2019年10月30日水曜日

女性の美はつねにじつは男性っぽさのことなのだが



八千草薫という女優さんは
ぼくが女性の美を意識するようになった頃
もう
おばさんか
おばあさんとしか見えず
おばさんか
おばあさんとしては
きれいな人だと見えたけれども
それだけのことで
少年や青年がひとりの女性を
おばさんか
おばあさんといったん見るようになると
その人は
もう
いつも
いつでも
いつまでも
おばさんか
おばあさんなのだった

日本のむかしの映画に関心を持つようになってから
むかしにも美人はいっぱいいたんだ
とあらためて気づき
八千草薫が妖精のようにきれいだった頃の写真も見て
あの
おばさんか
おばあさんとしか見えない人も
あんなにきれいだったのか
ひょっとすると
そこらの美人女優がかなわないくらいの
比類のないほどの美女だったわけか
と賛嘆したものだった

あらためて
若くて
比類ないほどきれいだった頃の写真を見ると
はっ
と息をのむように美しいのは
だいたい
少年か青年のような顔をしている時で
この人の美しさは
じつは
若い男性のふとした瞬間の美だったのだな
気づかされる

女性の美は
つねに
じつは男性っぽさのことなのだが
やさしくて
落ち着いていて
きれいだった
おばさんか
おばあさんにしか見えなかった人の
美しさの本質を支えていた
少年らしさ
青年らしさを
これからしばらく
見直すことにする



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