大推理作家ローレンス・ブロックLawrence Blockは
元アルコール依存症だった私立探偵マット・スカダーのシリーズが
なにより有名だが
ニューヨークで古書店を営む泥棒バーニイのシリーズもあれば
怪盗タナーや殺し屋ケラーのシリーズもある
バーニイのシリーズのうちの
『泥棒は野球カードを集める(The
Burglar Who Traded Ted Williams)』(1994)
では
バーニイのガールフレンドが
ネコを飼うことについて面白い説を述べている
ネコを飼うのは三匹が限度
というのだ
ネコを一匹飼う
問題ない
ネコを二匹飼う
問題ない
ネコを三匹飼う
問題ない
ところが
三匹飼うのと四匹飼うことのあいだには
重大な境界線がある
四匹目を飼うと
人は一線を越えて
「ネコおばさん」になってしまう
ネコを飼うことで人生をダメにした人たちを
けっこうたくさん見てきたので
この「四匹目からはネコ彼岸説」は
なかなかリアルに感じられる
ネコで人生がダメになった人たちは
人生をネコに根源的に損われながらも
ネコのおかげで人生が豊かになったとか
ネコがいない人生なんてそもそもあり得ないとか
ヘンな新興宗教的教義を持つようになってしまって
傍からなにか言おうとしても
人間のかたちをしたネコATMに成り切ってしまう
わたしとて15年ほどネコと暮らしたので
ネコ好き度は人後に落ちないつもりだし
いまだに異常なほどにネコに帯電してしまっているとは思うが
それでも人生で二度とネコは飼うまいと
断酒や禁煙や麻薬断ちした人たちのように
きっぱりネコ断ちして健全な市民生活を送っている
そういうわたしから見ると
一線を越えて四匹目のむこうへ行ってしまった人たちは
「臭う」のである
あまりに臭う
臭ってきてしまう
あのネコ臭が
ではなく
ネコに取り憑かれてしまった人の
存在論的な
ああ、もうダメになっちゃったんだな的臭いが
臭う
じつは
わたしこそネコなので
ネコになってしまっているので
どこのどんなネコよりもわたしこそが真のネコなので
(観察してみたまえ、あらゆるネコたちはみな唯我独尊である!)
ネコATMにはピンと来てしまう
嗅ぎつけるのである
ニャアとなってしまうのだ
そういう部分を隠して
人界に紛れ込んでいるのも
なかなか
技術も努力も精神力も忍耐力も要るもので
ここのところが
平気でネコを晒している世の凡百のネコどもとは
わたしが違うところである