2013年1月31日木曜日

がふがふ、とぅるっ




残った雪が大きな氷の板になり
アスファルトのそこここに
いっぱい

散歩に出たフレンチブルは
もうたいへん
がふがふ噛みついては
とぅるっと滑らせ
追っかけて行っては
また
がふがふ
とぅるっ

そうしているうち
べつのを見つけ
今度はそっちも
がふがふ
とぅるっ

見ている他ない飼い主は
しばらく
人のかたちの電柱

まだまだ枝ばかりの
牡丹の木々を
見たりしている



2013年1月30日水曜日

いまがにどとないすばらしいきせきのじかん




わたしはしかたなしにわたしをやっているけれど
いまのわたしでいいとおもってなどいない
ほかのひとにはわたしがなにものかにみえるかもしれないけれど
わたしにはわたしはとうめいのまま
わたしにはまだわたしはやってきていない

わたしをまちつづけているうちに
にくがついてほねがなかをとおって
はだができてめができてきょろきょろうごき
みみまでできてとおくちかくをきく
そんなのがわたし

しかたなしにわたしをやっているのでさえないわたし
そんなわたしにもかげができるのかと
ひにてらされながらはいごのじめんをみています

なんといっていいのかわからない、いつも
しかししっているのは
いまがにどとないすばらしいきせきのじかんだということ





2013年1月29日火曜日

道子さんと母親はマンションを手放す…




道子さんというの?
その人、
どうして手放したの、マンション?

マンション手放しただけじゃないのよ。
お母さんと自殺しようとしたの。
いまじゃ、お母さん、生活保護なのよ。

だって、うまく行ってたんじゃないの?

結婚するまではね。
結婚だって、悪くはなかったんだわ。
姑が病気になったのよ。
それからよね、悪くなったのは。

歳でしょ、姑さん。
病気ぐらい、なるじゃない?

それがさ、
道子さんって、不細工だっていうんで、
…うううん、そんなことけっしてないんだけどね、
自分でそういうのよ。
若い時からそう思っちゃってたんだって。
不細工だから、自分はお嫁にはいかないだろう。
だから手に職をつけて、お母さんと生きていこうって。
母娘家庭だったからね。
それでがんばって看護師になったのよ。
熱心で親切でいい看護師だって評判だったのよ。

じゃあ、いいじゃない?
なにが問題だったの?

それがさ、
わからないものよね、人生って。
病院に怪我で入院していた患者さんが惚れ込んでさ、
結婚することになったのよ。

あら、よかったじゃない?

そうなんだけど、それが40過ぎなの。

40過ぎだって、かまわないじゃない?

そうだけど、
本人はお母さんとふたりで生きていこうって
そう思ってさ、35の時にローンでマンション買って、
お母さんの給料と自分のとをあわせて
払い続けていこうっていうふうにしちゃったのよ。

それだって、べつにいいじゃない?

それがさ、
結婚相手の姑が急に重病になって、
それからぼけちゃってね、
そっちの世話をしなきゃならなくなったの。
ほら、本職の看護師だから、やっぱり手際が違うのよ。
で、病院での看護師の仕事、
逆に、休まなければならなくなってね。
それで、自分とお母さんで住んでいたほうの
マンションの支払い分が出せなくなっちゃったのよ。

あら、旦那さんのほうでは出してくれないの?

それが驚くじゃない、
旦那のほうじゃ、出せないっていうんだってさ。
自分の母親を介護させといて、
それで働けなくなっているのよ、道子さん。
そのためにマンションの支払いができなくなるっていうのに、
それは家とは関係ないから、払えないっていうんだって。

じゃあ、自分の親は自分のお金で見ろってなるわよね。

でもさ、自分のお金っていったって、
けっきょく道子さんのお金ってことじゃない?
結婚してんだもの。
旦那としては、道子さんのお母さんがもっと働いて
そうして支払うしかないっていうのよ。
そんなこと無理じゃない?
道子さんのお母さんだって、旦那のお母さんと
同じような歳なんだもの。
働くっていったって、かつかつなのよ。
まったく、ひどい言い草じゃない?

ほんとねえ、
それで、払えないってなっちゃったの?

そう。
払えなきゃ、手放すしかないじゃない?
せっかく母娘ふたりで
なんとか平穏に住んでいけそうだったのにさ、
へんなところで縁ができて、
結婚なんかしちゃたもんだから、
肝心の自分の親のほうを
貧困につき落すことになっちゃったのよ。

ひどい話ねえ。

ひどいでしょ?

でもねえ、…結婚しちゃっているんだものねえ。
姑も放っておけないのは確かだしねえ…

そうなのよ、
だけどねえ…、
結婚さえしなきゃねえ…

そうよ。
でも、もうちょっと他の人ならねえ、
よかったんだろうけれど…

ともかく、
なんどか心中しようって思いつめたらしいけれど、
どうのこうのとあった後でマンションは手放しちゃって、
お母さんは安いアパートに移って、
いまは生活保護をもらって生きてるっていうわ。
それでも、ようやく落ち着いたって感じみたいだわね。

なんとか生きていければ、ねえ…

マンションにいた時には、大変だったらしいのよ。
お母さん、切りつめて、切りつめて、
一日一食にして、
暖房もつけず、なるべく水も電気も使わずに、
どこかの難民みたいに
自分のマンションの中で暮らしていたんですって。
自分がこうして頑張らなければ、
娘に迷惑がかかるから、って。
ひどい話じゃない?
なのに姑のほうは、そりゃあ、ボケちゃっているとはいっても、
のうのうと介護されてるんでしょ?
そんなのって、ある?
そんなのないわよ、って
道子さんに言ったのよ。
言ったってしょうがないんだけどさ、
でも、そんなのって、
ないじゃない?…


2013年1月28日月曜日

鍋やカップが押しよせて




人が死ぬと
鍋やカップが押しよせて
いつまでも台所の戸棚に居座ったりする

買ってあげたもの
真新しいもの
まだまだ使えるもの
捨てるには惜しいもの
故人が大事に使っていたもの
そんなあれこれに
捨てるとか
処分するとか
何度も尺度を押しつけてはみるが
いつのまにか
尺度も戸棚にしまい込む

カップひとつさえ
店をめぐって
時間をかけて
選んでいたのが目に浮かぶ

持ち物という
厖大な時間のかたまりを
とつぜんお裾分けされ
とりあえず
とりあえず
などと思いつつ
時間だったものを
思いや気持ちだったものを
エネルギーや
いのちでさえあったものを
台所の戸棚にしまう
生者たち



2013年1月27日日曜日

きびしいドキュメンタリードラマ





ある国の兵士の
ドキュメンタリードラマだ
一日の仕事が終わって
兵舎から出てきたところから
はじまる

屋台のならぶところで
彼はなにか手に取り
買おうとして
ちょっと不器用に
どしん!と
レジ台に置いてしまう
店のおばさんが
乱暴にしないでよ
どしん!と音したでしょ
まったく
乱暴なんだから
そう言うと
まわりの女たちも
わあわあ言う

兵士は口を歪めて
なにごとか
抗弁したがっていたが
けっきょく
なにも言わないで
だまって金を払って
離れていく

まったく
乱暴な兵隊だよ
ああいう奴には
おあつらえむきだよ
軍隊が!
女たちは言う

そのあと
ナレーションが入る

―この兵士の最近の仕事は
国内の反乱分子の処刑
今日も午前に
三人の青年を処刑した
ひとりは未成年の女子だった

そうして

この兵士が
女子の背後から
後頭部に銃をむける写真と
処刑後
頭が西瓜のように
ぱっくり開き
脳が飛び散った
女子の死骸の写真

…きびしい
ドキュメンタリードラマだ
いいものを見たと思った

真実か
真実に近いものは
鋼鉄のような手触り
まずは
その手触りから始める
温かい毛糸の暖色のカバーはいらない
かわいいキャラクターの付いた
ウレタンの被いもいらない



2013年1月26日土曜日

ひさしぶりにクロードを思い出した…




アルジェリア!
腐臭が薫風にのってくる
わが青春の日に讃えたフランスの魂は
十数年で錆を呼んでしまったのか!
茨木のり子「悪童たち」






アルジェリア…
日本人も巻き込まれて…

ひさしぶりにクロードを思い出した…
もう二〇年も前に死んだクロード…

フランスのロゼールや
オーヴェルニュの田舎に行くたび
森に釣りに連れていってくれた老友
サン=シェリー・ダプシェの
レストラン《リヨン・ドール》で
子牛の胸腺をごちそうしてくれたこともあったな

川釣りの腕は一流で
冷凍庫にはいつも鱒がいっぱい
鱒料理ばかりなので
クロードの家に行くと参ったこともある
世界中の釣師はみな大ぼら吹きだから
その点でもクロードは一流だった
話を聞いているうち
地方どころかフランス中が
彼の愛人たちで溢れていることになっていく
一生独身だったが
おれみたいに愛人が多いと
おちおち結婚なんてしてられねえよと
のたまっていた

家族にさえ
釣りの穴場はけっして教えなかった
これも世界中の釣師に共通らしい
とくに田舎の釣師の場合は
数名で釣りに出ても
いつもふいといなくなり
小一時間もすると
いっぱいの釣果とともにご帰還
そうして
へん、おまえらやっぱりダメだなと
釣り学のお説教

ぼくには親切だったのは
日本から
わざわざこんなド田舎を訪れたものだから
彼が生涯勤め上げた山間の工場には
日本からもときどき技術者たちが来て
なかなかいい連中だったよ
ここでの川釣りのコツも教えてやったんだと
よく話していた

いっしょに釣り糸を垂れている時には
いろいろ話したが
政治の話になった時
ぽつりと
世の中なんて、信じるなよ
とクロードは言った

とくに国はな
国なんて
絶対信じるなよ

おれは徴兵されたんだ
アルジェリア戦争知ってるか?
あれに駆り出されたんだ
最初の任務は
なんだったかわかるか
捕虜の処刑だよ
マキっていうゲリラ連中をだ
第二次大戦中なら
ナチスに対抗するレジスタンスを
マキって言ったんだけどな
それを今度はフランス軍が相手にしたんだ!
捕虜の処刑は国際法違反だから
捕まえた連中を逃がすんだよ
遠くの山並みに走らせるんだ
ほら、向こうに行け
逃げていいぞ、って
はやく逃げないと
また捕まえちまうぞ、って
で、後ろから狙い撃ちする
機銃掃射じゃもったいないから
そういう処刑なんだ
何カ月もやらされた
何人殺したか
数えてもいない
数えられない
こんな田舎から駆り出されて
あんな遠いアフリカまで行って
やらされたのは
そんなこと
誰が命じたと思う?
国家だよ
国のご命令だとさ
国ってなんだかわかるか?
国を名乗るお偉いさんたちさ
実地に殺すのはおれたち
命令を下した連中は
今じゃキレイキレイのいい暮らし
ミッテランを見ろよ
あいつらは上でキレイにのさばって
実際に殺したおれたちは
こんなところで釣りをしてる
もちろん
ここでの釣りが悪いわけじゃない
ま、生きてるだけいいってもんでもある…
おれが殺したマキの連中は
あそこで死んじまったんだから…

心臓の悪かったクロードは
七〇にもならないうちに死んだが
それはある日の自宅でのこと
連絡がとれないので妹が訪ねると
ベッドのわきで倒れていたそうな

死の知らせは後から来たが
じつはその日のその時間
彼の死んだ日
死んだ時間
ぼくのうちでは変なことがあった
棚から出したお皿が一枚
もぎ取られるように
手から勝手に飛びさって
床に落っこち
砕け散った
なにかあったと思ったが
クロードの
心臓の管が破裂したのは
どうやらその時
その時間

ひょっとして
どこか
背後から撃たれたかと
思ったりしたかどうかわからないが
ベッドわきの床に横たわり
息絶えるまで
クロードがなにを忘れなかったか
それは想像がつく
たしかに
あのことだろうと

青年時代のいちばんいい時期を
遠いアフリカまで行かされ
砂漠で処刑をさせられた日々
逃げていくやつらの
背後から撃つ
撃てと言われる
どういう気持ちかわかるか
どういう気持ちかわかるか
そう言っていたのが思い出される
戦争というのはそういうこと
日本の戦争のことだって
おれはよく読んだぞ
どこの戦争でもそういうこと
自国が
じぶんの味方じゃないんだ
ほんとに
この世はあまくない
世の中なんて、信じるなよ
とくに国はな
国なんて
絶対信じるなよ

ぼくは思う
テロリストと呼ばれた連中のなかに
二〇代やそこらの青年もいて
やがて長い年月が経って
老いる頃
同じようなことを思うかもしれない
世の中なんて、信じるなよ
とくに国はな
国なんて
絶対信じるなよ

どこかの若者に
彼がそう言うなら
ひとつの幻影の終わりを
成就したということか
撃てと言われる
どういう気持ちかわかるか
どういう気持ちかわかるか
そう言うなら
生まれ落ちるや
染み込まされ
押しつけられた
幾えもの
捏造
虚偽を脱ぎ捨てて
アッラーという言葉の
より過ちの少ないほうへ
どうやら
正しく向かったと
いうことか



2013年1月25日金曜日

戦うという行為をついに選ばなかった人たちを



                                 100年後に誰がヴィレール氏や
             マルチニャック氏のことを語る
             でしょうか?
                スタンダール





安倍晋三首相(自民党総裁)は22日午前、
党本部で行われた役員会に出席し、アルジェ
リア人質事件について「企業戦士として世界
で戦っていた方々が命を落としたのは痛恨の
極みだ。テロは決して許されない。強く私た
ちは非難していかねばならない。すべての責
任はテロリストにある」と述べた。
[MSN産経ニュース 2013.1.22 11:29]



企業戦士…、ではないだろう
世界で戦って…、はいなかっただろう
遠い砂漠のなかへ
はるばる出かけていって
殺されたのは
技術者のオジサンたちや
営業のオジサン
大工さんたちだろう
戦士ではなかった
戦ってなどいなかった

そういう人たちが殺されたから
さびしさは特別
かなしさは格別

あの人たちのああいう仕事を
戦う…、などと呼べば
比喩の範囲をひろげて考えるにしても
やはり違ってしまう
大きく違っていってしまう
そういう
小さな表現の選び方から

詩文の人は
だいたいにおいては寛容だが
この小さいところ
ここにだけは
こだわっていなければいけない
詩文を通して人間であるとは
そういうこと
未来を損ないかねないような
ふさわしくない表現には
やっぱり
それは違う
まったく違う
と言い続けること

政治の人も
そのはずではないか
政治は言葉
政治は言葉に実を充填すること
しかも
詩文の人より
比喩や寓意やフィクションの使用を
大きく限られていて…

殺すことを当然の手段のひとつとして
戦うという言葉はなりたつ
殺すことを当然の義務のひとつとして
戦士という存在は生まれる
殺すことなど
考えもしなかった人たちを
戦士と呼ぶなら
それははなはだしい侮辱
戦うという行為を
ついに選ばなかった人たちを
戦士と呼ぶなら
それは
魂の名誉に対する
棄損