2026年10月29日木曜日

「Back in the U.S.S.R.」と「Back in the U.S.A.」


 

 

今年のフランスの騒乱の際に

昔なつかしい極左の亡霊があちこちで声を張り上げ

若者たちときたら

ソビエト連邦軍の軍歌である「カチューシャ」を合唱していて

おやおやおや

まるでザ・ビートルズの「Back in the U.S.S.R.」のノリじゃないか!

と世界的懐メロを思い出してしまった

 

Been away so long, I hardly knew the place
Gee, it’s good to be back home

Leave it till tomorrow to unpack my case
Honey, disconnect the phone

I’m back in the U.S.S.R


You don’t know how lucky you are, boy

Back in the U.S
Back in the U.S
Back in the U.S.S.R

 

長く不在にしてたから、ずいぶん変わっちゃんたけれど

いやぁ、故郷に帰るってのはいいもんだ

荷物を解くのは明日にして
ハニー、電話も無視しよう

ソ連に帰ってきたんだ
どれだけしあわせなことか、わからないだろうな、きみには

ソ連に
ソ連に
ソ連に帰ってきたんだ

 

https://www.youtube.com/watch?v=nS5_EQgbuLc

 

 

ぼくは16歳の時にはじめてイギリスに行って

ひと夏を

イギリス人の若者たちと

ウィンザーからそう遠くないとはいえ

ずいぶん田舎のウィンクフィールドの学校で過ごしたが

毎晩のダンスパーティーで掛かる音楽でいちばん多かったのが

ザ・ビートルズの「Back in the U.S.S.R.」と「Rain」だった

日本でならもっと他の曲が掛かりそうなものだが

どうしてこの二曲が1番人気だったのか

ちょっと戸惑ったものだ

 

ともかく

日本でひとりでザ・ビートルズを聴く時には

それほど毎日聴こうとするわけでもない「Back in the U.S.S.R.」は

イギリスでのこの毎晩のダンスパーティーのおかげで

記憶に刻みつけられるに至った

 

日本語にわかりやすく訳すと

 

どれだけしあわせなことか、わからないだろうな、きみには

ソ連に
ソ連に
ソ連に帰ってきたんだ

 

となってしまうが

 

You don’t know how lucky you are, boy

Back in the U.S
Back in the U.S
Back in the U.S.S.R

 

という英語の歌詞を聴き直すと

 

どれだけしあわせなことか、わからないだろうな、きみには

U.Sに

U.Sに

U.S.S.Rに帰ってきたんだ

 

となっていて

「U.S」はどうしたって

まずはアメリカのことを思わせるから

英語ならではの

遊び

してるなあ

ザ・ビートルズは

と

気づき直させられる

 

歌詞の他の部分でも

 

Well, the Ukraine girls really knock me out
They leave the West behind

And Moscow girls make me sing and shout
That Georgia’s always on my mi-mi-mi-mi-mi-mi-mi-mi-mind

Oh, come on!

 

ウクライナの女の子たちにはノックアウトされちゃう
西側の女なんて目じゃないぜ

モスクワの女の子たちを見ると
「わが心のジョージア」を大声で歌いたくなっちゃう

さぁ、カモン!

 

とあって

フルに遊んでる

「Georgia on my mind 」と来れば

もちろん

レイ・チャールズの「わが心のジョージア」で

アメリカのジョージア州のことなのだが

ソ連のジョージアといえば

今では同じようにジョージアと呼ぶようになった

旧グルジアのことで

こんなお遊びで

ザ・ビートルズはじつは

 

U.Sに

U.Sに

U.S.S.Rに帰ってきたんだ

 

と歌いながら

やっぱりアメリカのこともおちょくっている

とわかってくる

 

https://www.youtube.com/watch?v=ggGzE5KfCio

 

ともあれ

この歌に出てきた

「Ukraine girls」や

「Moscow girls」という言葉に刺激されて

「Paris girls」や

「Marseille girls」

「Nantes girls」

「Limoge girls」

「Lyon girls」などばかりか

いまやヨーロッパ全土に増殖しつつある

極左ガールたちのことも

歌いたくなってきてしまうところが

「Back in the U.S.S.R.」の楽しさだ

 

だが

忘れてならないのは

「Back in the U.S.S.R.」が

チャック・ベリー(Chuck Berry)の「Back in the U.S.A.」と

ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)の「California Girls」の

完全なパロディであり

さらに言えば徹頭徹尾パロディに過ぎず

しかしながら

音楽的なノリはこれら先行者たちを超えている

というところだ

 

https://www.youtube.com/watch?v=XVukAcLqHFI

 

https://www.youtube.com/watch?v=23y2Cz40zs4


https://www.youtube.com/watch?v=DR2lvcdKSdU

 


今となっては

そう思い出されることも少なくなった

チャック・ベリーの「Back in the U.S.A.」の歌詞の

ノーテンキなトランプ流のノリは

このあたりで

ちゃんと思い出し直しておくのもいいだろう

 

Oh well oh well 
I feel so good today
We just touched ground on 
an international runway
Jet-propelled back home 
from overseas to the USA


ああ もう
今日はとってもいい気分だ
ぼくらいまちょうど国際線の滑走路に
着陸したところ
プロペラ式ジェット機で海を越えて
アメリカに帰ってきた

New York, Los Angeles
Oh how I yearn for you
Detroit, Chicago, 
Chattanooga, Baton Rouge
God I long to be 
at my home back in old St Lou

ニューヨーク ロサンジェルス
ああ とても恋しかったよ
デトロイト シカゴ
チャタヌーガ も バトン・ルージュも
どれだけ待ち望んでいたことか
おなじみセント・ルイスの
自分の家に戻ってこられることも

Did I miss the skyscrapers
Did I miss the long freeway

摩天楼が恋しかったよ
長く続く高速道路も恋しかったよ

From the coast of California
To the shores of the Delaware Bay


カリフォルニアの海岸から
デラウェア湾の岸辺まで

You can bet your life I did
Till I got back to the USA


わかるだろう 恋しかったよ
U.S.A
に戻ってこられるまでは

Looking hard for a drive-in
Searching for a corner cafe
Where hamburgers sizzle on 
an open grill night and day
Yeah, and the jukebox jumping 
with records back in the USA


ドライヴ・インを探すのに苦労したよ
コーナー・カフェを探し回ったよ
ハンバーガーがジュージューと
朝も夜もグリルで焼かれ
アメリカのレコードがジュークボックスで
ジャンジャンかけられてる店も

I'm so glad 
I'm living in the USA
Yes I'm so glad 
I'm living in the USA
Anything you want 
we got it right here in the USA


とってもうれしいよ
アメリカで暮らしてるってことが
そうさ とてもうれしい
ぼくはアメリカで暮らしてる
望めばなんでも
手に入る ここ アメリカでは

Ah we're so glad 
we're living in the USA
Yes we're so glad 
we're living in the USA
Anything you want 
we got it right here in the USA


ああ ぼくらとってもうれしい
アメリカに暮らしてるってことが
そうさ とってもうれしい
ぼくらはアメリカで暮らしてる
望めばなんでも
手に入る ここ アメリカでは


フランスばかりか

ヨーロッパ全土で騒ぎ出した極左ガールたちが

歌う歌を

このチャック・ベリーの「Back in the U.S.A.」に変えるのは

いつだろう?






2026年10月28日水曜日

「仮想現実的」


 

 

死について

ほとんどの人間は

まったく

真相を

把握できていない

 

死ぬ時

なにが起こっているのか

 

多くの人が持ちがちな

不確かな死の観念によれば

肉体から霊魂が抜け出し

肉体が属していた物理的領域から離れ

霊魂だけの活動場の法則に

以後は従う

とされがちである

 

物理的世界や

肉体領域の法則に束縛され続ける意識が

おのずと作り上げがちな妄想の集大成である諸宗教や

生活習俗から

こうした死の観念は発生してきやすい

 

しかし

肉体から霊魂が抜け出すというイメージ自体が

すでにきわめて物質的であり

物質性を持たないはずの霊魂の説明には

適切ではないし

「霊魂」とひと言で言ってしまう実体についても

ルドルフ・シュタイナーや

オカルトのその他の流派では

幾層もの区別の存在を指摘している

彼らとても

霊魂の説明については

きわめて物質界的な表現をしており

霊魂の本来の性質にふさわしい説明の方法は

まったく確立していない

それも当然で

言語や思考自体が物質的なものであり

物質的なもので非物質的なものを把握しようとする際には

唯一比喩的なアプローチをする他ない

イエス・キリストはつねに比喩を用いて教えたが

人界の言葉を用いるかぎりにおいて

どうしてもそのようになる

しかし比喩は

一度用いはじめると

比喩の世界に絡みついている多義性の宿命を

全力で発揮しはじめる

キリストなどが用いた比喩を

真意に近く理解できるようになるには

解釈者の側に同レベルの経験と理解力がなければならないが

それは結局

解釈者のほうでも

キリストと同じレベルに

達していなければならないことを意味する

比喩による伝達は

同レベルの発し手と受け手による対話ということになる

 

死とはなにか

 

肉体を霊魂が抜け出る

といったイメージのものではまったくなく

そもそも

肉体とか霊魂とかを分けてイメージしようとする

意識の判断装置そのものの消滅である

と捉えることから始めたほうが

いいかもしれない

 

じつは

肉体も霊魂もなかったのであり

肉体界や物質界に意識があると信じ込んでいた時にのみ有効

であった

仮の世界把握イメージであった

と

 

肉体をも霊魂をも創作していた運動体があり

その運動体が

それまで使い慣れてきた肉体や霊魂のイメージを手放して

イメージなき運動へ進む瞬間を

おそらく死と呼んだほうがよいだろう

と

 

現世の側

いわゆるこの世の側に残っている者から見れば

だれかの死の時

そこには死体が残り

死体を置いて霊魂はどこかへ去ってしまった

と見えるが

物質によって視界が構成される現世やこの世は

遠い恒星の光を受けとめるのに似た

そもそも非常に遅れた印影によって構成されているスクリーンであり

見方を変えれば

現世やこの世こそが

むしろ死の領域そのものである

と

 

死にも似た

眠りから目覚める時にも

はたして本当は

なにが

起こっているのか

 

起きている時に

すべてのものの基本ベースと捉えられがちな現実は

現実用に意識が再構成される時にのみ立ち上がる画面内の映像に

過ぎないのではないか

 

現実

という仮想現実に

いつまでも素直に騙され続けていく生き方を

多くの文化において

「現実的」と呼んでいるのは

哀れでもあれば

当然の帰結でもあり

皮肉であり

涙ぐましくもあり

真相把握からのあまりの乖離を思えば

悲惨だが

この世や現世で

「現実的」と呼ばれてしまいがちな思考や認識や言動を

とりあえずは

「仮想現実的」と呼び変えることからしか

より真の生の可能性は

来ないだろう

 

 

 

 


ひさしぶりに「レヴォリューション」


 

 

ふと

ザ・ビートルズの「レヴォリューション」を

聴いてしまった

 

懐かしい!

しかし

いまでも新鮮!

 

そうして

 

いかにも悪者っぽく黒ずくめになって

黒マスクして

黒フードまでかぶって

街の破壊や店の商品の略奪や

けちな火付けをし

ぜんぶを壊すと叫ぶのを

革命

とか呼んでいる連中の

ゴキブリ的湧き出しを見ていると

いよいよ

現在にふさわしい!

と

聞き惚れて

しまった

 

https://www.youtube.com/watch?v=BGLGzRXY5Bw

 

こんな歌詞だ

忘れていたでしょ?

ちょっと

聴き直しておこうよ

 

 

 

Revolution  

The Beatles

Written by Lennon-McCartney

 

 

Aah!

 

You say you want a revolution
Well, you know
We all want to change the world

You tell me that it’s evolution
Well, you know
We all want to change the world

 

But when you talk about destruction
Don’t you know that you can count me out

 

Don’t you know it’s gonna be
Alright
Alright
Alright

 

You say you got a real solution
Well, you know
We’d all love to see the plan

You ask me for a contribution
Well, you know
We’re all doing what we can

 

But if you want money for people with minds that hate
All I can tell you is, brother, you have to wait

 

Don’t you know it’s gonna be
Alright
Alright
Alright

 

You say you’ll change the constitution
Well, you know
We all want to change your head

You tell me it’s the institution
Well, you know
You better free your mind instead

 

But if you go carrying pictures of Chairman Mao
You ain’t going to make it with anyone anyhow

 

Don’t you know it’s gonna be
Alright
Alright
Alright

Alright, alright
Alright, alright
Alright, alright
Alright, alright!

 

 

革命を望んでいる

 と

きみは言う

そりゃな

だれだって世界を変えたいもんな

それが進化ってもんだぜ

 と

きみは言う

そりゃな

だれだって世界を変えたいもんな

 

だけど

きみの言ってるのが破壊ってことだとしたら

ぼくを仲間には入れないでくれよな

 

まあ なんとかなるだろ

なんとかさ

なんとかさ

なんとかさ

 

真の解決策を見つけた

 と

言うわけか

きみは

そりゃすごいよ

プランを教えてくれよ

 で

貢献しろ

寄付をしろ

 と

要求してくるんだな

きみは

あのさあ

もう

ぼくらみんな 

できることをやってるよね

 

憎しみの心で動く連中を止めるための金を

きみが求めてくるんなら

ぼくが言えることは

立ち止まれ

ってことだけだ

 

まあ なんとかなるだろ

なんとかさ

なんとかさ

なんとかさ

 

憲法を変えるんだ

 と

きみは言う

やれやれ

ぼくらみんな

きみのアタマのほうを変えたいよ

制度が問題なんだと

きみは言う

そうかも知れないけれど

むしろ心を解き放ったらどうかね

 

毛沢東首席の写真を持ち歩いてるようじゃ

どうせ

誰ともうまくいかないだろうけどね

 

まあ なんとかなるだろ

なんとかさ

なんとかさ

なんとかさ

なんとかさ

なんとかさ

なんとかさ

なんとかさ

 

 

 


2026年10月27日火曜日

ふざけすぎた季節のあとで


 

 

 ふざけすぎた

 季節

 のあとで

 

と

『なごり雪』の

歌詞が

思い出され

懐かしく

なおも新しく

流れて

いく

https://www.youtube.com/watch?v=aGVwfSidMyg

 

去っていくもの

過ぎていくもの

終わっていくもの

壊れていくもの

 

いろいろ

あるが

崩壊のさま明らかな

あのフランスの惨状など

見ていると

 

 ふざけすぎた

 季節

 のあとで

 

という歌詞が

ひときわ

鮮烈に

思い出されてくる

 

社会主義が

可能であるかのように

信じ

振舞ってきた

ふざけすぎた季節の

終わり

 

富の分配が

可能であるかのように

演じ続けてきた

富裕層や政治屋たちの演技の

終わり

 

 すてきなことは

 みんな

 いつか終わるもの

 

という

村上春樹の『スプートニクの恋人』の中の

すみれのセリフも

思い出して

おこうか

 

孔子の

あの有名な述懐も

思い出して

おこうか

 

 逝く者は斯の如きか 昼夜を舎(お)かず

 

そして

清少納言の『枕草子』の

この書きつけも

 

 ただ過ぎに過ぐるもの、

 帆かけたる舟。

 人の齢。

 春、夏、秋、冬

 

繁栄を極めた平家の

滅亡にあたって

藤原定家は

 

 紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ

 

と

書いたもので

その顰みに

ならい

他国のことだから

ただ

滅びのさまを見ていればいい

とも

言えるが

国家として建て直すには

徹底して緊縮財政を行わねばならないのに

保障を手厚くされることに

馴れ過ぎ

さらにさらに

与えられることに

馴染み過ぎた

国民は

そんな政策を

受け入れるわけがない

 

思想の問題ではなく

経済の問題なのに

譲歩しない

 

だから

終わっていくしかない

 

とりわけ言論の激しい国ゆえ

後から後から

ソフィストが現われ続けて

百家争鳴や侃々諤々ならいいが

喧々囂々に至って

収まらぬまま

崩壊し尽くすしか

たぶん

ない

 

滅びの後を生きることに

秀でた日本人

むなしさを無常觀とし

わびしさを幽玄に昇華させ

さらに

侘び寂びとして

哀しみを

人生観の根本に据えるに至って

ひたすら

無を友とする

日本人には

いまや

世界中が

馴染みの親しい風景に

見えてしまう

 

世界人たちよ

川端康成のこの感慨を

共有しようでは

ないか

 

 戦争中、殊に敗戦後、

 日本人には真の悲劇も不幸も感じる力がない

 といふ、

 私の前からの思ひは強くなつた。

 感じる力がないといふことは、

 感じられる本体がない

 といふことであらう。

 敗戦後の私は

 日本古来の悲しみのなかに帰つてゆくばかりである。

 私は戦後の世相なるもの、風俗なるものを信じない。

 現実なるものをあるひは信じない。

 近代小説の根底の写実からも私は離れてしまひさうである。

 もとからさうであつたらう。

(『哀愁』)

 

 

 

*なごり雪(Nagoriyuki) - イルカ(Iruka)【1975年】

https://www.youtube.com/watch?v=aGVwfSidMyg