2020年3月3日火曜日

玄関を入るとすぐ右にぼくのあの部屋

 

5歳
真新しい団地住まいの1階
外から階段を五段か六段のぼると
もう
家のドアがある

玄関を入ると
すぐ右にぼくの部屋
勉強机があって
べつの壁際にはベッド
灰色の鉄製の一段ベッド
冬は縁の鉄が冷たくて
触るのが厭だった

勉強机の上には大きなガラスの水差し
これを水槽として使って
小さめの金魚や
海で取ってきたカニや
近くの川や田で取った小さなカエルなどを育てた
いろいろな水生動物を入れたということは
いろいろとすぐに死んだということ
カニが死ぬとどれほど臭いか
この水差しの水槽で学んだ
陸を作らずにカエルを飼うと死んでしまうのも学んだ
金魚には白雲病ができやすいのも学んだ

夜にじぶんの部屋にいるのはちょっと怖かった
夜の廊下の闇も怖かったので
部屋を出て台所や居間に行くまでが怖かった
じぶんの部屋を出ると
正面に窓のある洗面所があって
その両脇に風呂とトイレがあったが
夜のそのあたりはかなり怖かった
眠ってから夜中に起きてトイレに行きたくなったりすると
暗闇のなかを歩いて行って
電気のスイッチをパチッと点けなければいけない
明かりが点くまでのちょっとのあいだがすごく怖かった
すごく怖かったので目をつぶって廊下を歩いて行った
廊下といっても大した距離もないのだが
そのわずかの距離の闇がどうしようもないほど怖かった

ときどき子ども用の漫画週刊誌を買ってもらったが
少年キングには毎号に怖い話の漫画ページがあった頃で
安達ヶ原の鬼婆の話が漫画になっていたことがあった
たった1ページの8コマほどの漫画だというのに
それが5歳には怖くて怖くてたまらず
絵からお化けや妖怪が本当に出てくると信じてもいたので
鬼婆が出てこないようにと
机のわきのゴミ箱の上に置いてみたがやっぱり怖くて
ゴミ箱のなかに雑誌を入れてみたがやっぱり怖くて
とうとうそのページを破ってくちゃくちゃに丸めて捨てて
その上に雑誌を置いて蓋にしてみたら
ようやく怖くなくなって眠れたことがあった
破壊と封印の魔除け術を自己流で開発した夜だった

たったひとつだが
怖さの克服ということを経験してみた
ぼくのはじめてのひとり部屋
いまでも
いつになっても
ぼくにとっての部屋というものの概念の基礎となるようになった
懐かしい小さなほんとうの故郷

外から階段を五段か六段のぼると
もう
家のドアがあって
玄関を入ると
すぐ右に
ぼくのあの部屋




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