2016年4月7日木曜日

生と死のはざまに昨夜も旅をしてきたので

  

生と死のはざまに昨夜も旅をしてきたので
語らせてくれ、言葉よ
どれほど多くの人たちが
これから寂しい死へ落ちていかねばならないかを
わたくしは彼らの旅の帳面を見てきた
今年からどれほどの寂しさと悲しさと侘しさが
人たちを奥底でつなぐ魂の経路ですでに混雑を起こしているか
その阿鼻叫喚がどれほど春の桜の花々の花脈葉脈の中にも沁みていたか
それが聞こえ続けている
あまりの寂しさにわたくしの魂は動揺してやまない
わたくし自身がどこまでこれを聞き続けうるかわからない
魂の耳が聞こえなくなってしまえばなんと楽かと思うが
地上の空気にまで染み上がり出した阿鼻叫喚は
それをけっして許さないだろう
死ならば昨日も今日も明日もさんざん降り続けてきたこと
ふつうの死者たちは寂しくもないし哀しくも侘しくもない
しかし今年からは寂しい死者たちが大量に闇の中に引きづり落とさ
彼らはみずからの宿命を理解できないので
時には姿の見えるままで地上にいつまでも悶え続ける
生きている人たちの生にも彼らは染み込み続け
地上に晴朗な気分を保つ者は皆無になるだろう
これから本当に悪いことが起き続ける
誰ひとり狂わずにおれないようなことが起き続ける
生き残るには鉄壁のような冷酷さを心のまわりに敷く他ない
目の前で親しい者が惨殺されても自分の次の生き延びだけを思える
幼児を山のように積んで虐殺するのを命じられても平然とやってのける者
そのようになる者だけが生き続けうる
身体より先に魂の死ぬ者ばかりになるがそれは幸いかもしれない
どのような不幸の時も魂の死んだ者だけが身体を生き残させうるか
しかしこんな場所で生き残る必要があるのかと疑い
あまりに多くの者たちがみずから命を絶つか
生き延びる努力を放棄してやさしく死んでいく
これから本当に悪いことが起き続ける
わたくしはそれを見てきたので先に物質化して告げておく
疑う人たちはみずから生と死のはざまの旅に立ってみるように
無事に帰って来れたならその人たちもおなじことを告げるだろう
しかし旅立たなくてもよい
空気の中に雰囲気の中に時の過ぎ行きの中に
起こるべきことはもう漂って来ているのだから
鼓膜と肌と瞳と身体の少し外の感覚器官とで感じ取ったらよい
それらのアレとして
すこし
あるいは相当のヒリヒリした感覚で
それはもう到達してきているから




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