風が立つ! ……生きなきゃな!
無限の大気のなかで、ぼくの本が開いたり閉じたりしてる
波だって岩場から吹き上がって飛び散って行ってるぞ!
さあ飛び立って行け! ぼくの本のページたち!
この輝きの中でくらくらになりながら!
ポール・ヴァレリー『海辺の墓地』
“Le vent se lève! . . .
il faut tenter de vivre!
L'air immense ouvre et referme mon livre,
La vague en poudre ose jaillir des rocs!
Envolez-vous, pages tout éblouies!
Paul Valéry, Le
Cimetière marin
ひさしぶりにひとりで海に出て
腰ぐらいまでの水深のところや
時には胸元まで浸かる程度のところで
まるまる2時間ほど
海水浴をしてきた
海に来ると
もっと深いところまで行って
数時間ずっと浮いていることが多いのだが
台風の影響で波が高めなので
あまり沖に出るなと
ライフセーバーが注意喚起している
ひさしぶりの海水浴でもあるので
波に飲まれない程度の浅みに止まることにした
海に入って浸かっているというのは
ただそれだけのことでも
やはり多くのことを思い出すし
学び直す
続けて寄せ来る波を
あまり激しく身に受けないように
身体を横にしたり
背を向けたりをくり返すが
あまりに平らに背で波を受けると
波は大きく粉砕して
かえって頭に大きく水を受けることになるので
背をすこし丸めるとか
やはり身を横向きにするとか
工夫が必要になる
そんなことをくり返し続けていると
海で波を受け続けるのは
やはり人生のようだと思えてくる
ふつうに街生活を続けていても
海では波がくり返し寄せてくることぐらい
誰でもわかっているし
想像がつく気がしている
しかし実際に海に入って波を受け続けると
波というのはこれほど無限に
性懲りもなく寄せ続けるものだと体験し直し
波というものの本質を
街生活のなかでは忘れていくものだと
はっきりとわかり直す
波にはたしかにパターンがあって
似たような盛り上がりかたをしたり
似たような崩れかたをするものが多いが
それでもパターンには幾種類かあって
ひとつの波でも崩れのはやい個所もあれば
崩れの遅い個所もあったりして
海水の中に浸かって
それらの波を絶えず無難にやり過ごす身になってみると
崩れの遅いところに身を移して
受ける飛沫をすこしでも減らす工夫が
けっこう重要になってくる
こうしたところも
やはり人生のようだと思えてくる
ライフセーバーに見とがめられないように
安全に配慮して腰から胸元までの水深のところにいると
じつはいちばん波が立つ場所にいることになるのだが
それでも時どき
波が立たなくなる時がある
大きめの波がいくつか過ぎていった後は
ほんのすこしだけ波の立たない平穏な時間が訪れる
ずっと海水に浸かっていると
それがどんなに貴重で不思議な時間か
よく感じとれてくる
そんな時にはプールでやるように
のんびりした気分で平泳ぎをしてみたり
肺に空気を溜めて空を向いて浮かんでみたりする
こんな瞬間も
やはり人生のようだと思える
難事や面倒事のあいだにわずかに訪れる
ほんのすこしの凪の時間こそ
変転ばかりの無常のこの世での特権的な静寂と瞑想の時だが
海に浸かって似たような瞬間を経験すると
世界や宇宙の構造が凝縮して理解されてくるように感じる
それにしても
夏の海岸に行って暑さも日射も物ともせずに
むしろそれらを楽しんで求めていく人たちの中にいると
最高に心地よいのは
暑さや汗を嫌う街人たちの声にも顔にも触れないで済むことだ
夏の街や住宅街や駅や商店街には
夏の暑さや汗を嫌ってこれでもかと気難しい不快そうな顔をし
「ああ、暑い!」
「本当に嫌になる!」
「夏は大嫌い!」
「クーラーがないと生きていけない!」とか
暑さや汗や疲れへの呪詛だけをまき散らして生きている人びとで
埋めつくされている
そんな人びとがまったくいない炎天下の砂浜が
どれだけ精神的によい環境かは
やはりひさしぶりに行ってみて再発見された
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