2012年8月5日日曜日

漕ぎ出してから

  

苦労して作った舟だというのに
いざ漕ぎ出そうとしたら
自分の腕がないのに気づかされた

いや、腕はあるのだが
舟を作るのには適した腕
漕ぎ出すのには使い物にならず
櫂を水につけただけで
ぐにゃりと垂れ下がってしまう

ところが何処で
自分の再発見が起こるとも知れぬもの
ぐにゃりと垂れたままの腕で
櫂などに未練もなく
胴体と足腰の踏ん張りだけで
無謀にも漕ぎ出した
舟は横にせわしなく揺れ
はじめは前になど進まなかったが
それでも慣れとは恐ろしいもの
次第に前に滑るようになり
今では大洋のど真ん中

腹がすけば海に飛び込んで
口で魚を捕り海水で歯を漱ぎ
腕など使わずにまた舟に飛び乗る
胴と腰を動かして舵をとり
波音に安らぎ夜を寝る

いったいなんのために
舟で漕ぎ出そうなど思ったか
そんなこともすっかり忘れ
ただ舟と海と体のつながりの
だれとも知れない進行物体



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