たくさんの人に会って
会わざるをえなくて
飲んだり食べたり歩いたり座ったり
頭を使ったり笑ったり
話を聞いたり
聞くふりをしたり
そんな日も過ぎて
どんどん遠ざかっていくと
きっと
じぶんは亡霊のようだったのだな
と思う
それとも
ああした時間と空間こそが
亡霊だったのか
人生は動く影、所詮は三文役者。
色んな悲喜劇に出演し、出番が終われば消えるだけ
シェイクスピア「マクベス」
いまの自分の核を
あるいは
いまの自分自身を
どう呼ぶのがいいのだろうか
心?
意識?
考え?
感じ?
魂?
霊?
私?
ぼく?
焼物を吟味するように
あらためて
これらをひとつひとつ
じっくり
見直してみると
しっくり来ないのだ
どれも
こうして
自分のことを
ぼくとか
私とかさえ
呼びづらいままで
時間に流され
空間の中に置き去りに
され続けている
みんな
知ったかぶりして
私は私は私は
ぼくはぼくはぼくは
と発声し
あちらこちら
動き続けているけれど
動く影
あれらは
あるいは亡霊
どこから来てどこへ
行くとも知れず
どうして動いているかも知らず
大事と思うものがなぜ大事で
好きと思うものがなぜ好きか
自分を自分と思わせるものがなにか
そんなことのどれも知らず
なにか価値のあることをやっていると
思い込んでいるだけ
どうにかなっていくかと
たっぷり
信じ込んでいるだけ
日当たりのよい時間
畳の部屋でごろりと横になったり
体の柔軟体操や
ヨガに瞑想
筋肉運動などまで
ゆっくりたっぷりとやりながら
ふと畳の端の
襖の脇の木枠が陽に当たっているのを見たら
綿のように
白雪のように
埃が溜まって凝り固まっている
数日置きには掃除機をちゃんとかけて
それほど埃が溜まったりするはずはないし
この木枠にも掃除機の先を
いつもしっかり滑らしているのに
これほど埃が取れていなかったのかと
驚かされた
掃除機の先に細い吸い込みを付けて
キュウキュウと吸い
濡らした布できっちりと拭いて
ようやくきれいになったが
こんなふうに埃やゴミが溜まって
こびり付いている箇所が
他にもいっぱいあると思われてきて
まったく情けない
ほんとうに情けない
家のなかや部屋のどこかだけではなく
自分の体のなかや
思いのなか
心のなかにも
こんな箇所がいっぱいあるのではないか
まだまだいっぱいあるのではないかと
ちょっと目がくらむような
なんとも呆れてしまうような
情けないようでこっけいな
ヘンな気分になって
いっぱいの日当たりのなかで
あああ…と
しばらく
空を見上げてしまった
またひとつ過去の絡まりが
絡まりぐあいが
見つかって
見つかっただけで
解れていった朝まだき
播いたこともない種子を
ずっと空いていた
古い鉢に播いてみようと思いつく
まだ寒いが
今年の春はもう
今から
稀な春になるだろうと
楽しみ
すこし寒くなってきたようだ
暖房をつけるほうがいいかもしれない
けれど暖衣があるから
しばらくはまだ
このままでもいい
手が悴むほどではないし
太い木づくりのこの小屋にいると
ひとりでも
なにもしていないようでも
たゞ居るだけで
充実していると感じる
人生ではなにをするかが大事だとか
どこを目指し
どこへ向かっていくべきかとか
価値のあるものとないものを峻別せよとか
たえず急ぐべきだとか
そんなことを言い募りやまぬ人たちに
取り囲まれていたことがあった
しかし
そんな人たちどうし
誰ひとり認めあっていなかったし
否定しあっていたし
いったい彼らはどこへ行ったのか
どこへ辿りついたのか
病に倒れたり
認知症になったり
亡くなってしまったら
もう誰も話題にもしなくなり
彼らの作り上げたものも
すぐに取り除かれたり破壊され始めてしまった
人生
どこを目指し
どこへ向かっていくべきか
なにに価値があって
価値のないものはなにか
そんなことは
たとえば入浴の際に
湯に浸かりながら
ボーッと思い見る程度のこと
そもそも
人生などと呼ぶべきほどの
しっかりした塊のようなものはなかったし
生に至っては
こちらの考えをはるかに超えた
神さまの
あるいは大宇宙の
不思議なイリュージョン
すこし寒くなってきたようだが
この寒ささえ
あゝ
なんという充実
暖房をつけるほうがいいかもしれないが
いい暖衣があるから
まだ
このままでもいい
手が悴むほどではないし
この寒さに
すこし体がギュッとなるのを
感じ続けていたい
白い室内
間取りはひろく
余裕がある
ゆったりと動線も取れる
毎朝起きると
広いヴェランダに出て
縁から一本出ているパイプから水を出し
顔を洗う
海に面しているので
まるで青一色の中で洗うようだ
高層なので
海の波などは見えない
波の音も響いてこない
青い大気を底に眺めながら
不思議に安定しながら浮いているように感じる
ヴェランダに出る前
寝室から歩いてきながら
通過した部屋のひとつには
白いテーブルに白いパソコンを載せて
白い服を着た詩人が座っていた
窓の薄いカーテンを開けていいですか
と聞くと
いいですよ
ぼくはこれから寝ます
一晩中書いていたんです
ちょっと疲れた顔で微笑んでいた
奥にもいろいろな部屋がある
どれも白い部屋
いろいろな仕事をしている人たちが
それぞれの部屋にいるが
彼らは朝に起き出て
仕事にかかっているようだ
弱々しそうに見え
窮乏していると見える人さえ
ドロリと
自我の汚泥を垂れ流して
引き摺って歩いていることがある
心身を支えるための
最低限の自我は要るけれど
それを超え過ぎて
自尊から自慢に肥大していくと
自我は腐臭を発し
まわりばかりか
自分の寄生している心や身体まで
損ないはじめる
そこから来る弱々しさや
窮乏もあって
きっと
助けようもあるのだろうけれど
なかなか
―あなたの感じ方から始まって
思い方も
夢も理想も義憤も
あれには価値があり
これには価値がなくて
という判別のしかたひとつひとつも
あなたの小さな頭蓋の中の幻燈
肌から一ミリでも外に出れば
あなたなんていない
あなたの世界なんて
だれひとり
分かちあわない
もちろん
そう言ってやっても
聞かないから
そう言わずに
通り過ぎる
そう言わずに
目さえ
留めない