苦労して作った舟だというのに
いざ漕ぎ出そうとしたら
自分の腕がないのに気づかされた
いや、腕はあるのだが
舟を作るのには適した腕
漕ぎ出すのには使い物にならず
櫂を水につけただけで
ぐにゃりと垂れ下がってしまう
ところが何処で
自分の再発見が起こるとも知れぬもの
ぐにゃりと垂れたままの腕で
櫂などに未練もなく
胴体と足腰の踏ん張りだけで
無謀にも漕ぎ出した
舟は横にせわしなく揺れ
はじめは前になど進まなかったが
それでも慣れとは恐ろしいもの
次第に前に滑るようになり
今では大洋のど真ん中
腹がすけば海に飛び込んで
口で魚を捕り海水で歯を漱ぎ
腕など使わずにまた舟に飛び乗る
胴と腰を動かして舵をとり
波音に安らぎ夜を寝る
いったいなんのために
舟で漕ぎ出そうなど思ったか
そんなこともすっかり忘れ
ただ舟と海と体のつながりの
だれとも知れない進行物体
0 件のコメント:
コメントを投稿