2026年8月7日金曜日

現実の場所がそのまま真理

 

 

 

僧肇は

『不真空論』の中で

 

真理を離れて現実の場所があるのではなくて

現実の場所がそのまま真理であり

すべてが自己の主体である。

さもなければ、いったいそれは誰なのだ?*

 

と言っている

 

これは

エゴを最大限に巨大化せよ

との

妄想の勧めではない

 

現実のあらゆる場所をすべて真理とし

すべてを自己の主体とする

というのは

逆に

徹底したエゴ的自己の消滅をあらわす

 

エゴが真理を発見していって

発見された真理を自己の武器とするのではなく

完全消滅したエゴが

それまで自分の領していた場所をすべて

真理に明け渡す

 

この『不真空論』を受けて

臨済は

こう説いている

 

修行者よ、仏教の真理は、努め励みようもない。

まったくあたりまえで、なんということもないものだからだ。

糞をひったり尿をたれたり

衣服をつけたり飯を食ったり

疲れたら眠る。

「愚かな奴はわたしを笑うが、えらい人はちゃんとわかっている」

と古人も言っている。

「外面的な努力をするのは、すべてばかな男のことだ」と。

君たちは

とにかくまず

どこにあっても主人公となれ。

そうすれば

君たちの立っているところがすべて真理となる。

どんな相手がやってきても

君たちを引きまわすことはできない。

前世の煩悩の残りかす(余習)や

無間地獄に堕ちねばならぬ五種の重罪さえも

自然に解脱の大海となる *

 

「どこにあっても主人公となれ。

そうすれば

君たちの立っているところがすべて真理となる」

というのは

原文では

有名な

「随処作主立処皆真」

となる

 

「平常心是道」や

「即心即仏」などの名言で知られる

馬祖道一の始めた馬祖禅は

ごくふつうの日常生活そのものを真理とし

悟りとする中国禅として

臨済を以て頂点に達したが

「糞をひったり尿をたれたり

衣服をつけたり飯を食ったり

疲れたら眠る」ことを

そのまま真理とし

そのまま悟りとする当時の中国禅の精華は

第二次大戦後の枠組みが溶解し

さらには植民地主義のヨーロッパ精神の完全瓦解が

仕掛けられている現代において

各地の富も権力も持たない個々人を支えうる拠点となりうるだろう

(たとえキリスト教誤解の狂信者のアメリカや

古代イスラエルの予言者たちを完全誤解している例の連中たちによる

地球支配の策略下における枠組み破壊企画の最中であっても)

 

時代が変わっても

中国文化の根底を流れる現実重視の性質から来るのだろうが

馬祖以後の中国禅は

山林の瞑想などを良しとせず

むしろ

形式的な瞑想や行道はことさらに業を作り

あたりまえの人間の真実を損うものとして退けた

臨済は

このようにも言う

 

君たち各地の修行者は

よく

「修行があり、証悟がある」と言う。
しかし

誤まってはならない。

 

たとえ修行し得るものがあるとしても

すべては生死の業に過ぎない。

 

君たちはよく

「六波羅蜜の行を修め、もろもろの万種の善行を積む」

と言うが

わたしの見るところでは

すべて業を増しているだけのことである。

 

仏を求め法を学ぶのは

そのまま地獄行きの業を作ることに他ならない。

菩薩の境地を求めるのも

やはり業を作り

経典を読み仏教の文献を調べることも

やはり業作りである。

 

仏も祖師も無事の人である。

無事とは依りところとなる実体や物質(vastu)がないこと

なにが起こってもふだんと変わりなく過ごす境地のことである。

 

煩悩の生活や計算された意図的な行為が業を作るのはわかりやすいが

その反対の悩みのない清らかな生活であれ

何も求めない行為であれ

君たちにとっては清浄という新しい業となるだけのことである。

 

職業坊主のなかには

飯をたらふく食った後にさっそく坐禅瞑想し

ひたすら妄念をおさえて起こさぬようにし

喧噪を嫌って静けさを求める連中がいるが

まったく以て

それは外道のやりかたと言うべきである。

 

祖師も言っている。

「君たちがもし、心を止めて静けさを内省し

心をあげて対象を観察し、

心をおさめて内に鎮め

心をおさえて禅定に入るなら

そんな連中は

みな

業作りの者たちである」と。

 

ほかでもない

今このようにわたしの説法に聴き入っている君たちは

いったいどのように

“それ”を修行し

“それ”を証悟し

“それ”を飾りたてようとするのだ?

 

“それ”はけっして修行して得るものでもなければ

飾りたてたからといって

本当に得られるようなものでもない。

 

“それ”自らに飾らせるに任せるなら

一切のものが

ただちに飾り上げられることにもなるだろうが。

 

君たちは

とにかく誤ってはいけない。*

 

 

「清浄という新しい業」を

作るだけのこと

という指摘は

よくよく聞いておいたほうがいい

 

「清浄」も「煩悩」も

「仏」も「凡夫」も

「善」も「悪」も

思念の中の澱みに浮かぶ泡沫に

過ぎない

 

 


 

*引用文は『仏教の思想7 無の探求〈中国禅〉』(柳田聖山・梅原猛、角川書店、1969)によっているが、表現を改変した箇所もある。

 



ただ己に恥づ


 

 

江戸時代後期の歌人

大隈言道の『こぞのちり』に

こうある

 

人はよくもいへあしくもいへ、

うけひきがたし。

ただ己に恥づ

 

「人」という世間や世評を捨て

「ただ己に恥づ」

という

行動基準の拠点づくりに至るのは

日本の精神性の典型といえる

 

精神拠点として

仏教や儒教や神道を

さらには

それらの混合実験から凝縮された武士道を

用いる者たちも

日本には多かったが

大隈言道は

「己」だけを基準としているところに

日本精神の

最終地点を体現している

 

とはいえ

「恥づ」という確認体制を用いているところに

脆弱さをわたしは見る

 

 

あらゆる「恥」は

内化された「世間」を基盤とするゆえ

捨て去るべきである

 

「世間」は悪であり

それをベースとして生まれた評価基準は

すべて「悪」でしかない

 

「ただ己に恥づ」

と言わず

「ただ、瞬間瞬間にふさわしく動く」

とでも言っておけば

よかっただろう

 

ところで

明治時代に入ってからの

明治天皇の短歌

 

目に見えぬ神にむかひてはぢざるは人の心のまことなりけり

 

などを読むと

大隈言道の精神のありかの

継承を感じる

 

「恥」とか

「はぢ」などは

もっと軽く受け取って

気分の少しでもいいほうへ内部を向かわすための

観測装置としていた

と思っておけばいいのかもしれない

 

 

 


2026年8月5日水曜日

誰にも教えない


 

 

地震予測をする人たちが

Xにいる

 

728日の熊本地震を

予測していた人のアカウントは

凍結されたらしい

 

非科学的だとか

恐怖を煽るとか

SNSの世界では

いろいろ批判されるし

利害関係もいろいろある

 

予測できたり

予知できたりしても

SNSには言わなければいいのに

と思う

 

危険を知らせたほうが

多くの人が助かる

などと思って

告知をするのだとしたら

甘い

 

災害で死ななければいない人たち

怪我をしたり

苦難に遭わないといけない人たちも

たくさんいるので

他人の運命に介入してはいけないのだ

 

今回の熊本地震は

わたしも予知していた

 

前日の夜から朝まで

足の裏がすごく熱くて

自身のなんらかの病気の発症を疑ったほどだったが

この足裏の燃えるような感覚は

何度か繰り返し経験してきていたので

たぶん大きな地震が起きるだろうと思っていた

 

地震が起きた時

やっぱり来た

と思った

 

ただ

場所は当てられない

 

とはいえ

今回の地震は

自分の身体の予知能力を確信するのに

役立った

 

何年もかけて

だんだんと確信するに至った

地震前の感覚は

これだ

 

1  すさまじいダルさと眠気。

   外出時はなんとか持ち堪えようとするが

家にいる時は座っていることもできなくなり

寝てしまう

無理に座っていても

いつのまにか意識がなくなって

眠ってしまいがち。

 

2  頭の中での猛烈な圧力の高まり

 

3  足裏のすさまじい熱さ

ほんとうに

焼けるような

 

きのう84日も

このうちの1の症状がひどかった

 

個人的には

熊本以上の大災害が近い感じがする

 

もう

救助どころではないような

その地域を諦めるほかない規模の

地震だけには限らなそうだが

大きな災害

 

今日や明日ではなく

もうちょっと

 

でも

遠くない

 

他人の運命には

いっさい介入しないつもりだし

それどころか

人類の運命にも

地球の未来にも介入しないつもりなので

SNSなどには

いっさい書き込まないし

まわりの人たちにもしゃべらない

 

これまで通り

起こったら起こったで

「ああ、やっぱり」と

自分だけで確認する

 

本当の予知や予感というのは

こういうこと

こういうもの

 

誰にも教えない

 

え?

教えているじゃないか、って?

 

これは詩形式

あくまで

フィクション

という逃げ道がある形式

 

 

 

 

2026年8月2日日曜日

私らの夢はどこにめぐるのであらう

 

 

 

730日は

立原道造の誕生日であった

 

今年

この日は暑い日で

暑い日にもかかわらず

ちょっとした

中途半端な田舎を

炎天下を

野暮用のために

わたしは行き来して

ずいぶん

汗を流した

 

ゆたかに繁る雑草たちを見

アスファルトに降りて

人など小馬鹿にしたように

逃げもせず

ぽんぽん飛んで歩く

カラスを横目に睨みながら

いかにも

立原道造の誕生日らしからぬ

どろっとした

中途半端な暑さの日だ

と思ったりしたが

空は美しく青く

夏雲は白く輝いていた

 

立原道造が日本橋の橘町に生まれたのは

1914年だから

もう112年も前のこと

死んだのが

24歳のとき

1939年だから

87年前に逝っちゃった人

 

けれども

あなたはぼくにとって

あこがれちゃう

唯一の

日本語の

奇跡的な使い方の

できた詩人で

ほわーっとしていながら

すわ~っとしている

あなたの不思議な詩の高みに

とても行き着けないまま

ぼくは日本語のなかを

ま~だ

さまよって

いる

ですよ

 

近ごろは

あなたの名を

すごい

すごい

すごい

と語る若者も稀で

あなたのあれらの詩は

どれも

なによりも

大事件なのに

新聞紙の一面を飾ったりは

もちろん

しない

 

なので

ときどき

ぼくは

じぶんの意識の第一面に

あなたの詩の

ソネット形式の

とびっきりお気に入りのやつを

大見出しで

あるいは

豆粒みたいな

ちっちゃい字体で

蘇らせる

 


のちのおもひに

夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
――
そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

 

 

 

はじめてのものに

   ささやかな地異は そのかたみに
   灰を降らした この村に ひとしきり
   灰はかなしい追憶のやうに 音立てて
   樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきつた

   その夜 月は明かつたが 私はひとと
   窓に凭れて語りあつた(その窓からは山の姿が見えた)
   部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と
   よくひびく笑ひ声が溢れてゐた

   ――人の心を知ることは……人の心とは……
   私は そのひとが蛾を追ふ手つきを あれは蛾を
   把へようとするのだらうか 何かいぶかしかつた

   いかな日にみねに灰の煙の立ち初めたか
   火の山の物語と……また幾夜さかは 果して夢に
   その夜習つたエリーザベトの物語を織つた

 


   またある夜に

   私らはたたずむであらう 霧のなかに
   霧は山の沖にながれ 月のおもを
   投箭のやうにかすめ 私らをつつむであらう
   灰の帷のやうに

   私らは別れるであらう 知ることもなしに
   知られることもなく あの出会つた
   雲のやうに 私らは忘れるであらう
   水脈のやうに

   その道は銀の道 私らは行くであらう
   ひとりはなれ……(ひとりはひとりを
   夕ぐれになぜ待つことをおぼえたか)

   私らは二たび逢はぬであらう 昔おもふ
   月のかがみはあのよるをうつしてゐると
   私らはただそれをくりかへすであらう




   晩き日の夕べに

   大きな大きなめぐりが用意されてゐるが
   だれにもそれとは気づかれない
   空にも 雲にも うつろふ花らにも
   もう心はひかれ誘はれなくなつた

   夕やみの淡い色に身を沈めても
   それがこころよさとはもう言はない
   啼いてすぎる小鳥の一日も
   とほい物語と唄を教へるばかり

   しるべもなくて来た道に
   道のほとりに なにをならつて
   私らは立ちつくすのであらう

   私らの夢はどこにめぐるのであらう
   ひそかに しかしいたいたしく
   その日も あの日も賢いしづかさに?


 

ほんとうに

ぼくらの

わたしらの夢は

どこに

めぐるのであろう?

 

と思いながら

 

知ることもなしに

別れるであろう

大きな大きなめぐりが

用意されている

 

とは感じつつも

ふたたびは

逢わぬであろう

とも知りつつ

 

その先にはもう行かない

夢と

しばらくはなって

 

忘れつくしたことさえ

忘れてしまつた時に

 

ああ

あなたが

習つて

夢に織ったエリーザベトの物語とは

どんな

物語だったか?

 

いたいたしく

賢いしずかさの

ただ

夕やみの

淡い色に身を沈めて
くり返すばかりの

遠い

物語であったか?

 

 

 


しんしんと雪が降り続いている



 

コーヒーを淹れて

書斎の机まで持って行った

 

(書斎といっても

居間とひと続きで

机に座ると

居間がすべて見わたせる)

 

(しかし

出入口は異なっている)

 

(居間と書斎の間の戸を

閉じておくこともできるのだが

住みはじめて以来

開きっぱなしで

閉じたことはない)

 

ついさっき

仕事の小さなひとくぎりがついて

コーヒーを淹れに

キッチンに行ったのだった

 

机にコーヒーを置き

返信すべきSNSがあったのを思い出し

スマホを手に取ると

(よくあることのひとつ)

気にかかるスペインのセウタCeutaへの

モロッコ人の大量流入についてのX

解釈や主張の異なる書き込みが目に付いて

数十を見ているうちに

(あまりに神経が疲れていたものだから)

座ったまま

眠ってしまっていた

 

さて。

 

記しておきたいのは

寝落ちしてしまったことでもなく

セウタ危機のことでもなく

それについての見解の異なる書き込みの間の

問題点でもない

 

寝落ちから

フッと目覚めると

(不思議だ

いつも思う

なぜ目覚めるのか?

なぜ永遠のほうへ失われたままになって

しまわないのか?

まだ?)

コーヒーが目に付いた

 

(なんの不思議もない

さっき自分で淹れて

机の上に持ってきたのだ)

 

そうだ

少し飲もう

 

そう思って

カップに手を伸す

右手を伸す

 

濃い焦茶色の

コーヒーの

静かな表面が見える

 

伸した右手を

しかし

止めてしまった

 

驚いたのだ

 

コーヒーの表面に

雪が

降っていて

しんしんと

丸い

夕暮れの暗さが

領していた

 

このカップには

まだ

手をつけず

机の上に置いたままに

してある

 

しんしんと

雪が

降り続いている