道子さんというの?
その人、
どうして手放したの、マンション?
マンション手放しただけじゃないのよ。
お母さんと自殺しようとしたの。
いまじゃ、お母さん、生活保護なのよ。
だって、うまく行ってたんじゃないの?
結婚するまではね。
結婚だって、悪くはなかったんだわ。
姑が病気になったのよ。
それからよね、悪くなったのは。
歳でしょ、姑さん。
病気ぐらい、なるじゃない?
それがさ、
道子さんって、不細工だっていうんで、
…うううん、そんなことけっしてないんだけどね、
自分でそういうのよ。
若い時からそう思っちゃってたんだって。
不細工だから、自分はお嫁にはいかないだろう。
だから手に職をつけて、お母さんと生きていこうって。
母娘家庭だったからね。
それでがんばって看護師になったのよ。
熱心で親切でいい看護師だって評判だったのよ。
じゃあ、いいじゃない?
なにが問題だったの?
それがさ、
わからないものよね、人生って。
病院に怪我で入院していた患者さんが惚れ込んでさ、
結婚することになったのよ。
あら、よかったじゃない?
そうなんだけど、それが40過ぎなの。
40過ぎだって、かまわないじゃない?
そうだけど、
本人はお母さんとふたりで生きていこうって
そう思ってさ、35の時にローンでマンション買って、
お母さんの給料と自分のとをあわせて
払い続けていこうっていうふうにしちゃったのよ。
それだって、べつにいいじゃない?
それがさ、
結婚相手の姑が急に重病になって、
それからぼけちゃってね、
そっちの世話をしなきゃならなくなったの。
ほら、本職の看護師だから、やっぱり手際が違うのよ。
で、病院での看護師の仕事、
逆に、休まなければならなくなってね。
それで、自分とお母さんで住んでいたほうの
マンションの支払い分が出せなくなっちゃったのよ。
あら、旦那さんのほうでは出してくれないの?
それが驚くじゃない、
旦那のほうじゃ、出せないっていうんだってさ。
自分の母親を介護させといて、
それで働けなくなっているのよ、道子さん。
そのためにマンションの支払いができなくなるっていうのに、
それは家とは関係ないから、払えないっていうんだって。
じゃあ、自分の親は自分のお金で見ろってなるわよね。
でもさ、自分のお金っていったって、
けっきょく道子さんのお金ってことじゃない?
結婚してんだもの。
旦那としては、道子さんのお母さんがもっと働いて
そうして支払うしかないっていうのよ。
そんなこと無理じゃない?
道子さんのお母さんだって、旦那のお母さんと
同じような歳なんだもの。
働くっていったって、かつかつなのよ。
まったく、ひどい言い草じゃない?
ほんとねえ、
それで、払えないってなっちゃったの?
そう。
払えなきゃ、手放すしかないじゃない?
せっかく母娘ふたりで
なんとか平穏に住んでいけそうだったのにさ、
へんなところで縁ができて、
結婚なんかしちゃたもんだから、
肝心の自分の親のほうを
貧困につき落すことになっちゃったのよ。
ひどい話ねえ。
ひどいでしょ?
でもねえ、…結婚しちゃっているんだものねえ。
姑も放っておけないのは確かだしねえ…
そうなのよ、
だけどねえ…、
結婚さえしなきゃねえ…
そうよ。
でも、もうちょっと他の人ならねえ、
よかったんだろうけれど…
ともかく、
なんどか心中しようって思いつめたらしいけれど、
どうのこうのとあった後でマンションは手放しちゃって、
お母さんは安いアパートに移って、
いまは生活保護をもらって生きてるっていうわ。
それでも、ようやく落ち着いたって感じみたいだわね。
なんとか生きていければ、ねえ…
マンションにいた時には、大変だったらしいのよ。
お母さん、切りつめて、切りつめて、
一日一食にして、
暖房もつけず、なるべく水も電気も使わずに、
どこかの難民みたいに
自分のマンションの中で暮らしていたんですって。
自分がこうして頑張らなければ、
娘に迷惑がかかるから、って。
ひどい話じゃない?
なのに姑のほうは、そりゃあ、ボケちゃっているとはいっても、
のうのうと介護されてるんでしょ?
そんなのって、ある?
そんなのないわよ、って
道子さんに言ったのよ。
言ったってしょうがないんだけどさ、
でも、そんなのって、
ないじゃない?…