名画座で二席隣りにいたのは老婆だった
二席に人はおらず空いている
老婆と呼ぶのは今どきは失礼なことなのかもしれないが
短めの白髪でところどころ頭皮が露出しており
まったくお化粧していない脱色されたように白い顔には
つるつるしたところもあるが皺の深いところもあり
着ている服は高齢者向きの街の衣料店に吊るされているたぐいのも の
手の甲も顔のように白いが粉をふいたように乾いて
色もかたちもはっきりしないバッグを膝の上に抱えている
これを見ると高齢者などという曖昧に丁寧めかした呼び方よりも
老婆と呼んだほうがぴったりと来る
背も丸まっているようだし首も前に傾いでいる
ところが足元は違った
足首のほうへ細くなっていくパンタロンを穿いている
ゴールドとシルバーと緑と黒が綾なす模様の生地で
老婆と呼んでしまってよい人が穿くものではなかった
まだ装いに色気や冒険を混ぜようと気を配る中年の女のそれ
さすがに丈の高いハイヒールを履いてはいなかったが
それでも五センチほどは高さのある黒いヒールを履いていた
中年までの女性ならふつうに履く程度のものだが
老婆と見えてしまう人が履こうとするような靴ではない
ほどなく館内は暗くなり映画の予告編が始まったが
今さっき見た細身のパンタロンと黒いヒール
そしてゴールドとシルバーと緑と黒が綾なす模様が
奇異なものというよりちょっといいものを見たように心に残り
丸まった小さな背で映画をひとりで見に来るこの人の気概に
近ごろ掻き立てられることの少なくなった興味の火が点った
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