2016年4月7日木曜日

あなたひとりの寝室



夜眠って
すっかり明るくなってから起きるのでなく
まだ暗いうち
ふと眠りから落っこちたように
あなたは覚める

覚めたようでも
まだ夢うつつのあなた

なぜか寒くなっている室内
あなたはたったひとりで横たわっている
陽は昇っていない
部屋の中は暗い
真っ暗ではないが
死後の世界の薄明のように暗い

まだまだ若いと思っているが
もはや
すごく若くはないあなた
老いさらばえ
衰弱し
ついには身を起こすこともできなくなった
あれらの人たちを見てきたあなた
風邪をひいて寝込んだり
体調の悪い時などに
妙なほど力が衰える気がすることもあるあなた
いつか死んでいくのだろうとは思うが
まだそれはすぐには来ないと思っていて
その儚い思い込みに支えられているだけのあなた

もちろん
子供ではないから
もう死など怖くはないあなた
死は抽象的なものだし
死ぬ時にはもう
いつのまにか死んでしまっているものだと
いろいろな人を見てきてわかっているつもりのあなた

しかし
あなたの体がある時からはっきりと衰弱を強め
死へむかって急降下していく時
すぐに死ぬのでなく
数週間も数か月もかかって
あんな太かった腿さえ細々となり
頬はこけ
目はくぼみ
口もついに閉まらなくなって
舌には苔が生え
気管には絶えず痰が詰まるようになって
それをカテーテルで除くのを誰か医療関係者に頼まねばならなくなると
あなたはもはや自室にゆっくり寝ていることもできなくなり
医療機関をたらいまわしされ
気の休まる時もなくなり
身ぎれいにももうできず
化粧もできず
糞尿も垂れ流しになって
ただ死を待つだけの用のない生体になっていく
もう話すこともできないから
あなたがどんなに素晴らしい体験をしてきたか
どんなに多くを学んできたか
どれほどの美意識ややさしさを育んできたか
はじめてあなたを扱う看護師や介護士にはわからないし
彼らははじめからあなたの内面になど興味もない
彼らが望むのはなるべく手のかからない衰弱体であってくれることだけ
なるべくはやめに衰えて逝ってくれることだけ

身寄りのないあなたの心はもうどこにもよすががない
あなたの過ぎ去った人生にはだれも興味もないし
興味を示してくれる人がいてももうそれを伝えるすべもない
いくらかしゃべれてもあなたの頭はもう十分編集することもできな
断片的な言葉をあわあわ言っているだけにしか人には聞こえない
あなたに身寄りがあっても子どもがいても
彼らは朝から夜まで仕事で忙しいから「それじゃまた来るね」と
夜のさびしい廊下へ出て行ってしまうばかり
あなたはひとりであるいは同じような衰弱者たちと病室に残され
汚れた天井を見ながらこの部屋で死ぬことになると思いつつ
けれどひょっとして良くなることもまだあるかもと思ったりもする
もうダメでもまた良くなるかもしれなくても
そんな話ももうあなたはできないし誰も聞いてもくれない
時どき熱が出たりどこか痛くなったりべつのどこかに疲れが凝った
不快なことがたえず起こり続けるが不快さから逃げることもできないので
あなたは丸ごと不快さになったような気にすでになっている
快活に跳ねたり走ったり歯を出して大笑いしたあなたは
もうどこにもいないしどこかで聞いた物語でしかなかったように感じる
確かこれこれ言う名前だったような気もするがもう確かではない
ここに寝ているのは自分の体だと思っていたがそれも確かではない
もう自分では動かせさえしないしせいぜい指や腕ぐらいが動く程度
あなたはじつは指や腕の一部でしかなかったかもしれない
指や腕の一部があなたという夢を見たに過ぎず
彼らの夢の中にだけ存在したあなたはいうまでもなく
この世のどこにもありはしなかったのだし
未来永劫どこにもあり得ようもないはずなのだったし…

まだ暗いうち
ふと眠りから落っこちたように
覚めたあなた
覚めたようでも
まだ夢うつつのあなた

部屋の中は暗い
真っ暗ではないが
死後の世界の薄明のように暗い

なぜか寒くなっている室内
あなたはたったひとりで横たわっている
いつかたったひとりで
あなたという思いさえ失われていく時のように

陽は昇っていない
あなたの陽が永遠に昇らなくなる時のための
準備のように
死後の世界の薄明のように暗い
あなたひとりの寝室




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