2026年5月12日火曜日

トイレのドアを細く開いておく

 

 

ちょっと

へんな話をします

 

トイレに入ったとき

便座にすわるとき

ドアをぴっちり閉めてしまわずに

細く開いておくのが

好き

 

ただし

他人のいないときに

限る

 

そうすると

ときどき

人でないものが通っていくのが

見える

 

ときどき

のぞきに来る

顔がある

 

のぞきに来る

目がある

 

できれば

廊下は真っ暗にしておくのが

最良だが

あかりがついていても

かまわない

 

廊下があかるくても

人でないものは通っていく

 

のぞきに来る

顔はある

 

のぞきに来る

目はある

 



いい初夏


 

気温が

もう

24度も25度もある

 

でも

空気はなぜか涼しく

気持ちよく

汗をかかないで

いられる

 

見上げれば青空

むこうには

まっしろく沸きたつ真夏の雲が

大きな入道のように

いくつも膨らんでいる

 

よく上る坂道の鉄柵には

はやくも

ずいぶんヒルガオが巻き付いていて

しかも

ピンクの花を

たくさん咲かせている

 

夏をこれから飾り

繁茂していくものたちが

どんどん背丈を伸し

張り出し

面積をひろげていこうとしていて

それでもまだ

湿り気が少なくて

さわやかさが肌にはあって

いい初夏だ

 

いい初夏だ




ゴールは死

 

 

人生はマラソンだ

などと

陳腐な比喩を

たまには

言ってみたくもなる

 

ゴールは死

 

速く走っても

ずいぶん差をつけられて

遅れてしまっても

 

だれのゴールも

 

こんな

チープな比喩を弄びながら

人生は

徹底的に設計ミスをした

くだらないアトラクションであり

出来の悪いイベントだ

知れ

だれかに言っても

みたくなる

 

ゴールは死

 

速く走って得たトロフィーも

遅れてゴールした結果の悔しさも

なにひとつ

ゴールのむこうへは

持って行けない

 

持って行かないで済む

 

 


2026年5月10日日曜日

道とはすでに異界である


  

 

車の往来の多い

すっかり夜になった表通りに沿って

舗道を歩いていく

 

道とは不思議なものだ

 

自分と同じ生存条件にある人間たちが

そこここを歩いており

同時刻

同じ場所を

行き交ってはいる

 

ところが

知っている人はふつう誰ひとりおらず

どこの誰よりも他人どうし

 

さらに言えば

他人という以上に

ただ「此処」の「今」をともにしているという他には

過去にも未来にも

仕事の上でも

どんな人間関係においても

人生的になんの接点も持たない

異界の者どうし

 

そんな存在たちが

右にも

左にも

前にも

後ろにも

蠢いていて

まっとうに「人間でござい!」

と見せている

 

少し時間が経ち

少し歩き続けて行ってしまえば

この地上で

金輪際見かけることもなく

顔をあわせることも

なくなってしまう

 

こちらも

むこうの存在たちも

同じ「人間」だと思い込んで見ているから

不安にもならず

慌てもしないのだが

ふと思い返して

考え直してみると

なんと異様この上ない事態だろう

なんと不思議な

抽象的な

非人間的な場を

当たり前の

ありきたりの

日常そのもの

だなどと

思い込んで

平気で行き来したりできている

ものだろう

 

道とはすでに異界である

 

 




ただ夏があり

 

 


5月5日が立夏だったので

いま

日本はもう夏

 

夏に入った

思うと

それだけで

うれしくなる

 

幼かったころ

すごく若かったころ

立夏

ということは

あまり

意識しなかったけれど

5月は楽しかった

季節がかってに楽しげに振舞いだし

3月末や4月のような

春先の不安定さがグッと減って

5月というだけで

楽しかった

 

楽しい

というのに

学校だの

社会のあれこれだのは

ずるずるとあり続けたので

いつもそこが

残念だった

 

せっかく

5月がうきうき招くのに

せっかく

夏が手まねきし続けるのに

人界はいつも

つまらない枠組みを

押しつけてくるばかり

 

夏まつりが

あるじゃないか!

って?

いろいろなイベントが

準備されるじゃないか!

って?

 

古びた他人の脳が

古びた規範から編み出した

所作としきたりで参加者を縛り上げる

ああいう罠のこと

 

そんなものは

なんにもなくていい


ただ夏があり

青空を流れていく雲があり

どんどん繁茂していく雑草があり

虫がつぎつぎ出てきて

野良猫もどこかの犬も顔を出し

鳥たちはパン屑を狙って集まり

蛇もトカゲも

日当たりの中を滑っていき

小さな川も大きな川も

いつでも釣りに来いよと誘っている

 

そんな5月であるだけで

いい

そんな夏があるだけで

いい

 

 


楽しいことばかり

 

 


正直なところ

楽しいことばかり

 

どうして

この世を厭うひとがいるのか

わからない

 

見えるもの

感じるもの

聞こえるもの

すべて

楽しいことばかり

 

なにひとつ

みずからを慰撫するため

じぶんで作り出したものなど

ない

 

のぼってくる時の陽も

沈んでいく太陽も

あがったり下がったりする気温も

吹いてくる風も

そう、ちょっと強すぎる感じで

吹き来る風さえも

とてもじぶんの細工ではできない

無償の賜りもの

 

睡眠が足りない時のボーッとする頭も

重いものを持って歩き過ぎた時の

背にすこし来る疲れも

おもしろい仕組みになっているなあと

楽しくてたまらない

 

そりゃあ人界を見れば

わがままに乱暴なことをやってやがる

という事例は

枚挙に暇もないが

人間というものの価値づけを

徹底して低くとっておけば

戸外に歩きに出た際に

昨日もきょうも切り裂きジャックされないで

済んでよかった

みんながみんな人殺しってわけでも

この世はないようだわい

などと思っておけば

それだけのこと

 

正直なところ

楽しいことばかり

 

爆撃したり

虐殺をしたりする連中は

いつ

二倍も三倍もの

とんでもない規模のお返しを受けて

ソドムになったり

ゴモラになったり

するだろう?

と想像たくましくして

ああ

楽しいことばかり

 

どうして

この世を厭うひとがいるのか

わからない

 

大金持ちで

巨大な邸宅や別荘をいくつも持って

マーラーゴふう美女を

妻にしたり娘に持ったりしても

もはや魅力のかけらもない

鈍くさいセイウチのからだを動かして

権力を掌握しているふりを

かなしくも健気に続けなければならない

あの面倒臭さでは

ゆっくりプルーストに浸ることもできまい

ボードレールの詩の難しいところを

熟読玩味し直す気力体力も

どうにも保てまい

『神々の黄昏』全曲を

しっかり聴き直そうという根気も

なかなか引き出して来れまい

素粒子論の理解を進めるために

数学の不得意なところを

学び直そうとなど挑戦もできまい

もちろん

日本語で『源氏物語』を再読する暇もなかろうし

『太平記』をしっかり読了もできまいし

面白すぎる『宇治拾遺物語』を

つらつらつらと読みふけることも

できまい

できまい

 

ああ

楽しいことばかり

 

 

 

2026年5月9日土曜日

それはそれは美しい光景

 

 


死の二日前に

マサヒコは

めったに見ないような夢を見た

 

そのことを

妻レイコに語った

 

見たこともないようなきれいな場所で

美しい花が

遠くまで

咲き広がっていた

 

(「美しい」という語彙は

マサヒコの日常会話にはない

せいぜい「きれい」が使用されるまでで

「美しい」という日本語を使うことは

恥ずかしくてできなかった

はずだ)

 

めったに見ない

というより

「こんな夢は見たことがない」

妻に語った

 

霊能者の笹原留似子が

手術中に死にかけた際に見た

いわゆる

三途の川周辺の光景を

語っている

https://www.youtube.com/watch?v=SvWu6V37_kc

 

それはそれは美しい光景

だと

笹原留似子は言う

 

「そっちに魅了されて

夢中です」

 

「お花畑がひろがっていて

蝶とか鳥が飛んでいて

川のせせらぎが…

こんな細い川が流れていて…

またげます

またぎかけました」

 

三途の川

というものが

大きな川なのではなく

ひとまたぎできるほどの

細い小川であるのが

笹原留似子の体験談では

おもしろい

 

またいで

川の向こう側に

足をついてしまえば

戻っては

来れないらしい

 

見たこともないような

美しい風景に魅了されて

川をまたいで

足を向こう側に着地させて

マサヒコは

戻ってこなかったのだろう

 

「お花畑がひろがっていて

蝶とか鳥が飛んでいて

川のせせらぎが…

こんな細い川が流れていて…」

 

戻ってこないのが

当たり前だろう

 

美しい風景に魅了されて

そちらへと向かうこと

こそ

なすべきこと

から