夜眠って
すっかり明るくなってから起きるのでなく
まだ暗いうち
ふと眠りから落っこちたように
あなたは覚める
覚めたようでも
まだ夢うつつのあなた
なぜか寒くなっている室内
あなたはたったひとりで横たわっている
陽は昇っていない
部屋の中は暗い
真っ暗ではないが
死後の世界の薄明のように暗い
まだまだ若いと思っているが
もはや
すごく若くはないあなた
老いさらばえ
衰弱し
ついには身を起こすこともできなくなった
あれらの人たちを見てきたあなた
風邪をひいて寝込んだり
体調の悪い時などに
妙なほど力が衰える気がすることもあるあなた
いつか死んでいくのだろうとは思うが
まだそれはすぐには来ないと思っていて
その儚い思い込みに支えられているだけのあなた
もちろん
子供ではないから
もう死など怖くはないあなた
死は抽象的なものだし
死ぬ時にはもう
いつのまにか死んでしまっているものだと
いろいろな人を見てきてわかっているつもりのあなた
しかし
あなたの体がある時からはっきりと衰弱を強め
死へむかって急降下していく時
すぐに死ぬのでなく
数週間も数か月もかかって
あんな太かった腿さえ細々となり
頬はこけ
目はくぼみ
口もついに閉まらなくなって
舌には苔が生え
気管には絶えず痰が詰まるようになって
それをカテーテルで除くのを誰か医療関係者に頼まねばならなくな ると
あなたはもはや自室にゆっくり寝ていることもできなくなり
医療機関をたらいまわしされ
気の休まる時もなくなり
身ぎれいにももうできず
化粧もできず
糞尿も垂れ流しになって
ただ死を待つだけの用のない生体になっていく
もう話すこともできないから
あなたがどんなに素晴らしい体験をしてきたか
どんなに多くを学んできたか
どれほどの美意識ややさしさを育んできたか
はじめてあなたを扱う看護師や介護士にはわからないし
彼らははじめからあなたの内面になど興味もない
彼らが望むのはなるべく手のかからない衰弱体であってくれること だけ
なるべくはやめに衰えて逝ってくれることだけ
身寄りのないあなたの心はもうどこにもよすががない
あなたの過ぎ去った人生にはだれも興味もないし
興味を示してくれる人がいてももうそれを伝えるすべもない
いくらかしゃべれてもあなたの頭はもう十分編集することもできな い
断片的な言葉をあわあわ言っているだけにしか人には聞こえない
あなたに身寄りがあっても子どもがいても
彼らは朝から夜まで仕事で忙しいから「それじゃまた来るね」と
夜のさびしい廊下へ出て行ってしまうばかり
あなたはひとりであるいは同じような衰弱者たちと病室に残され
汚れた天井を見ながらこの部屋で死ぬことになると思いつつ
けれどひょっとして良くなることもまだあるかもと思ったりもする
もうダメでもまた良くなるかもしれなくても
そんな話ももうあなたはできないし誰も聞いてもくれない
時どき熱が出たりどこか痛くなったりべつのどこかに疲れが凝った り
不快なことがたえず起こり続けるが不快さから逃げることもできな いので
あなたは丸ごと不快さになったような気にすでになっている
快活に跳ねたり走ったり歯を出して大笑いしたあなたは
もうどこにもいないしどこかで聞いた物語でしかなかったように感 じる
確かこれこれ言う名前だったような気もするがもう確かではない
ここに寝ているのは自分の体だと思っていたがそれも確かではない
もう自分では動かせさえしないしせいぜい指や腕ぐらいが動く程度
あなたはじつは指や腕の一部でしかなかったかもしれない
指や腕の一部があなたという夢を見たに過ぎず
彼らの夢の中にだけ存在したあなたはいうまでもなく
この世のどこにもありはしなかったのだし
未来永劫どこにもあり得ようもないはずなのだったし…
まだ暗いうち
ふと眠りから落っこちたように
覚めたあなた
覚めたようでも
まだ夢うつつのあなた
部屋の中は暗い
真っ暗ではないが
死後の世界の薄明のように暗い
なぜか寒くなっている室内
あなたはたったひとりで横たわっている
いつかたったひとりで
あなたという思いさえ失われていく時のように
陽は昇っていない
あなたの陽が永遠に昇らなくなる時のための
準備のように
死後の世界の薄明のように暗い
あなたひとりの寝室
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