2017年6月10日土曜日

牛丼屋での湯蘆氏の発見


  
湯蘆氏は牛丼屋に入った

帰路
もう家は近いのであるが
今日は奥方と娘が観劇に出ていて
帰ったところで
夕食まではだいぶ間がある
昼食をろくに取らなかった今日
牛丼の並ぐらいを
夕刻に胃の腑に入れておくのは
ちょうどよいと思えた

まあ牛丼そのもののことは
どうでもよい
安価で量も多くない割に
そこそこ旨い店なので
湯蘆氏は満足しているからである

それよりも
今日湯蘆氏が見出して
そこそこ楽しんだものは
ぜひとも此処に
記しておかねばならないであろう

牛丼屋のカウンターの端には
いろいろと調味料の入ったケースが
各所に設けられている
カルビのタレだの
焼肉のタレだの
トウガラシ
醤油
ポン酢
ソース
マスタード
コショウ
などが並んでいる

牛丼が供されてから
あらためて湯蘆氏は気づいたのであるが
ここの店では
それらのビニール容器の蓋に
名前がどれもカタカナで記されている
それらの名前が
ナプキン立てや小さな三角広告に隠れて
たとえば
カルビタレが
ルビタ
ポンズが
ンズ
マスタードが
マ タード
コショウが
ョウ
ショウユが
ョウ
などと見える
ヤキニクタレなど
キニクタ
になってしまっている

湯蘆氏がちょっと姿勢を変えると
それぞれ
また別の文字が隠れ
それまで隠れていた文字が現われて
カルビタ
ニクタレ
ト  ラシ
ウユ
ンズ
マ   ド
ショ
などと変身を遂げる
もうちょっと体を傾けると
カルビタレなど
カ  タレ
となる

食べ終わっても
いろいろと体を傾けたり
首を下げたり
伸ばしたりして
湯蘆氏はずいぶん長々と
楽しんでしまった

こんな奇妙な長居をすると
店員に不審に思われかねないところだが
東京の繁華な牛丼屋のよさで
食べ終わった客が
ちょっとやソッと座り続けていても
店員はべつに気にも留めない
だいたいまわりの客たちは
食べながらスマホをいじり続けで
それはそれで皆
しばし忘我の境地に入っているのである

近頃味わった楽しみのうちでも
意想外のなかなかの面白さだったので
湯蘆氏はずいぶん満足した心もちで店を出て
夕刻の青い空気の中を歩き出した
そうしながら
カルビタ
ニクタレ
ト  ラシ
ウユ
ンズ
マ   ド
ショ
などとしきりに思い出す

それにしても
ポンズが
  ズ
になったり
ソースが
  ス
になったりするんだものなァ
とニタニタ

なんたって
カルビタ
だよ
ニクタレ
ってんだぜ
反芻するうち
ついには
笑い出してしまって
雑踏の中
帰りを急ぐ人びとや
急がずにどこぞで一杯
と目を泳がす人びとの間を
ユロユロ抜けながら
とりあえず
帰路についたのである



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