2026年8月10日月曜日

海に入って波を受け続ける


 

       風が立つ! ……生きなきゃな!

       無限の大気のなかで、ぼくの本が開いたり閉じたりしてる

       波だって岩場から吹き上がって飛び散って行ってるぞ!

      さあ飛び立って行け! ぼくの本のページたち! 

     この輝きの中でくらくらになりながら!

     ポール・ヴァレリー『海辺の墓地』

 

   “Le vent se lève! . . . il faut tenter de vivre!
    L'air immense ouvre et referme mon livre,
    La vague en poudre ose jaillir des rocs!
    Envolez-vous, pages tout éblouies!

         Paul Valéry, Le Cimetière marin

 

 


 

ひさしぶりにひとりで海に出て

腰ぐらいまでの水深のところや

時には胸元まで浸かる程度のところで

まるまる2時間ほど

海水浴をしてきた

 

海に来ると

もっと深いところまで行って

数時間ずっと浮いていることが多いのだが

台風の影響で波が高めなので

あまり沖に出るなと

ライフセーバーが注意喚起している

ひさしぶりの海水浴でもあるので

波に飲まれない程度の浅みに止まることにした

 

海に入って浸かっているというのは

ただそれだけのことでも

やはり多くのことを思い出すし

学び直す

 

続けて寄せ来る波を

あまり激しく身に受けないように

身体を横にしたり

背を向けたりをくり返すが

あまりに平らに背で波を受けると

波は大きく粉砕して

かえって頭に大きく水を受けることになるので

背をすこし丸めるとか

やはり身を横向きにするとか

工夫が必要になる

そんなことをくり返し続けていると

海で波を受け続けるのは

やはり人生のようだと思えてくる

 

ふつうに街生活を続けていても

海では波がくり返し寄せてくることぐらい

誰でもわかっているし

想像がつく気がしている

しかし実際に海に入って波を受け続けると

波というのはこれほど無限に

性懲りもなく寄せ続けるものだと体験し直し

波というものの本質を

街生活のなかでは忘れていくものだと

はっきりとわかり直す

 

波にはたしかにパターンがあって

似たような盛り上がりかたをしたり

似たような崩れかたをするものが多いが

それでもパターンには幾種類かあって

ひとつの波でも崩れのはやい個所もあれば

崩れの遅い個所もあったりして

海水の中に浸かって

それらの波を絶えず無難にやり過ごす身になってみると

崩れの遅いところに身を移して

受ける飛沫をすこしでも減らす工夫が

けっこう重要になってくる

こうしたところも

やはり人生のようだと思えてくる

 

ライフセーバーに見とがめられないように

安全に配慮して腰から胸元までの水深のところにいると

じつはいちばん波が立つ場所にいることになるのだが

それでも時どき

波が立たなくなる時がある

大きめの波がいくつか過ぎていった後は

ほんのすこしだけ波の立たない平穏な時間が訪れる

ずっと海水に浸かっていると

それがどんなに貴重で不思議な時間か

よく感じとれてくる

そんな時にはプールでやるように

のんびりした気分で平泳ぎをしてみたり

肺に空気を溜めて空を向いて浮かんでみたりする

こんな瞬間も

やはり人生のようだと思える

難事や面倒事のあいだにわずかに訪れる

ほんのすこしの凪の時間こそ

変転ばかりの無常のこの世での特権的な静寂と瞑想の時だが

海に浸かって似たような瞬間を経験すると

世界や宇宙の構造が凝縮して理解されてくるように感じる

 

それにしても

夏の海岸に行って暑さも日射も物ともせずに

むしろそれらを楽しんで求めていく人たちの中にいると

最高に心地よいのは

暑さや汗を嫌う街人たちの声にも顔にも触れないで済むことだ

夏の街や住宅街や駅や商店街には

夏の暑さや汗を嫌ってこれでもかと気難しい不快そうな顔をし

「ああ、暑い!」

「本当に嫌になる!」

「夏は大嫌い!」

「クーラーがないと生きていけない!」とか

暑さや汗や疲れへの呪詛だけをまき散らして生きている人びとで

埋めつくされている

そんな人びとがまったくいない炎天下の砂浜が

どれだけ精神的によい環境かは

やはりひさしぶりに行ってみて再発見された

 




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