院の古風な正門を、一人の痩せぎすな長身の青年が通り過ぎた。
青年は、広い柱廊風な玄関の敷石を昇りかけて、ふと立ち止った。人影もなく静謐な寂変たる構内へ澄んだ響きをたてて、高い塔の頂上にある古風な大時計が時を打ちはじめた。青年は凝っと塔を眺めあげた。その大時計はかなり風変りなものであった。石造の四角な枠に囲まれた大時計の文字盤には、ラテン数字でなく、一種の絵模様が描かれていた。注意深く観察してみるならば、それは東洋に於ける優れた時の象徴し十二支の獣の形をとっていることが明らかになった。青年は暫くその異風な大時計を眺めたのち、玄関から廊下へすり抜けて行った。
この青年、三輪与志が郊外にある✕✕風癲病院を数度にわたって訪れなければならなくなった用件というのは、彼の嘗ての親友で、またその後、兄の知人ともなったらしい或る不幸な、孤独な精神病者の委託についてであった。幸いなことに、この病院に勤務している一人の若い医師が、三輪与志の兄三輪高志の学生時代の顔見知りであったので、患者の委託についてさまざまな便宜をはかってくれたばかりでなく、進んで由
者の担任をすらひき受けてくれたのであった。 (…)
あきらかにドストエフスキー的(『罪と罰』『白痴』など)幕開けであり
さらにはバルザック的でもあるものの
(バルザックの諸作品のあれらの開幕のさせ方の
あの劇的かつ現実的な…!)
昭和21年に「近代文学」に発表されたこの冒頭は
令和8年におけるニッポンの空気の中で
なんと好ましく魅力的なスリリングな導きと見えることか!
昭和の頃のように
文芸の世界の一部で
『死霊』がやみくもに尊重されてやまない風潮も
もはや遠く遠く過ぎ去って
今ではほとんど読まれない遺物として
大規模書店の講談社文芸文庫の棚に安置されていたり
古書店の埃まみれの棚に
ハードカバーの形で忘れられていたりしているが
うっかり開いてしまったが最後
歳月によって放射線量を増したかのような
かつては帯びていなかった異様な魅力で被曝しにかかってくる
日本の戦後文学も
戦前から生きのび続けた川端康成も
永井荷風も
谷崎潤一郎も
第三の新人の作品群も
内向の世代の作品群も
それらと併走しながら独自の展開を遂げた
三島由紀夫も
安部公房も
大江健三郎も
女性のことも忘れないようにするならば
圓地文子や
幸田文や
河野多恵子なども
もちろん加えなければならないのだが
みな
ゆっくりと書き継がれていった『死霊』の創作時間の中に
それぞれのひとり舞台を演じ続けたものだった
知りあいの若き小説読者たちが
ときどき気まぐれに
現時点での小説ベスト10だの20だの30だのを選んで送ってくるのだが
それらの表を見る度に
サマセット・モームはもちろん
ジョセフ・コンランドや
ヘンリー・ジェームズが入っていないことばかりか
ボルヘスも
ガルシア・マルケスも
ル・クレジオも取り上げられていないことに首を捻らせられ
ましてや埴谷雄高の『死霊』も
梅崎春生の『幻化』も
武田泰淳の『富士』なども
完全に等閑視されてしまっていることで
静かな呆然を
心の部屋に迎え入れてしまったりするのだが
時代の移り変わりというものは
そんなものなのかもしれない
個人的には
ファン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』が
『異邦人』などのあらゆる中篇小説を超えて
世界文学の最上位だと思っているが
それはそれとしても
日本語による『死霊』がかつて書かれた
ということは
小説的快楽の追い求め人のひとりとしては
忘れることはできない