2016年3月19日土曜日

感触

  

…あの時握った手の感触は
いまも
はっきりと
記憶に残っている…

などとは
いくらでも書き記せるけれど

たいていは嘘で

握ったという
記憶が残っているばかりで

それを
思い出しながら
感覚を総動員して
手を握る感触を
記憶に
付加していく作業を
いつのまにか
やってしまっているだけの
こと

手を握った感触が
本当に
記憶に残っているかどうか
嘘をつかずに確かめてみれば
たぶん
誰もが驚愕し
寂しむ

戦争なんかで
人の首を絞めたり
胸を刺したり
けっこう工夫して
苦労して
斬首したり
そんな感触も
たぶん
時間が経つにつれ
フィルムのペナペナな
映像程度に
なってしまっていく
はず

感触というものが
もし
人間の生の重要な部分だとしたら
生きている
かのようでいながら
あまりに人間は
すぐに
死んでしまう

死に続け
死に続け
死を重ね続けながら

…あの時握った手の感触は
いまも
はっきりと
記憶に残っている…

などと
いくらでも
しゃべったり
書き記したり
自分でも信じ込んだり
していく



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