古今著聞集
じぶんをここまで練り上げてきた宿命の紐の
その一本一本の見直しと吟味を続けているなか
ときには混線もあり他者の紐への逸れもあって
さっきも三島由紀夫さんの宿命の紐へと意識の目は流れ込んだ
人の首を横から切り落とす瞬間の
あれはどのあたりだろう
まなざしとなったわたしは三島さんの脛か膝のあたりから
上を見上げるかたちになり
落とす首を見下ろしながら刀を振りかぶる三島さんの顔を
よくよく見続けていた
これから首切られる人の左の掌の動きも見えていた
自決事件のとき三島さんは最初に首を打たれたのだから
誰のことも殺さなかったはず
まなざしとなったわたしが見たのは先の世の光景で
三島さんこそが他の人の首を切り落とした
それは親しい大事な人であったから
転生後も三島さんのなかで悔恨は残り
機会あらばいつかじぶんが斬られることで反転をと
ふかく思いを隠しながらあの自決事件に進んだ
三島さんの行動にたどりづらいところがあるのは
こうした宿命の紐のいくつかの捻じり込みが見えづらいから
先の世で大事な人の首を落とした悲しみを引きづりながら
傷ついたまま優しく生きてきた三島さんの心根へと入り込み
そんなにも愛し慈しんでいたかと
わたしは三島さんの行動のすべてを一気に見直した
自決事件のとき最期に三島さんは
悪かったなあ、あのときは
とつぶやいたはずだが誰も聞き取らなかったか
それとも誰かの耳には残ったか
今となってはわからないが
転生してまで戻したかった宿命の紐の捻じれを
ひといきに直せる瞬間を前にし
心魂はまるごと安堵し
暮れ方の沁みるようなあおむらさきの色に
肉体まで染まるさまは
たぶん肉眼にも見えたはずと思う
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