2026年8月5日水曜日

誰にも教えない


 

 

地震予測をする人たちが

Xにいる

 

728日の熊本地震を

予測していた人のアカウントは

凍結されたらしい

 

非科学的だとか

恐怖を煽るとか

SNSの世界では

いろいろ批判されるし

利害関係もいろいろある

 

予測できたり

予知できたりしても

SNSには言わなければいいのに

と思う

 

危険を知らせたほうが

多くの人が助かる

などと思って

告知をするのだとしたら

甘い

 

災害で死ななければいない人たち

怪我をしたり

苦難に遭わないといけない人たちも

たくさんいるので

他人の運命に介入してはいけないのだ

 

今回の熊本地震は

わたしも予知していた

 

前日の夜から朝まで

足の裏がすごく熱くて

自身のなんらかの病気の発症を疑ったほどだったが

この足裏の燃えるような感覚は

何度か繰り返し経験してきていたので

たぶん大きな地震が起きるだろうと思っていた

 

地震が起きた時

やっぱり来た

と思った

 

ただ

場所は当てられない

 

とはいえ

今回の地震は

自分の身体の予知能力を確信するのに

役立った

 

何年もかけて

だんだんと確信するに至った

地震前の感覚は

これだ

 

1  すさまじいダルさと眠気。

   外出時はなんとか持ち堪えようとするが

家にいる時は座っていることもできなくなり

寝てしまう

無理に座っていても

いつのまにか意識がなくなって

眠ってしまいがち。

 

2  頭の中での猛烈な圧力の高まり

 

3  足裏のすさまじい熱さ

ほんとうに

焼けるような

 

きのう84日も

このうちの1の症状がひどかった

 

個人的には

熊本以上の大災害が近い感じがする

 

もう

救助どころではないような

その地域を諦めるほかない規模の

地震だけには限らなそうだが

大きな災害

 

今日や明日ではなく

もうちょっと

 

でも

遠くない

 

他人の運命には

いっさい介入しないつもりだし

それどころか

人類の運命にも

地球の未来にも介入しないつもりなので

SNSなどには

いっさい書き込まないし

まわりの人たちにもしゃべらない

 

これまで通り

起こったら起こったで

「ああ、やっぱり」と

自分だけで確認する

 

本当の予知や予感というのは

こういうこと

こういうもの

 

誰にも教えない

 

え?

教えているじゃないか、って?

 

これは詩形式

あくまで

フィクション

という逃げ道がある形式

 

 

 

 

2026年8月2日日曜日

私らの夢はどこにめぐるのであらう

 

 

 

730日は

立原道造の誕生日であった

 

今年

この日は暑い日で

暑い日にもかかわらず

ちょっとした

中途半端な田舎を

炎天下を

野暮用のために

わたしは行き来して

ずいぶん

汗を流した

 

ゆたかに繁る雑草たちを見

アスファルトに降りて

人など小馬鹿にしたように

逃げもせず

ぽんぽん飛んで歩く

カラスを横目に睨みながら

いかにも

立原道造の誕生日らしからぬ

どろっとした

中途半端な暑さの日だ

と思ったりしたが

空は美しく青く

夏雲は白く輝いていた

 

立原道造が日本橋の橘町に生まれたのは

1914年だから

もう112年も前のこと

死んだのが

24歳のとき

1939年だから

87年前に逝っちゃった人

 

けれども

あなたはぼくにとって

あこがれちゃう

唯一の

日本語の

奇跡的な使い方の

できた詩人で

ほわーっとしていながら

すわ~っとしている

あなたの不思議な詩の高みに

とても行き着けないまま

ぼくは日本語のなかを

ま~だ

さまよって

いる

ですよ

 

近ごろは

あなたの名を

すごい

すごい

すごい

と語る若者も稀で

あなたのあれらの詩は

どれも

なによりも

大事件なのに

新聞紙の一面を飾ったりは

もちろん

しない

 

なので

ときどき

ぼくは

じぶんの意識の第一面に

あなたの詩の

ソネット形式の

とびっきりお気に入りのやつを

大見出しで

あるいは

豆粒みたいな

ちっちゃい字体で

蘇らせる

 


のちのおもひに

夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
――
そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

 

 

 

はじめてのものに

   ささやかな地異は そのかたみに
   灰を降らした この村に ひとしきり
   灰はかなしい追憶のやうに 音立てて
   樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきつた

   その夜 月は明かつたが 私はひとと
   窓に凭れて語りあつた(その窓からは山の姿が見えた)
   部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と
   よくひびく笑ひ声が溢れてゐた

   ――人の心を知ることは……人の心とは……
   私は そのひとが蛾を追ふ手つきを あれは蛾を
   把へようとするのだらうか 何かいぶかしかつた

   いかな日にみねに灰の煙の立ち初めたか
   火の山の物語と……また幾夜さかは 果して夢に
   その夜習つたエリーザベトの物語を織つた

 


   またある夜に

   私らはたたずむであらう 霧のなかに
   霧は山の沖にながれ 月のおもを
   投箭のやうにかすめ 私らをつつむであらう
   灰の帷のやうに

   私らは別れるであらう 知ることもなしに
   知られることもなく あの出会つた
   雲のやうに 私らは忘れるであらう
   水脈のやうに

   その道は銀の道 私らは行くであらう
   ひとりはなれ……(ひとりはひとりを
   夕ぐれになぜ待つことをおぼえたか)

   私らは二たび逢はぬであらう 昔おもふ
   月のかがみはあのよるをうつしてゐると
   私らはただそれをくりかへすであらう




   晩き日の夕べに

   大きな大きなめぐりが用意されてゐるが
   だれにもそれとは気づかれない
   空にも 雲にも うつろふ花らにも
   もう心はひかれ誘はれなくなつた

   夕やみの淡い色に身を沈めても
   それがこころよさとはもう言はない
   啼いてすぎる小鳥の一日も
   とほい物語と唄を教へるばかり

   しるべもなくて来た道に
   道のほとりに なにをならつて
   私らは立ちつくすのであらう

   私らの夢はどこにめぐるのであらう
   ひそかに しかしいたいたしく
   その日も あの日も賢いしづかさに?


 

ほんとうに

ぼくらの

わたしらの夢は

どこに

めぐるのであろう?

 

と思いながら

 

知ることもなしに

別れるであろう

大きな大きなめぐりが

用意されている

 

とは感じつつも

ふたたびは

逢わぬであろう

とも知りつつ

 

その先にはもう行かない

夢と

しばらくはなって

 

忘れつくしたことさえ

忘れてしまつた時に

 

ああ

あなたが

習つて

夢に織ったエリーザベトの物語とは

どんな

物語だったか?

 

いたいたしく

賢いしずかさの

ただ

夕やみの

淡い色に身を沈めて
くり返すばかりの

遠い

物語であったか?

 

 

 


しんしんと雪が降り続いている



 

コーヒーを淹れて

書斎の机まで持って行った

 

(書斎といっても

居間とひと続きで

机に座ると

居間がすべて見わたせる)

 

(しかし

出入口は異なっている)

 

(居間と書斎の間の戸を

閉じておくこともできるのだが

住みはじめて以来

開きっぱなしで

閉じたことはない)

 

ついさっき

仕事の小さなひとくぎりがついて

コーヒーを淹れに

キッチンに行ったのだった

 

机にコーヒーを置き

返信すべきSNSがあったのを思い出し

スマホを手に取ると

(よくあることのひとつ)

気にかかるスペインのセウタCeutaへの

モロッコ人の大量流入についてのX

解釈や主張の異なる書き込みが目に付いて

数十を見ているうちに

(あまりに神経が疲れていたものだから)

座ったまま

眠ってしまっていた

 

さて。

 

記しておきたいのは

寝落ちしてしまったことでもなく

セウタ危機のことでもなく

それについての見解の異なる書き込みの間の

問題点でもない

 

寝落ちから

フッと目覚めると

(不思議だ

いつも思う

なぜ目覚めるのか?

なぜ永遠のほうへ失われたままになって

しまわないのか?

まだ?)

コーヒーが目に付いた

 

(なんの不思議もない

さっき自分で淹れて

机の上に持ってきたのだ)

 

そうだ

少し飲もう

 

そう思って

カップに手を伸す

右手を伸す

 

濃い焦茶色の

コーヒーの

静かな表面が見える

 

伸した右手を

しかし

止めてしまった

 

驚いたのだ

 

コーヒーの表面に

雪が

降っていて

しんしんと

丸い

夕暮れの暗さが

領していた

 

このカップには

まだ

手をつけず

机の上に置いたままに

してある

 

しんしんと

雪が

降り続いている

 



2026年7月27日月曜日

見飽きた映画をなお見続ける勇気

 

 

     行くところがわからないほど

     崇麗なものはないだろう

    すべて偶然の神託によるべきだ

    ゴマと火と塩とヴィーナスの

    先見にたよるばかりだ

      西脇順三郎 『生物の夏』in『禮記』

 

 


 

まったく暇のない生活を送り続けているが

用事を前後させられる時には

14時間から16時間眠り続ける

そのぐらい眠ってはじめて

物質と神経電流と精神+霊という幻影とが絡みあった現象界を

ちょっとは生きる気になる

 

この現象界のなににも共感せず

これが価値あれが価値それが価値価値価値価値と

まくし立て続ける無数の口たちの動きを

フジツボの開き閉じ運動のように眺め続けていると

悪く言えば地球の観察と評価のためだけに来た宇宙人のまなざしで

良く言えばその昔の懐かしい博物学者の慈愛溢れる好奇心のまなざしで

もうかなり見飽きたこの現象界の出し物の連続に

まだまだつき合っていかねばならないのかな

まだまだつき合っていく気力を保っていけるかな

とどうしても思ってしまうが

太宰治がどこかで書いていたように

人生とは見飽きた映画をなお見続ける勇気のこと

などとふいに弱気な感慨に陥ってしまわないでもない

 

フランスのジロンド県の大火事もスペインの火事も

スラブ人弱体化のためのあいかわらずのウクライナ+ロシアの

澱んだ泥沼でのちびちびした殺しあいも

そうして儲けのためにアメリカとイスラエルが仕組んだイラン虐めも

そればかりか経歴詐称の女王高市早苗のトカゲっぷりも

もちろん世界が忘れかけているエプスタインの超巨大事件の裏の裏も

SNSが怒濤の情報を吐き続ける現代にあっては

できるだけ広く全部を見続けていて

ほぼ網羅できているとは思っているが

それらをいくら見続けいくら深層情報を仕入れたところで

もはや人類に価値があるとは思えないし

地球や人類や魂を救おうとも思えないのは

ま、これこそ真の覚醒への当然の流れとでもいうことかな?

と思えて微笑ましくさえある

 

人類の暗部・醜さ・どうしようもなさ・不条理さを見続けてはや幾十数年

そろそろ還ってきてもいいというのにあんたも好きねえと

わが友イエス・キリストやブッダやクリシュナや

マハヴィーラや老子や荘子や

その他もろもろの覚者や賢者や妖精たちや地球外理性たちが

けっこう呆れてツンツンと肩や背やおでこを突いてくるけれど

おおわが最大の友にして導き手の"不条理なる運命のデタラメぶり"が

もっと面白いものを繰り出して見せてやるから

祇園祭の特等の見物席に座っているつもりで見続けていておくれよ

ちょっとは暑く熱くなったり火の粉が飛んできたりする時もあろうが

ヨハネの黙示録にも負けない極上のどんちゃん騒ぎを

最後の最後までとくとご覧じろと

どうしてどうしてなかなか引き留めの手を緩めてはくれないのさ

 



2026年7月22日水曜日

風を鳴らすからだろうか?


 

 

夏の暑さのなかで聞くべきものといえば

なんといってもバグパイプ

 

Amazing Grace Bagpipes - The Snake Charmer ft. Barcelona Pipe Band

https://www.youtube.com/watch?v=OJi-uKOlLV4

 

Massed Pipes & Drums parade through Deeside town to start the Ballater Highland Games 2018

https://www.youtube.com/watch?v=rpBw0oCO4C8&t=167s

 

 

暑さが吹っ飛ぶ

というより

暑さや寒さとはべつの次元に

意識が行ってしまう

といったら

いいか

 

笙や篳篥や笛

高麗笛などを合わせる

日本の雅楽にも

バグパイプの音響的世界創造のようなところが

ある

 

Gagaku: Wind Instruments

https://www.youtube.com/watch?v=QRZ1eNlzhoA

 

雅楽 【越天楽】

https://www.youtube.com/watch?v=lS3EuUP7Slc

 

E-Ten-Raku

https://www.youtube.com/watch?v=wq5Bo_BmoPU

 

 

みな

風を鳴らす

から

だろうか?

 

 

雅楽まで来ると

高畑勲の『かぐや姫の物語』の

かぐや姫が月へ帰っていく時の天上の音楽も

近いところにある

 

日本お得意の感傷に浸りそうな場面で

悲哀も

喜びも置き捨てられ

音の粒子の踊りだけが

途切れることなく

延々と続いていく

奇跡的な音楽である

 

Princess Kaguya Ending Scene // Tale of princess kaguya...

https://www.youtube.com/watch?v=OFHIZJpT-ew

 

かぐや姫の物語 天人の音楽2018 ver.

https://www.youtube.com/watch?v=IWmX20i6pBc

 

 


生き生きと生きていられる時だけの特権


 

 

夏の気温が上がり

上がり

さらに上がっていくと

それだけで

特別なお祭りの真っ最中

のように感じ

うきうきしてしまう

 

出続ける汗は

たしかに面倒ではあるが

日に何度もTシャツを着替えて

ふんだんに汗を吸わせよう

と決めれば

なんこともない

 

ワイシャツを着て

外出している時には

着替えようもないので

それはそれ

あきらめるしかない

と思えば

これはこれで

なんのこともない

 

一日のうちでも

気温自体がけっこう上下するし

どこからか

ふいにいい風が

吹き込んできたりもして

暑いからこそ

敏感になる感性もある

 

暑さに参っている人を見るのは

けっこう楽しいものだ

36度や37度の暑さを

汗はかきつつも

平気で受けとめていられる体力には

その人のそれまでの心がけが

しっかりと織り込まれている

 

なにかというと

日陰で休憩だとか

冷たい飲み物や氷だとか

不活発にクーラーの効いた部屋で

うつらうつら休んだりとか

そんな生き方の果てには

ひたすら衰弱していく老いしか来ない

 

そんな人たちにつき合うのはやめて

ちょっとでも太陽にあたり

乾いたアスファルトの上で靴裏を焼きながら

ひとりで夏草のわきを歩いて行こう

水だけはいっぱい手に提げて

汗を拭くタオルもふたつは用意して

生き生きと生きていられる時だけの特権の

夏の陽光の下のそぞろ歩きを

ぞんぶんに楽しむことにしよう