2021年10月14日木曜日

お馴染みになった理屈


 

「接種後に亡くなった」は

「接種が原因で亡くなった」じゃない

厚労省が言い出した

 

ほらほら

原発事故の後で

お馴染みになった理屈

A

Bというわけではない

 

あれ

 

当たり前

といえば当たり前

 

「接種後に亡くなった」

≠「接種が原因で亡くなった」

もちろん

論理的に正しい

 

「死者の咽頭から新型コロナウイルスが見つかった」

≠「新型コロナウイルスが原因で亡くなった」

同じように

 

「河野太郎の顔をゴルゴ13が狙撃し、その顔は、元のジャガイモのような醜い歪んだあばた面の様相以上に、さらにガンモドキの弾けたようになって崩れた」

≠「河野太郎はゴルゴ13に狙撃されて死んだ」

同じように

 

接種後の死亡事例は報告されているが

接種との因果関係があると判断された事例は現時点ではない

だそうだ

 

同じように

原発事故後の死亡事例は報告されているが

原発事故との因果関係があると判断された事例は現時点ではない

のであり続けるだろうし

 

同じように

原爆投下後の死亡事例は報告されているが

原爆との因果関係があると真に判断された事例は現時点でもない

のであり続けるだろうし

 

同じように

天皇と呼ばれる人体が設置され続けていると報告されているが

天皇の存在が日本国にとって重要だという因果関係があると判断された事例は現時点でもない

のであり続けるだろうし

 

「ある人体を天皇と呼ぶ人民が一部にいる」

≠「その人体が真に天皇と呼ばれるべき魂を宿している」

でもあろうし





移動できる自由をちょっと手に入れてみた草葉

 

 

叔父の葬儀の際

十数匹の鈴虫を寺から貰い

この秋は

ゆくりなくも

たっぷり

鈴虫の声を堪能できた

 

しかし

涼しくなり出すと

鈴虫というのは

はっきりと衰えを見せ出す

秋涼に敏感な草のようで

命の枯れ色を見せる

 

四十九日にまた寺を訪ね

叔父の納骨のことは

そこそこに

儀礼どおりに済ませて

鈴虫の礼を言い

ひとしきり

鈴虫の話となった

 

まだ三匹生きています

オスもいますが

もう鳴きませんね

そんなことを言うと

まだ生きてますか

寺のたくさんの鈴虫は

もうみんな死んでしまって

と聞かされた

 

コオロギと違って

か細い鈴虫は

なんだか

移動できる自由を

草葉がちょっと手に入れようと

わずかの期間

変身したような感じで

ちいさな草葉のように死んでいきますね

死骸が枯れ草のようです

 

そんなことを言ってみたが

伝わったか

どうか

移動できる自由を

ちょっと

手に入れてみた草葉

というイメージは

伝わらなかったかもしれない

 

卵の越冬は

そう神経質にならなくてもいいらしい

乾き過ぎないように

ラップでケースの上を覆って

温度も気にせずに

ほったらかしておく

と言う

 

うまくすれば

初夏に

卵から出てくるらしい

ちょっとは孵ってほしいと思うが

やけにいっぱい孵られても

手間が掛かりすぎる夏となろう

それも困るな

今から気にかかってくる




2021年10月13日水曜日

♪もう選挙なんか行かない

 

 

♪もう森へなんか行かない

というのは

むかし懐かしの

有名なフランソワーズ・アルディの歌だが

あれを口ずさみながら

もう選挙なんか行かない

うきうき

身もこころも楽しげに

最近よく

確認している

 

衆議院選挙があるそうだが

行かない

他人に

行くなよ

なんて言わない

人の趣味には口を出さない主義なので

行けばァ?

行きたければ

いいんじゃない?

行きたければ

 

7月にあった都議会選挙

馬鹿どもが

どいつもこいつも

猛毒ワクチン真理教を唱えていたので

あえて

投票に行かなかったら

味を

しめてしまったのだ!

驚くほど気持ちよかったのだ

身もこころも軽々!

というのは

こんなことを

言うのか

しみじみ思ったのだ!

 

もう

この国

共感できるところは

古典文学以外

ほんのちょっぴりもない

ちょっとは譲歩しようとか

ちょっとは忖度しようとか

思ってきたが

もう終わってしまった!

すべて終わってしまった!

 

べつに

他人が選挙行くの

ぜんぜん邪魔しませんから

行けばァ?

名前の連呼と

紋切り型の言葉の連鎖が

お好きなんでしょ?

行けばァ?

清き一票

大事な一票

昔の人々が勝ち取った選挙権

なんでしょ?

行けばァ?

行けばァ?

 

成人してから

選挙に行かなかったこと

じつは

一度もなかった

引っ越した際には

行政による選挙区の移行が遅くて

わざわざ電車賃を払って

長い時間をかけて元の住まいの区に行って

締め切りぎりぎりに投票したことさえあった

自分の一票が大事だと

公民の授業の実地の模範解答のような選挙行動を続けてきた

投票した候補者は一度も当選したことがなかったが

それでも投票はし続けてきた

 

しかし

今年は切れてしまったのだ!

驚くほどサッパリと

まるでなにもなかったかのように

選挙など端から馬鹿にしくさっていたかのように

もともと居留外人であるかのように

投票に行く

投票する

という気持ちが消えた

消滅!

雲隠れ才蔵!

 

選挙にまつわる

義務だの

権利だのという話については

たぶん

誰よりも熱弁を振るえる

革命考察が主要な関心事なので

民主主義への信仰は持っていないものの

理想的に機能した場合の

原理上の選挙の効果なら知っている

選挙民全員が然るべき政治学的・政治史的教養を持ち

日本がアメリカの属国でなく

世襲議員があらゆるところで権力を牛耳るのでなく

金金金のべったら漬け政治にちゃんと歯止めが効いて

ごく当たり前の正しいことを

素直に正しくやっていくのをよしとする

政治風土があるのならば

なるほど

選挙も悪くない

と思う

 

違うよね

でも

違うんだよね

この国

ぜんぜんなんだよね

ぜ~んぜんなんだよね

 

もう行かない

積極的に行かない

断々固として行かない

どれもマズそうな学食の定食の中から

ABCのどれにしようか

それともカレーにしておくか

掛け蕎麦にしておくか

なんて

アホみたいに迷うことに

もう時間を浪費しない

誰を選ぶべきかと思いながら

候補者の主張を見くらべたりなど

もうしない

せっかくの休みの日に

なにを着て投票所に行こうかと

ちょっと悩んで

雨の降っている時など

けっこう面倒な気分になって

そうしてまでして

わざわざ投票所まで出向いて行って

ユポ紙に鉛筆で

たいしてどころか

全く思い入れもない名前を

しかたなしに書くことは

もうしない

 

今年は切れてしまったのだ

すっぱり切れてしまったのだ

驚くほどサッパリ

まるでなにもなかったかのように

♪もう森へなんか行かない

なんて

口ずさみながら

もう選挙なんか行かない

うきうき

身もこころも楽しげに

 

なんとでも言ってくれ

義務の放棄だとか

権利をなんと心得るとか

いくらでも言ってくれ

革命権のない政治制度や

政府転覆権のない政治制度で

選挙権なるものがどんだけチャチなものか

ちったァ勉強し直しておいで

どれもマズそうな学食の定食の中から

ABCのどれにしようか

それともカレーにしておくか

掛け蕎麦にしておくか

なんて

アホみたいに迷うのは

もう終わり

 

ただの怠惰じゃないぜ

政治的自決とか

政治的死とか

言ってもいいぐらいの

強固な選挙行為停止だぜ

これからはただ傍観していてやる

いや傍観さえしないかもな

なんにもしないぜ

なぁんにもしないんだ

政治史の勉強はもっと深めるぜ

革命史の考察はもっと掘っていくぜ

これからのこの列島滞在は

ただのトランジット

♪もう森へなんか行かない

と口ずさみながら

♪もう選挙なんか行かない

うきうき

身もこころも楽しげに

こんなふうに

書いちゃったりも

していて

 

書き続けちゃったりも

していくかもね

うきうき

身もこころも楽しげに

うきうき

うきうき

 

 


*Françoise HardyMa jeunesse fout le camp (Remasterisé en 2016) ·

  https://www.youtube.com/watch?v=pBOncEj8Wt0






本来無一物!

 

 

叔父のひとりが八十一歳で死んだが

長年の引き籠もりと

人間関係の遮断と

ゴミ屋敷とが

彼の人生の終わりの十五年から二十年ほどを

特徴づけた

 

最期の数ヶ月

膵臓ガンが腸に転移し

ひとりでは

どうにもできなくなって

自分同様に老いている姉妹に連絡し

入退院を数度くり返し

八月末に

ついに死んだ

 

歴史的記念物といえる

明治時代からの古い家族アルバムや

叔父の俳句帖などを回収するため

九月に叔母たちと家に行ったが

四十年このかた訪ねたことのなかった

かつての祖父母の大所帯の家は

大きな災害か大津波が襲った後のような

想像をはるかに超えた

汚く埃まみれで陰鬱で不吉なまでの内景

廃屋というより廃墟

残骸というより骸(むくろ)そのもので

よほどホームレスの住まいのほうが人間らしく

どのようにしてこんな中で

この八月まで人間が生きていられたのか

考えようにも考えづらい光景が

どの部屋にも廊下にも階段にもあった

 

はじめのうちは掃除もしたのだろうが

おそらく十年以上は掃除しておらず

障子の紙はお化け屋敷のように剥がれ

どの部屋も埃を被った蜘蛛の巣だらけで

病院に行くまで寝ていたはずの床には

何年も替えていない汚れたシーツ

ところどころ何かこぼした跡なのか

吐いた血の跡なのか茶色く汚れ

その上にアクエリアスのペットボトル2本

「サトウのごはん」3つ入りパック

セブンイレブンの「かきたま春雨スープ」が

無造作にザッと投げ出されているのは

救急車で運ばれる際に散乱したままのものか

 

なにしろ

持ってきたバッグを置くところもないので

(もし置けばたちまちダニやゴキブリが

(バッグには侵入するだろう

ビニール手袋をした手で

なんとか埃やゴミを払って椅子の上に不安定に置く

たったそれだけのことをするにも

重く垂れ下がった蜘蛛の巣が

頭に引っかかり続けるので

始終腰を曲げて姿勢を低めていないといけない

それでもたびたび蜘蛛の巣は頭にかかり

それを髪の毛から除く間にまた腕に巣がかかる

それを避けようと足を動かすにも

畳(だったはずのところ)の上には

古雑誌や新聞や飲み終えた缶やペットボトルや

食べ終えたコンビニの惣菜のプラケースや

『広辞苑』や茶色になった衣類などが重なっているので

それらを避けながら動くのには

ちょっとしたアクロバットの機敏さが要る

 

叔父を入院させたのは六月だったので

それまでこんな部屋で寝起きしていたのかと

もし自分がこの部屋でひとりで夜中に

まわりを見まわしたらと想像してみる

こんなところにひとりでいられるということが

不思議というより恐ろしく思える

亡霊にでもなっていなければ不可能だと思うが

亡霊にしたところで不快にも不吉にも思うのではないか

天井から下がる古い丸蛍光灯は

はかなげな薄白い光をなお発するものの

室内の隅々を照らすほどの光量はなく

その隣の居間兼台所の電気はとうに切れていて

大きな窓のないその大部屋は日中でも闇の中にある

かつて家族七人が朝昼晩の食事に集った

大きなテーブルの上には

なにやら雑然と170㎝ほどの大山ができていて

そのかなりの部分はゴミで

いちばん上には食いかけのコンビニ弁当がいくつかあり

残りものは腐る時期を過ぎて乾涸らびている

水道やガスは使えたのだろうかと見ると

シンクにもゴミの山ができていて

家の裏の物置が見えたはずの小窓には

古く緑色に汚れたペットボトルが何十も詰められて

廃物利用の現代芸術のような壁を作っている

ガス台は油絵の絵の具を分厚く塗り込めたようで

その周囲にもペットボトルやゴミが山をなしているので

火など付けたらなにが起るかわからない

 

徒然草の第十一段にある

「かくてもあられけるよ」という文句が

この場合は全く趣が違う場所に用いられたにもかかわらず

しきりに思い出され

「かくてもあられけるよ」

「かくてもあられけるよ」

と頭の中で鳴り続いていくままに

廃屋というより廃墟

残骸というより骸(むくろ)そのものの

汚く埃まみれで

陰鬱で

不吉なまでの暗い暗い内景を見まわしていると

また

ふいに

禅の六祖慧能の

本来無一物(むいつもつ)のあの話が思い出された

 

五祖弘忍和尚の下で

大衆の教授師だった神秀上座が

「身は是れ菩提樹

心は明鏡の台の如し

時々に勤めて払拭して

塵埃(じんない)に染(けが)さしむることなかれ」

との詩を師に呈した時

弘忍和尚は認めなかったが

得度も受けず

在家のままで行者(あんじゃ)として寺で働いていた慧能は

その後で

「菩提もとより樹なし

明鏡もまた台にあらず

本来無一物

何の処にか塵埃あらん」

と呈した

これによって

慧能は

居士の身でありながら師位に上がり

六祖となったという

あの話だ

 

廃屋というより廃墟

残骸というより骸(むくろ)そのもの

汚く埃まみれで

陰鬱

不吉なまでの

暗い

暗い内景

 

しかし

「菩提もとより樹なし

明鏡もまた台にあらず

本来無一物

何の処にか塵埃あらん」

ではないか!

 

何の処にか塵埃あらん!

本来無一物!

 

本来無一物!

本来無一物!

本来無一物!