2021年3月12日金曜日

池のほとりのベンチに座って

  

梅の花も

もう

すっかり終わってしまった

 

これからは

ぐんぐんスピードを上げて

盛りにむかっていく

春だ

 

池のほとりのベンチに座って

パンをふたつ食べた

 

池のまんなかでは

鴨たちが

羽づくろいをしたり

潜って

餌をさがしたりしている

 

大きな

薄い金色の鯉が

こちらにむかって来たので

おおい!

ここまでおいでよ!

と心で呼びかけてみたが

途中で逸れて

むこうのほうへ

泳いでいってしまった

 

あの鯉

呼びかけは

心に

聞こえていただろうに

きっと

おもしろいなにかを

むこうに

見つけたのに

ちがいない





辛夷の花のかおり

 

 

高いところで

辛夷の花は

咲いていることが多い

 

めずらしく

背の

届くところまで

下りてきている枝があったので

折らぬように

もぎ取らぬように

そっと引き寄せ

花を嗅いでみたら

高雅な

と言ってよい

芳香だった

 

長いあいだ

毎年毎年

辛夷の花は見てきたのに

はじめてのこと

かおりを

嗅いでみたのは






2021年3月8日月曜日

テーバイのクラテス

 

 

まだ未定で

いろいろな案を検討中だそうだが

フランスでは

mRNAワクチン(つまり遺伝子組み換えワクチン)接種した者のみに

レストラン

バー

スポーツ施設

文化施設

などの使用を

許可する方向に進みそうらしい

 

接種しない者には

これら

すべてを禁じるというわけだ

 

ぼくは微笑む

 

レストラン

バー

スポーツ施設

文化施設

どれも

ぼくには

なくてかまわない

 

最低限の自炊ができて

水が飲めて

そこら

ごく狭い範囲を歩きまわれて

すでに持っている数万の

読むにはけっこう骨の折れる書籍を

朝から晩まで日々読むだけで

地上滞在の残り時間は十二分に埋まる

まさか17世紀18世紀から構築されてきた

個人の所有権に抵触するような

個人財産の書籍没収などまでは行うまい

仮にされたとしても

ぼくは自前でいくらでも物語を作ることができる

詩歌もどきも何万でも作ることができる

哲学書もいくらでも書くことができる

文字でなくても意識内に作りあげることができる

稗田阿礼さんに習った暗唱法だって知っている

空海さんに習った虚空蔵求聞持法だって知っている

まったく!!!!

じつを言えばすべての書物を取り上げられて

じぶんの頭から無尽蔵に出てくる言葉ならべだけに

残りの地上滞在期間は

没頭したいと思っているほどなのだ

 

ぼくは微笑む

 

レストラン!

バー!

スポーツ施設!

文化施設!

 

この数年

みずから進んで行ったのは

レストランと

ごく一部の

文化施設だけ

スポーツ施設に到っては

義務教育で行かされた時以来

たったの一度も行ったことはない!

だから

金と欲とセックスまみれの(選手たちに配るコンドームの数を見よ!)

オリンピックになど

一ミリの興味も好意もないのだ!

 

人間の生など

ただ本をじっくり読むためのもので

その反応から

無限に言葉ならべや文字ならべを続ければいいだけのもの

レストラン

バー

スポーツ施設

文化施設

などに

行く必要などまったくない

 

いや

いや

さらにいえば

本も要らなければ

文字ならべも要らない

あと30分後に息を引きとる人のように

いまを生きよ

 

このように

昔むかし

お懐かしいディオゲネス先生からも

習ったもの

 

そう

テーバイのクラテス

というのが

かつての

ぼく





つい数十年前までの常識どころか ついこの間までの常識が


月については

ロシアの科学者の過去に発表した論が

ふたたび注目されているらしい

かつてのルナ計画による

無人月探査で得られたデータ分析にもとづくもので

月が金属で覆われた巨大宇宙船なのだという論

 

月の大小のクレーターがすべて均一の深さだったが

これは大きな隕石が月に衝突しても一定の深さで止まることを示しており
自然現象としては有り得ないことや


金属の玉を月にぶつけてもやはり一定の深さで止まったが

その際に一時間以上

月全体が釣り鐘のように振動し続けたことや


遠隔操作の電動ドリルで

月の表面に穴をあけようにも堅すぎてあかず

その時採取された粉塵の成分を地球で分析すると

未知のチタンだったということや


さらには

月の表面の成分が

地球年齢の46億年よりも古かったということや


さらに

さらに

月のかたちが

自然界では有り得ない真円であることや

 

つい数十年前までの常識どころか

ついこの間までの常識が

ガラリとひっくり返ってしまうような時代になって
月ひとつとっても

いよいよ

こんな考え方が出てくるわけかと

しみじみ月を見上げながら

思ったりする

兎が餅つきをしているどころか

地球からグワッと分かれて宇宙に飛んでいった話さえも

否定されそうになっているのだ

 

まことに

まことに

つい数十年前までの常識どころか

ついこの間までの常識が

ガラリとひっくり返ってしまうような時代になって
聖徳太子なんていなかった

というのが

すでに学校教科書の記述なのだし

念には念を入れた治験を済まさないといけなかったはずの

ワクチン接種なんぞも

治験などちゃんとしないうちに

国や医師たちが大手を振って

平然と勧めてくるのだし





2021年3月5日金曜日

この国

 

ある有名な雑誌で

10年前の東日本大震災の特集を組んだら

読者からのアンケートには

「大地震のことなど見たくもない」

とか

「コロナでうんざりな時に大地震を取り上げるのは不愉快」

などとあったという

 

そんな人間たちの

この国

わけで

もう一発どころか

何度でも

お見舞いされることに

なるわナ

 

この国





あゝ来るなァ

  

大きめの地震が地底で蠢くときは

いつも

気絶するような眠気とダルさに襲われるタチなので

あゝ来るなァ

すぐにわかる

 

世界のどこの大地震でもそうなるが

ならないところもあるので

どうやら

日本の下と強く繋がっているところの場合に

体に受けとめるのらしい

 

立っていられないほど

どころか

椅子に座ってもいられないほどの

とんでもないダルさ

いつのまにか意識を失っているほどの

死のような眠さなので

すぐにわかる

生活などメチャメチャになる

 

きのうもそうだったので

あゝ来るなァ

思っていたら

夜にニュージーランド沖でM7.3

 

眠さとダルさは

いったん地震が起きると

収まるので

もう大丈夫か

と思ったら

床に就いているあいだに

ケルマディック諸島やニュージーランドで

M4からM8レベルの地震が

もう数えきれないほど起こっている

日本時間2:41M7.4

日本時間4:28M8.1

堂々たる大地震で

太平洋じゅうに津波警報さえ出ている

 

2011年3月の東日本大地震の前も

まずニュージーランドで大地震が起きて

日本人留学生がビル倒壊に巻き込まれ

せっかく英語の勉強に行っていたのにねエとか

日本と違ってニュージーランドのビルは耐震構造がなってないとか

他国のこととしてテレビマスコミはネタにしていたものだが

10年経ってみごとに同じパターンに嵌まり出している

 

あゝ来るなァ

もう

誰にでもわかるところに来ている

 

あゝ来るなァ

 

あゝ来るなァ





女が「心優しき男性たち」と書く時


 

 

公衆便所の覗き見は常習であったという

汚れるのなどものともせず

汲み取り口を開けて

女性の排便のさまを便所の底から

ねっとりしたまなざしで覗く

若い女とみれば尾行し

路地の奥へ追い込んで

女にむけて性器露出を試みる

 

これが

戦後文学の巨人

「野間宏」の

三高から京大時代の姿だった

『真空地帯』の

『暗い絵』の

『青年の環』の

「野間宏」の青年時代だった

 

こういう姿を明らかにした

『作家の戦中日記』(藤原書店)は

「野間宏」没後10年

を記念して刊行されたものだったが

すでに読まれなくなった「野間宏」から

二番煎じ

三番煎じの

最後の一滴まで搾り取って

すっからかんにしてまで

使い切ろうという

出版界や読書界の酷薄な商法だったように

見えてしまう

 

戦後文学の巨大な作家の

作家以前の学生時代の

1800枚に及ぶ青春煩悶記録は

すでに

「野間宏」ブランドの廃れた時期での刊行だったので

よほどの戦後文学趣味を持つ年嵩の読書家以外の興味は

もはや惹かない

湿った線香花火的イベントだったが

これは

逆に言えば

そうした奇特な趣味の年嵩の読書家さえも

どんどん死に絶えて消えていく時代にあって

「野間宏」という名で

企画を打て

わずかな銭を読書子から搾り取れる

さらにいえば

担当編集者が文化ネタを手柄にできる

最後の機会

でもあったかもしれない

戦後の何十年間

見上げるような戦後文学の巨人であった作家への

偶像破壊という隠された目的も

一見

「野間宏」のためのものであるかのようなこの企画には

込められていたもの

と思えてならない

もちろん

知の巨人や文化の巨人が

じつは性的異常者であって…的な暴露は

1980年代以降はカルチャーシーンの流行になっていたので

「野間宏」もそのメンバーとして登壇させようという

時流を見逃すまいという企画魂も

あったかもしれない

 

それにしても

1800枚に及ぶ『作家の戦中日記』は

友人たちから野獣と言われ

自身でも「淫らな変態性欲者」であったと自認する「野間宏」の

裏面を露わにはするものも

そういう面だけで1800枚が埋められているわけはないので

あえてその部分だけを抜き出して

『作家の戦中日記』を紹介する

河出書房(新社)編集者・田邊園子による扱い方も

なんとも意地悪なものだと

感じられないでもない

ひとりで「野間宏」他の戦後文学者を演出した

伝説的な文芸編集者坂本一亀から

「野間宏」担当を引き継いだ後輩編集者

なのだが

 

「彼が戦時中、思想犯として刑務所に入れられていたことは、輝かしく名誉な経歴ではあるが、わいせつ罪で何度も投獄されていたら、野間宏のイメージはまったく異なるものになる。彼は“人権擁護”を標榜する作家としての自分を、みごとに作りあげていたのだった」*

 

「野間宏」を世に出し作り出した坂本一亀は

この「淫らな変態性欲者」たる「野間宏」の一面を知らなかった

田邊園子はこれを伝えたかったようだが

この時には坂本一亀は重病で

同僚などの「心優しき男性たち」は伝えないほうがいい

と田邊を止めたらしい

 

「淫らな変態性欲者」たる「野間宏」の一面を

坂本一亀に伝えることを田邊に止めさせた男たちのことを

「心優しき男性たち」と書くところに

田邊の男性断罪を

見ておくべきか

どうか

 

戦争国家日本や

軍事的・官僚的管理国家日本を作ったのも

男たちだったかもしれないが

戦後の一見「平和主義」国家日本や

とりあえずの「民主主義」国家日本を

「人権擁護」や

「共産主義」を含めた「社会主義」や

「経済復興」などとともに

立ち上げたのも

男たちの

男たちふうの

男たちならではの

やり方

でしかなかったかもしれないと

田邊が

「心優しき男性たち」と書くところに

見ておくほうがいいのか

どうか

 




 

*田邊園子『伝説の編集者 坂本一亀』(作品社、2003/河出文庫、2018p.42