2016年2月28日日曜日

亡霊


たくさんの人に会って
会わざるをえなくて
飲んだり食べたり歩いたり座ったり
頭を使ったり笑ったり
話を聞いたり
聞くふりをしたり

そんな日も過ぎて
どんどん遠ざかっていくと
きっと
じぶんは亡霊のようだったのだな
と思う
それとも
ああした時間と空間こそが
亡霊だったのか



動く影




      人生は動く影、所詮は三文役者。
      色んな悲喜劇に出演し、出番が終われば消えるだけ
      シェイクスピア「マクベス」

  
いまの自分の核を
あるいは
いまの自分自身を
 どう呼ぶのがいいのだろうか

 心?
 意識?
 考え?
 感じ?
 魂?
 霊?
 私?
 ぼく?

焼物を吟味するように
あらためて
これらをひとつひとつ
じっくり
見直してみると
しっくり来ないのだ
どれも

こうして
自分のことを
ぼくとか
私とかさえ
呼びづらいままで
時間に流され
空間の中に置き去りに
され続けている

みんな
知ったかぶりして
私は私は私は
ぼくはぼくはぼくは
と発声し
あちらこちら
動き続けているけれど
動く影
あれらは
あるいは亡霊
どこから来てどこへ
行くとも知れず
どうして動いているかも知らず
大事と思うものがなぜ大事で
好きと思うものがなぜ好きか
自分を自分と思わせるものがなにか
そんなことのどれも知らず
なにか価値のあることをやっていると
思い込んでいるだけ
どうにかなっていくかと
たっぷり
信じ込んでいるだけ




2016年2月26日金曜日

しばらく空を見上げてしまう

  

日当たりのよい時間
畳の部屋でごろりと横になったり
体の柔軟体操や
ヨガに瞑想
筋肉運動などまで
ゆっくりたっぷりとやりながら
ふと畳の端の
襖の脇の木枠が陽に当たっているのを見たら
綿のように
白雪のように
埃が溜まって凝り固まっている
数日置きには掃除機をちゃんとかけて
それほど埃が溜まったりするはずはないし
この木枠にも掃除機の先を
いつもしっかり滑らしているのに
これほど埃が取れていなかったのかと
驚かされた

掃除機の先に細い吸い込みを付けて
キュウキュウと吸い
濡らした布できっちりと拭いて
ようやくきれいになったが
こんなふうに埃やゴミが溜まって
こびり付いている箇所が
他にもいっぱいあると思われてきて
まったく情けない
ほんとうに情けない

家のなかや部屋のどこかだけではなく
自分の体のなかや
思いのなか
心のなかにも
こんな箇所がいっぱいあるのではないか
まだまだいっぱいあるのではないかと
ちょっと目がくらむような
なんとも呆れてしまうような
情けないようでこっけいな
ヘンな気分になって
いっぱいの日当たりのなかで
あああ…と
しばらく
空を見上げてしまった




2016年2月25日木曜日

またひとつ

  
またひとつ過去の絡まりが
絡まりぐあいが
見つかって
見つかっただけで
解れていった朝まだき
播いたこともない種子を
ずっと空いていた
古い鉢に播いてみようと思いつく

まだ寒いが
今年の春はもう
今から
稀な春になるだろうと
楽しみ



すこし寒くなってきたようだが

  

すこし寒くなってきたようだ
暖房をつけるほうがいいかもしれない
けれど暖衣があるから
しばらくはまだ
このままでもいい
手が悴むほどではないし

太い木づくりのこの小屋にいると
ひとりでも
なにもしていないようでも
たゞ居るだけで
充実していると感じる

人生ではなにをするかが大事だとか
どこを目指し
どこへ向かっていくべきかとか
価値のあるものとないものを峻別せよとか
たえず急ぐべきだとか
そんなことを言い募りやまぬ人たちに
取り囲まれていたことがあった
しかし
そんな人たちどうし
誰ひとり認めあっていなかったし
否定しあっていたし
いったい彼らはどこへ行ったのか
どこへ辿りついたのか
病に倒れたり
認知症になったり
亡くなってしまったら
もう誰も話題にもしなくなり
彼らの作り上げたものも
すぐに取り除かれたり破壊され始めてしまった

人生
どこを目指し
どこへ向かっていくべきか
なにに価値があって
価値のないものはなにか
そんなことは
たとえば入浴の際に
湯に浸かりながら
ボーッと思い見る程度のこと
そもそも
人生などと呼ぶべきほどの
しっかりした塊のようなものはなかったし
生に至っては
こちらの考えをはるかに超えた
神さまの
あるいは大宇宙の
不思議なイリュージョン

すこし寒くなってきたようだが
この寒ささえ
あゝ
なんという充実
暖房をつけるほうがいいかもしれないが
いい暖衣があるから
まだ
このままでもいい
手が悴むほどではないし
この寒さに
すこし体がギュッとなるのを
感じ続けていたい




青い大気を底に眺めながら



白い室内
間取りはひろく
余裕がある
ゆったりと動線も取れる

毎朝起きると
広いヴェランダに出て
縁から一本出ているパイプから水を出し
顔を洗う
海に面しているので
まるで青一色の中で洗うようだ
高層なので
海の波などは見えない
波の音も響いてこない
青い大気を底に眺めながら
不思議に安定しながら浮いているように感じる

ヴェランダに出る前
寝室から歩いてきながら
通過した部屋のひとつには
白いテーブルに白いパソコンを載せて
白い服を着た詩人が座っていた
窓の薄いカーテンを開けていいですか
と聞くと
いいですよ
ぼくはこれから寝ます
一晩中書いていたんです
ちょっと疲れた顔で微笑んでいた

奥にもいろいろな部屋がある
どれも白い部屋
いろいろな仕事をしている人たちが
それぞれの部屋にいるが
彼らは朝に起き出て
仕事にかかっているようだ




2016年2月23日火曜日

引き摺って歩いている

  
弱々しそうに見え
窮乏していると見える人さえ
ドロリと
自我の汚泥を垂れ流して
引き摺って歩いていることがある

心身を支えるための
最低限の自我は要るけれど
それを超え過ぎて
自尊から自慢に肥大していくと
自我は腐臭を発し
まわりばかりか
自分の寄生している心や身体まで
損ないはじめる

そこから来る弱々しさや
窮乏もあって
きっと
助けようもあるのだろうけれど
なかなか

―あなたの感じ方から始まって
思い方も
夢も理想も義憤も
あれには価値があり
これには価値がなくて
という判別のしかたひとつひとつも
あなたの小さな頭蓋の中の幻燈
肌から一ミリでも外に出れば
あなたなんていない
あなたの世界なんて
だれひとり
分かちあわない

もちろん
そう言ってやっても
聞かないから
そう言わずに
通り過ぎる
そう言わずに
目さえ
留めない