2021年3月3日水曜日

あ そういえば この頃 ドーデ、読んでないなあ

  

 

ときどき

トンデモ映画特集を

個人的にひとりで組んでみるような

感じに

陥る

陥ってしまう

 

わざわざ企画するわけでもないのだが

なぜだか

トンデモ映画連続視聴

という現象が起こってしまう

時がある

 

『ディラン・ドッグ:デッド・オブ・ナイト』

『パーフェクト・ワールド 世界の謎を解け』

『ヘルボーイ』

『帝都物語』

と並んで見てしまった時は

さすがに参った

どれもとんでもないクソ映画で

構想時点での発想には面白いものがあるが

それぞれに

制作中にヘタレが起こってしまって

30分を越えて60分に達するあたりで

もうもうもう

つまらない連中と乗り合わせてしまった長距離ドライブみたいにな

 

クソ映画なのに

馬鹿力を出して推進させていく『ヘルボーイ』の根性には恐れ入ったが

悪魔の魔女ニムエを演じたミラ・ジョボビッチの美しさに

多分に救われていたからこそ

まァ

見終えられたのかな

と思える

ロシアのSF映画『パーフェクト・ワールド 世界の謎を解け』は

発想自体は飛び抜けて面白かったのに

だんだんと創造が歪んでめっちゃくちゃになっていくのは

むかし遊園地にあった歪んだ部屋のアトラクションの

物語構造ヴァージョンといえる

そういう物語論的破綻をこそ楽しみたい観客には

これはこれでいいのかもしれないが

 

天才実相寺昭雄の監督した『帝都物語』は

名だたる俳優たちを取りそろえながらの沈没ぶりがまことに

まことにまことにまことに残念な映画で

実相寺ファンは彼のものならどの部分をも絶賛し

ハイル!実相寺!

文章もたくさんまき散らされているものの

ダメ映画はやっぱりダメ映画である

荒俣宏の原作小説を読まないかぎりは

なぜ魔人加藤保憲が東京破壊をもくろむのかわからないし

なぜ平将門の怨霊を目覚めさせて破壊しようとするのか

ほかにも使えそうな怨霊などいろいろありそうなのに

有名どころを安易にひとり使っただけじゃないのか?

などと不満が嵩じてくる中で

平将門の出し方も湿った花火ふうだし

石田純一演じる辰宮洋一郎の霊能がなんだかよくわからないし

荒俣宏の小説をやはりいい加減に映画化しようとして

ずいぶん金を使って役者を揃えて細かい細工を施したのに

がんばり過ぎて大見得を切ったはいいが

あれこれの物語や演出の糸をついに適切に調整できないまま

創造力が途中で萎えて電池切れになってしまった感じで

威勢ばかりよくて外面はずいぶん大がかりに張っただけに

なんとも哀れきわまる

まことにまことにまことに残念な映画であった

 

実相寺昭雄はクラシック好きでもあったから

ワグナーの『ラインの黄金』だの

マーラーの『復活』だの

ヨハンシュトラウスの『こうもり』だのを

大友直人に指揮させて

大道芸やお化け屋敷さながらのトンデモ映画に当ててくるのはわかるが

全編『ウルトラマン』ばりでしかない

いやテレビ版『悪魔くん』ばりでさえあるトンデモ映画に

クラシック音楽を付けてみましたが凄いでしょう?

とか言われてもやっぱり困ってしまうわけで

実相寺ファンがすかさずそういうところも褒めまくるとしても

コッポラが『地獄の黙示録』の中で

南ベトナム解放民族戦線の拠点への武装ヘリコプターの機銃掃射場面に

『ワルキューレの騎行』を大音量で流したほどには合っていないし

キューブリックの『シャイニング』冒頭の

ベルリオーズがアヘンを吸いながら作曲した

『幻想交響楽』第五楽章「怒りの日」の

ウエンディ・カルロスによるアレンジ版の使用ほども合っておらず

もちろんヴィスコンティの『ヴェニスに死す』冒頭における

マーラー第五番第四楽章アダージェットの極めつけの使用例などと

比べようとするのがそもそもどうかしていて

不遜の極みというものでもある

 

実相寺昭雄が面白い凄い人だったというのは

多くの伝説が残っているから

それはそれでいいのだが

どうも1980年代のあのノリが

日本の隅々でもはや本当の本当に壊滅し去ったということだけは

はっきり認識しておかないと

怨霊どころか

亡霊にもなれないのではないかと思えてならない

 

とはいえ小さなあれこれには

細かな創造的な小細工がいっぱいあって

ロボット「學天則」を作った博士として作中に出てくる西村真琴博士は

東野栄治郎の次の『水戸黄門』をテレビで演じた西村晃が演じているが

北海道帝国大学教授西村真琴博士は実在の人物であるばかりか

現実に日本初の人間型ロボット「學天則」を作っており

さらには俳優の西村晃は真琴博士の実の次男であるというところに

実相寺昭雄の小憎らしい悪戯心満載の埋め込みがなされている

ちなみに西村晃は戦争中に学徒動員で徴兵され

第十四期海軍飛行予備学生となり

戦争末期には徳島航空隊の特攻隊員となったが

特攻作戦の出撃機のエンジン不良で基地に帰還して生き延びた

ここで生き延びたからこそのテレビ版『水戸黄門』であったのであり

月形龍之介や東野栄治郎に次ぐ第三の水戸黄門俳優たり得たのであ

この時の特攻隊員の戦友が裏千家第十五代家元の千玄室で

彼らの特攻隊員の友人たちはふたり以外はみな死んだという

西村晃は七十四歳で亡くなったがもちろん葬儀委員長は千玄室だっ

ちなみに西村晃の前の水戸黄門役者だった東野栄治郎は

築地小劇場のプロレタリア演劇研究所第一期生から始めて

東京左翼劇場から新築地劇場に移って

治安維持法違反で検挙されたり俳優座を立ち上げたりと

一本も二本も筋の通った骨のあり過ぎる俳優であった

東野栄治郎といっしょに俳優座を立ち上げた千田是也がまた凄くて

関東大震災の際に千駄ヶ谷で朝鮮人と間違われて殺されそうになったから

「千駄ヶ谷でコーリア」をもじって名を千田是也としたとか

いや実は先輩俳優の土方与志が「朝鮮とコーリャン」をもじったとか

そんなところから始まって

ドイツの演劇学校に留学して卒業後にドイツ共産党に入党するとか

小林多喜二の作品『一九二八年三月十五日』などをドイツ語に訳すとか

虐殺された小林多喜二の遺体を引き取りに行ったりなどするわけで

スケールがずいぶんと世界的規模な人であり

ベルトルト・ブレヒトを翻訳紹介するには

そりゃア打って付けの人だったろうと納得させられる

 

まア

実相寺昭雄をベースにすると

すぐにこれぐらいの網の目が爆発を起こすわけで

この人物が

ひとつの豊かな配電盤や

トランジスターや半導体のようなものであることに疑いはなく

読書家で本はページをめくるだけですべて暗記したといわれる天才肌で

早稲田大学第二文学科フランス文学専修在学中に

国家試験合格をして外務省勤務し

その後ラジオ東京に移って実相寺マジックの展開の人生を送り

長編映画第一作『無常』でロカルノ国際映画祭グランプリを受賞し

カンヌ映画祭は自前のフランス語でくぐり抜け

音楽やオペラ好きからドイツ語もよくわかり

映画テレビドラマCMはもちろん小説エッセーまでたくさん残した

この奇妙な人物に触れるとあちこちの才子や有名人たちに

終わりもなく関わり続けていくことになるが

だからといって

だからといって

『帝都物語』という映画が

とんでもないにもほどがあるトンデモ映画であるのはいいとしても

あわれなあわれな残念至極の大失敗作のつまらない映画であったことは

やはり

80年代のあのノリがすっかり吹き過ぎ去った今

忘れるわけにはいかない

 

人をクサして銭儲けをする評論家であるということでもないので

だからナアニ?

ということでもある

 

今となっては大失敗作のつまらない映画であっても

べつに

ドーデもいいのである

 

そういえば

この頃

ドーデ、読んでないなあ

 

アルフォンス・ドーデ

あの梅毒病みの

ドーデ

『最後の授業』の

ドーデ

『月曜物語』の

ドーデ

『タルタラン・ド・タラスコン』の

ドーデ





2021年3月2日火曜日

ニャ

  

ごく親しい人とは

じつは

あまりにほんごを使っていない

ニャアニャアばかり

言っている

だいたいの意思疎通は

ニャアニャア

で足りるのであるからして

ニャアニャア

なのである

ニャアニャア

 

以前も書いたが

ムカついた時には

ニャンたることかニャア!

と発語すると

たいてい収まる

けっこう怒った時も

ニャンともニャア!

と言えば

ほとんど収まる

このふたつで収まらない怒りや

動揺というのは

めったにないといってよい

ニャンたることかニャア!

ニャンともニャア!

かなり強力で

マントラとしてイケると思う

確信しておる

 

ネコだというわけではないし

ネコをマネしているのでもない

連中のもの言いは

聞いてればすぐわかるが

はるかに素っ気ない

だいたい

ニャ

ぐらいで終えている

こっちが

ニャアニャア呼びかけても

返してくるのは

ニャ

である

達人の域に達しているから

駄弁を弄さないのである





この象徴をただ体験せよ


 

 

ユングの象徴概念を

マレイ・スタインがパラフレーズする記述を通して

ひさしぶりに再考しているうち

日本国憲法の「天皇」条項を思い出した

 

マレイ・スタインの記述をまず見ておこう*

 

象徴はリビドーの最も重要な組織者である。

ユングの象徴という言葉の使い方は精緻である。

象徴は記号ではない。

読まれ解釈されても記号の意味はまったく失われることがない。

停止の記号は「停止せよ」という意味である。

しかしユングの考えでは、象徴は、意識には理解できない何か、

あるいは現在の段階ではいまだ理解できない何かの、

可能なかぎり最良の表現なのである。

象徴の解釈は、象徴の意味をより理解しやすい語彙や

一連の用語に翻訳する試みである。

しかし象徴におきかわることはできず、

象徴はその伝える意味の最も優れた表現であり続ける。

象徴は人に神秘を啓示する。

それらはまた霊の要素と、イメージおよび衝動という本能の要素とを

組み合わせる。

この理由のために、高揚した霊的状態とか神秘体験の叙述は

しばしば栄養摂取とセクシュアリティのような

身体的・本能的な満足と関わっているのである。

神秘主義者は、神との結合のエクスタシーを

オルガズム体験として語る。  

おそらく、そのとおりなのだ。

象徴の体験は、強力で説得的な全体性の感情の中で、

肉体と魂を結合させる。

ユングにとって象徴がかくも重要なのは、それが

自然のエネルギーを文化的で霊的な形に変容させる能力ゆえである

 

そうして次に

日本国憲法の天皇条項

 

第1章 天皇

第1条

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、

この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

 

ユング=マレイ・スタイン的に見れば

日本国の象徴であり

日本国民統合の象徴である

天皇は

意識には理解できない何か、

あるいは現在の段階ではいまだ理解できない何かの、

可能なかぎり最良の表現

であることになる

これを解釈しようとして

より理解しやすい語彙や

一連の用語に翻訳する試みをしても

いかなる言語表現も理性的探求も

これにおきかわることはできず

象徴としての天皇は最も優れた表現であり続ける

国民であろうと

外国人であろうと

天皇に意識を向ける者たちは

象徴である天皇を体験することしかできず

分析も解釈も翻訳も

もちろん批判もできない

 

天皇を象徴とした日本国憲法は

決定的な魔法の城塞であることがわかる

理性と言語は

この城塞を解くことはできない

この象徴をただ体験せよ

天皇をただ経験せよ

と象徴の本源的な力によって命じ続けているのが

日本国憲法である

 

 


 

*マレイ・スタイン『ユング 心の地図』(入江良平訳、青土社、1999)p.117

Murray Stein Jungs Map of theSoul : An Introduction, 1998





覚醒時意識 夢意識 発話時意識 記述時意識

 

 

夢を見ている際にも意識があるが

誰でもわかっているように

その意識は覚醒時の意識とは違っている

違ってはいるが同じ部分も多く

そのために覚醒時にも

夢の中で展開されていた意識内容を

かなりの歪みを伴いつつも

ある程度は取り出すことができる

便宜上夢の中での意識を呼ぶのに

夢意識と呼んでもいいかもしれない

 

そもそも夢の中で機動する自我は

覚醒時に機動している自我とは異なっている

私は夢の中で亡霊だったこともあるし

鼠や他の動物だったこともある

ふつうの人間とは違う動物や生物の自覚があって

しかし思考する時や行動する時には

覚醒時の意識が慣れている言語を用いる

そうした言語を夢の中の脳内で使用しているため

覚醒時にも夢の中での経験が

言語化されうるかたちで伝送できる

 

意識のことを考えようとすると

不変の意識状態がつねにあるものと考えがちで

それが覚醒時には覚醒時なりの動き方をし

夢を見ている時にはそれなりの動き方をすると

自然に考えようとしてしまう

しかし不変の意識状態がそもそも存在せず

覚醒時と夢見時との意識はすでに別種のものとして

最初から考え直す必要もあるかもしれない

覚醒時意識と夢意識といった概念で考察するならば

それだけで見え方は大きく変わりはじめる

 

言語を用いる時にいつも感じてきたのは

発話の際にも文字並べの際にも

意識は単なる覚醒時意識ではなくなることだ

特に文字を記していき続ける時

ふだんの意識では見えない/わからないものが

どんどんと視野に入ってくる経験はないだろうか

文字並べが魔法の類や麻薬使用の類なのだと

私はたびたび記してきたが

これは大げさな馬鹿げた表現でもなければ

妄想を拡大してフィクション化しようとするものでもない

 

覚醒時意識があったり夢意識があったりするように

発話時意識というものがあり

記述時意識や文字並べ時意識というものがある

本来実体を持たず空虚な器や指示でしかない

言葉という象徴を他者とのやりとりなしに用いる時に

単なる覚醒時のものとは異なる魔界が開かれる

象徴は記号とは全く異なっていて

ユングによるならば「意識には理解できない何か」*であり

「現在の段階ではいまだ理解できない何かの

可能なかぎり最良の表現」である

 

 



*マレイ・スタイン『ユング 心の地図』(入江良平訳、青土社、1999)p.117

Murray Stein Jung’s Map of theSoul : An Introduction, 1998





2021年3月1日月曜日

平行時間のいくつかの流れの中では

  

1998年8月11日朝

新宿駅へむかうべく

下北沢駅から乗った小田急線車内で

自分にとっての理想を完全に体現した女性に

わたしは出会った

 

30歳ぐらいの年齢で

赤ん坊を抱いていた

人妻なのだろう

しかし

顔も体つきも

身振りやしぐさの雰囲気も

これ以上はあり得ないほどの完璧さで

わたしの理想そのものとなっていた

 

というより

この女性を目の前にしたことで

はじめて

じぶんの内にこういう理想像が眠っていたことに

気づかされたのだった

 

もちろん

声などかけられない

赤ん坊を抱いた若い母親に

これからあなたと生きていきたい!

などとは

頼むわけにはいかない

 

しかし

こういう瞬間が起こったことで

人生の泉から

新鮮な水をじかに汲めた気がした

ときどき気づかされるように

人生はやはり

わたしの読み解けない謎の裏地の上に

縫い上げられているのだ

 

新宿駅に着いて

もちろん

この若い母親の後など追わぬまま

わたしは中央線ホームの先頭のほうに向かい

そこで歌人の坂本久美と落ちあって

ともに東京駅へ向かった

11時30分発の踊り子号185号6号車に乗って

川津温泉のリバーサイド川津へ向かった

石油業界の父を持つ坂本久美は

石油健保の保養所だったこの宿にわたしを

伴ってくれたのだった

 

川津温泉会館まで歩いて

温泉に入ったり周辺を歩いたり

他の日には

下田をながながと歩いて観光したりしたが

わたしは一時も

小田急線内で出会った女性のことを忘れなかった

あの女性の顕現によって

わたしの意識は完全に変質してしまい

それまでの日常には

もう戻れなかった

いっしょにいる坂本久美の姿も

ともに見る伊豆の風景も

料理のあれこれも

温泉の湯の揺れや湯気の流れも

とうの昔に過ぎ去ってしまった過去の

臨場感がありはするものの

思い出を構成する映像の

長いひとまとまりのシークエンスの流れに

過ぎないようだった

 

誰かと待ちあわせすると

よく

このような予期もしない出会いが

わたしの生には起こる

1998年の8月11日の場合

わたしは約束どおりに坂本久美と行動をしたが

そうしないで

出会った未知の人のほうを選んだことも

多かった

 

わたしが放り出した人たちが

平行時間のいくつかの流れの中では

世界のあちこちで

いまだに

わたしを待っていたりする





文字塊

 


字数も少なければ

行数も少ない

一見すると自由詩形の文字塊は

生活上の便宜的な装置である自我の部分的な鏡でもあれば

意識の配電盤ともいえる

変圧器ともいえるし

情報の交わるスクランブル交差点ともいえる

 

いずれにしても

文字配列者のための当座の小さな器機であって

それ以上のものと思えば間違う

偶然にそれ以上の効果を持つ場合があるとしても

文字配列者には

その効果は

どうでもよい派生的なものでしかない







渋谷東急文化会館


 

 

渋谷東急文化会館の一階にあった喫茶店は

「フランセ」ではなかったか

格別の注意をして思い出すでもなしに

ぼんやり思ってきたが

「ユーハイム」だったらしい

 

しかし

文化会館のとなりには

やはり

「フランセ」があったというから

そちらの名前が印象に残って

記憶の中で会館の一階に移動したのだろう

 

1980年代と90年代はわたしには渋谷の時代で

住んでいた下北沢周辺と渋谷だけで

たいていの用は足りていた

毎日のように見る風景の一部を

東急文化会館が占めていた

 

天文少年だった子どもの時には

八階の五島プラネタリウムが憧れの場所だったが

それ以外ではあまり馴染みのないビルではあった

80年代も90年代も

会館には行くべき店もなかったので

ほとんど馴染みはなかったが

あのビルの前で待ちあわせをするのは便利だったので

意識の中では欠くことの出来ない指標ではあった

 

いちど「ユーハイム」で

エレーヌと長くおしゃべりしたことがあった

まだ一緒に住む前で

魂や霊や超常現象や神秘主義の話をするうちに

閉店時間になった

そのような話で何時間も同じ店にいて

やはり閉店時間までいたのは

渋谷パルコの愛山通り側の「マ・シャトレーヌ」もそうで

シャトレーヌは女城主や大別荘の女主人という意味だと

フランス人の彼女から教わった

 

建物とともに

東急文化会館の「ユーハイム」も

パルコの「マ・シャトレーヌ」も

もう消滅しているので

わたしが意識を向ける時に開扉してくれるわたしの記憶だけが

これらを所有保管している

物質的な痕跡を失い

時間的な束縛からもすっかり解放されても

なおも記憶のうちに存在する情報は物語や図像の領域にのみ属する

こうして物語ははじまる

物質界と時間界から放擲されたところから

物語と図像は本当にはじまる

 

東急文化会館の前で

2001年4月28日21時30分

歌人で書家の坂本久美と待ち合わせをした

放送作家やニュース短信の仕事もしていた坂本は

時間を問わず原稿書きに追われていて

ノート型とはいえ重いパソコンをリュックに入れてきていた

学生時代にバレー部の選手だった大柄な彼女が疲弊し切っていた

簡単な食事がいいというので大戸屋で定食を食べ

時間もあまりないがその後オレンジジュースが飲みたいというので

モスバーガーに入って少し話そうということになった

しかしジュースを飲みながらしばらく話すうち

疲れて気分が悪いのでもう帰ることにすると言い出し

また今度ゆっくり話したいから連絡する

今日がせっかく時間をとってくれたのにゴメンなさい

ということになって

疲れ過ぎていて電車では帰れないからと

大通りに出てタクシーを拾って帰っていった

 

それ以降

坂本久美からの連絡は絶え

数年後

共通の知りあいから

坂本久美は進行のはやい胃癌で2001年に死んだ

と聞かされた